とある提案と彼の無念さ
アキが隣に立った時点で、俺は話し始めた。
「アキ……まず訊きたいんだけど、やっぱり元の世界に未練はあるのか?」
「……確かに、心の底ではそう思っているのかも」
アキは肩をすくめながら答えた。
「けど、私は私なりにこの世界で暮らすことについて満足していたよ……でも」
レックスのことだ。彼が死んでしまった以上、彼女にとってこの異世界は苦痛なものへと変貌してしまったということか。
「でも……でもね。レックスは私が立ち止まっていると知ったなら、きっと叱責すると思う。それに、あんな幻術世界を見たなんて知れば、怒ると思う」
「……なんだか、怒る姿は想像できないな」
「無口だったからね。けど、二人きりだと結構喋っていたんだよ?」
笑うアキ。それがひどく悲しげなのは……気のせいじゃないだろう。
けど、俺は何も言わなかった……彼女はすぐに、表情を改めたから。
「ごめんごめん。で、話を戻すけど、ああやって幻術世界にいたけど……きっと、レックスと一緒にああして過ごしたかったんだと思う」
「……レックスと一緒なら、元の世界に戻って生活しても良いってこと?」
「そういうこと。私にとっては、元の世界のことよりレックスのことの方が心の中では優先的だったから」
そこまで語ったアキは、表情を引き締めた。
「レン……魔王との戦いもそうだったけれど、次の戦いは間違いなく命を賭した戦いになると思う」
「ああ」
「犠牲だって間違いなく出る……けど、その中でも、レンにも大切な人がいるでしょう?」
リミナのことだろうか……沈黙していると、アキは視線を漆黒の空へと移す。
「そういう人を守れ、なんて言えた義理でもないし、そんなことを言っていられる余裕なんてないかもしれないけど……私は、全力でサポートするよ。私みたいな人を、できる限り少なくするために」
「ありがとう、アキ」
「どういたしまして……ところで、レン。幻術世界という話で思い出したんだけれど」
「ああ、何?」
「私達の、元の世界の話」
戻れる手法が見つかった、というわけではないだろう。言葉を待っていると、彼女は興味深いことを告げてきた。
「あのね、あっちにいるアキからの提案だったんだけど、私達の世界に『星渡り』の魔法によって移ってしまった人は三人いる……だから、あちらの世界で会ってみたいと言い出したの」
「……ああ、なるほど」
そういえば、そういう発想は考え付かなかったな。
「俺はいいと思うよ……というより、是非やった方がいいかな」
「そう思うわよね?」
「ああ。特にシュウさんがどう考えているのかが気になるな」
「そうね……でも、私とレンは上手く話を付ければ会うことはできるけれど、シュウは難しいと思うの」
「……戦いの時に訊きだすってことか?」
「それができればいいんだけどね……けどまあ、その辺りはさすがに厳しいかな」
頬をかくアキ。本来なら直接訊いた方が早いけれど、敵である以上望み薄だろうな。
「ま、いいよ……なら、次レンに会った時伝えておくよ」
「わかった。あ、ちなみに情報交換しておきましょう。元の世界どこに住んでいたのか」
というわけで詳細を伝える。聞いてみると俺は地方都市。そして彼女は首都圏に住んでいるらしい。
「ふーむ、これだとレンが赴くより私の方が適当なタイミングで訪問した方がいい感じね」
「だと思う。向こうのレンは高校生だし、経済的にも遠出するのは厳しいと思うから」
「なら、そんな感じで伝えておく」
というわけで話は終了。しかし、向こうの世界でレンとアキが……と思うと、なんだか変わった感じだなと思う。
「さて、私は宴の会場に行こうかな」
アキは独り言のように呟いて、俺を置いて歩き去った。そうして一人取り残される俺。しばしなんとなく漆黒の庭園を眺めていたのだが……少しして、
「お、レン」
セシルの声だった。振り向くと、酒が入っていると思しきグラスを片手に笑う彼がいた。
「……入れ代わり立ち代わり、だな」
「ん? それってアキのことかい?」
「すれ違ったのか?」
「うん。レンがここにいるって聞かされて」
隣までやってくる。グラスに入っているのが何の酒なんかわからないが、彼からはワインのような香りがする。
「いよいよ、決戦だね」
そして改めてセシルは語る。こちらが黙って頷いた途端、セシルは酒の中身をあおり、その後口を開いた。
「次は絶対活躍してみせるさ」
「……そんなに必死にならなくてもいいって」
「何を言うんだ……というか、魔王城で全然活躍できなかったからね。僕としては大いに不満なんだよ」
……よくよく考えると、魔王との戦いではフィクハが重要な役回りをし、さらにグレンが魔王に勝つためのきっかけを作った。それは他の人達との連携があってこその話だったが、あの二人の活躍があったからこそ勝てたのは間違いない。
「特にグレン……彼の活躍は相当なものだった。正直、あの戦いでずいぶんと差をつけられた気がする」
「別に競争しているわけじゃないんだから」
「でも、僕としては駄目なんだよ。英雄リデスの剣を持っている以上」
そう語った彼は、強い眼差しで虚空を見つめる。
「だからこそ、次は……」
「だからって、焦るなよ?」
「わかっているさ。危険なことはしない……というか、僕が独断専行で戦っても勝てるわけないのは明白だから」
すると、セシルはどこまでも悔しそうな表情をする。
「本当なら、もっと活躍しているはずなんだけどなぁ……」
「……ま、頑張ってくれよ。けど、死ぬのは勘弁してくれ」
「ああ」
酒が入っていてもセシルの返事は明瞭。大丈夫だろうと思いつつ、俺は軽く伸びをした。
「さて、そろそろ戻るかな……ちなみにセシル。マクロイドの様子は?」
「まだまだ始まったばかりだし、相当騒いでいるけど」
「……まだ、行かない方がいいのかな」
「マクロイドが酔い潰れるのを待つとするなら、宴の終盤じゃないかな。その間に呼ばれそうな気もするけど」
ああ、やっぱそうなのか……ま、仕方がない。俺は苦笑しつつホールをへ向け踵を返す。
ただセシルはこの場に残るつもりなのか立ち止まったまま。俺は彼のしたいようにさせようと思いそのまま立ち去ろうとした。しかし、
「レン」
「……ん?」
振り向く。セシルは相変わらず庭園を見据えていたのだが、
「勇者の試練の時初めて出会い……正直、こんな風に共闘することになるとは思わなかった」
「俺もだよ……けどまあ、なんだかんだで色々と関わり続けたな」
「まったくだね……で、レンは屋敷を持った以上ベルファトラスが拠点となったわけだ」
「そういう見方もできるな」
「おそらく僕とは近所になる。だからこの縁はまだまだ続くだろう」
そこでセシルは振り返る。無邪気な、子供のようなあどけない笑みが彼の表情を満たしていた。
「今後も、末永くよろしく」
「ああ……絶対生き残らないとな」
「まったくだ。そして僕はレンをいつか倒すぞ」
「言ってろよ……あ、けどその前に統一闘技大会で優勝くらいはしてもらわないと」
「……正直、今年の大会は伝説になりつつあるんだよなぁ。あれを超えるのは難しい以上、レンみたいに名を轟かせることはできないかもしれないなぁ」
ボヤくセシル。俺はそれに対し笑い……セシルもまた大いに声を上げて笑った。
そんな和やかな空気の中で、俺は歩き出す。最後に一度振り返るとセシルはまだ立ち尽くしていたが、存在感を強く放っており――生き残るべく強く決心しているのだと、理解することができた。