決戦前の休日
以降誰かと会話するようなこともなく、俺は屋敷内を散策。外に出ようかと一瞬考えたが、ベルファトラスでは俺の面が割れていることを考えれば、余計に疲労が溜まるだけだろうと思い、やめた。
なので、一日グダグダ過ごしていたわけだが……こんなのでいいのだろうか。今までずっと訓練などを欠かさず続けてきた身としては、変な不安に駆られる。まあ一日くらいこうした日があってもいいじゃないかと誰かは言うかもしれないが、体はなんとなく違和感を覚えていた。
「……俺もずいぶんと変わったなぁ」
そこで一つボヤいた。何もせずグダグダと過ごすなんて、元の世界では当たり前の事だった。休みの日にはゲームをしたり、テレビを見ながらゴロゴロしたり……そんな日常だった。しかしこちらの世界に来て、何もしないという日はなかったかもしれない。
変わった、というよりはこの世界に適応するべく変えざるを得なかったという感じだろうか……ともかく、今の俺はなんだか不安なわけで、剣を振ろうかと部屋に戻ろうとする。
「ん?」
その時、金属音が聞こえた。キィンという、剣同士が衝突するような音。
誰かが訓練を始めたらしい……俺は気になったので早足で部屋に戻って剣を手に取る。そして音のする方向へと歩み、
リミナと会話をした場所とは異なる庭先で、セシルとグレンが打ち合っていた。さらに言えば、ノディが俺に背を向け、近くで座り込みながら観戦している。
セシルとグレンは対峙し、睨みあっていたかと思うと唐突に剣を交わす。とはいえ本気のやり取りではなかった。型稽古のような雰囲気であり、訓練というよりは運動という言い方がしっくりくるような感じ。
「……ん? あ、レン」
ノディが気付き、俺に首を向ける。彼女に対し「ああ」とこちらは答えつつ、
「ノディはやらないのか?」
「私は朝一人で素振りしたしいいよ……今日はそれで終わり。一日くらいいいでしょ?」
「別にいいんじゃないか? 俺も今日は剣を振っていないくらいだし」
言いながらセシル達の動きを観察。両者共俺やノディと同じなのか、剣はあくまでゆったりとした動き。さすがに昨日魔王城にいたという事もあった以上、無理はしない方がいいと考えているのかもしれない……いや、もしかすると今日の宴まで体力を温存しておくという心持ちかもしれない。絶対大騒ぎするだろうし。
やがて、セシルとグレンが剣を振り終える。それほど汗などもかいていない。
「……レンもやるかい?」
セシルがこちらに気付き問い掛けるが、俺は首を左右に振った。
「今日は遠慮しておくよ」
「そっか」
「ちなみに、宴の連絡はしたのか?」
「一応ね。何人かに言伝を頼んで……連絡が行き渡らなかったら昼過ぎにまた考えるさ」
言いながらセシルは剣をしまう。
「とはいえ、一応屋敷の準備くらいはしておかないとね」
「準備?」
「知り合いばっかとはいえ、そこそこ人数は集まると思うからね。それの対応をしておくべきだろうって話。使っていない客室くらいはきちんと整えておかないと」
誰か酔いつぶれる前提ってことだな、この言い方だと……考えている間にセシルがこの場を去る。残った俺とグレンとノディはしばし沈黙していたが……やがて、
「宴は、勇者の試練以来だな」
グレンが喋り出した。
「あ、グレンもか。俺もなんだよな」
「ん? レンは色々とやる機会はあったのではないのか? フィベウス王国で事件を解決した後や、聖剣護衛を果たした後など」
「……可能性はあったんだけどね。けどフィベウス王国の時はリミナを治すことで手が一杯だったし、他だって訓練とかを優先していたからなぁ……」
「なるほど。なら最終決戦前だ。派手にいこう」
「……あんまり羽目を外し過ぎるのも良くないと思うけど」
それに、勇者の試練の時だってあんまり良い思い出がないんだよな……あの時はまだ試練を受ける勇者の一人ということで、逃げられる余地はあった。しかし、今回は知り合いだけとはいえ俺は戦いの中心人物なわけで……果たして、どうなるか。
「なんか、不安そうだね」
ノディが体育座りをしながら語る。俺は「まあね」と答え、
「正直、あんまりバカ騒ぎとかできない性分だし」
「……お酒は?」
「元の世界では俺の年齢だと飲むのが駄目だったんだよ……そういえば、禁止されているとかはないのか?」
「子供に無理矢理飲ませるのは倫理的に駄目という感じだけど、特段禁止しているとかはないかなぁ。ベルファトラスもたぶんそうだよ」
「そうか……」
「法律で縛って、大変じゃないの?」
「いや、窮屈は感じなかったけど……」
「ふうん、ということは飲んだことないのか」
「……ノディは?」
「ほどほど」
見かけは強そうに見えないけど……まあいいか。
「さて、私は部屋に戻る」
グレンは一方的に言って、立ち去った。で、残るノディと俺。すると、
「……やっぱり、みんな硬いよね」
「硬い?」
「決戦前だからか、それとも真実を知ってみんな何かしら思う所があったのか」
「ノディはどう?」
「私は……そんなに難しいことは考えていないよ。経緯はきちんとあったんだなって思ったくらい」
淡泊な返答だった。
「ティルデさんには同情の余地はあるけど……人間を心の底から憎んでいなかったんだから、やっぱり寸前の所で止めるべきだったんじゃないかな。けど、暴走する気持ちもなんとなくわかるし」
彼女もまた、複雑な心境の様子。けれど深く悩んでいるような感じではなく、あくまでそういうことがあったんだと事実として認識した程度のようだ。
「ま、いいや……私も夜までゆっくり待つことにする。あ、それとレン」
「何?」
「もうちょっと、面白いことを語っても良かったのに」
「……リミナとの話か?」
「そうそう」
あのなあ……ツッコミを入れようとしたが、やめた。変にそこに話を持っていくと、面倒なことになりそうだったから。
とりあえず、俺も夜まで待つかな……そんなことを思い、ノディよりも先に歩き出した。
屋敷の中は平穏極まりなく、どこからか談笑する声が聞こえてくる。リミナやフィクハか、それともメイドの誰かか……ともかく、最終決戦前とは思えないくらいの穏やかさだ。
いや、この場合は全員が無意識の内にそういう雰囲気にしようとしているのだろうか。戦いを前にして、それぞれ思う所もあり頭の中を整理しているのかもしれない。
「……まあ、それも夜になったら変わるんだろうけど」
夜の宴では、確実にマクロイドなんかは来るだろう。彼が酒を飲み暴れる姿が容易に想像できる……知り合いばかりなので気兼ねなく話せるだろうし、以前体験した宴とは違うものになるのは間違いない。
なんだか不安な思いもあるんだけど……というか最後の戦えを前にしてこんなことで不安に思っていて大丈夫なのか。
「……ま、いいや。なるようにしかならないな」
俺はそう割り切ると同時に部屋に入った。扉を閉め、剣を置いてベッドに倒れ込む。
眠ろうかとも思ったが、さすがにあれだけ前日に眠っていたので目を閉じても睡魔は襲ってこなかった。仕方ない。本でも読もうと思いザックから本を取り出す。
シュウの屋敷で手に入れた本……これに目を通すのは何度目かわからない。内容も一字一句とまではいかないが憶えている。けど、気付けば読み返している。
戦いが終わったら、色々本を読み始めてもいいかな……そんなことを感じつつ、ゆったりと時間は過ぎていった。




