互いの思い
「――幻術世界の、話だろ?」
リミナの肩が見たこともないくらいに大袈裟にビクリとなった。その反応は、こちらも驚いてしまう程。
「えっと……」
「す、すいません。あの、そうです……」
どんどん声が小さくなっていく。さらに俯き始め、
「も、申し訳ありません」
「何で謝るんだ?」
「えっと、その、ですね……」
問い掛けられてさらにしどろもどろになる。その反応がわからなくもないけど……ふむ、ここは俺の考えを明示した方がいいのか?
俺はとりあえず口を開こうとした時……一瞬、視線を感じた。
「ん?」
横手――つまり、屋敷の廊下を見る。すると一瞬だが、人影が見えた。
誰かが覗いているらしい……まあ、こんな場所でお茶していたら気付くだろうな。
「あ、あの」
そこでリミナが発言。俺が視線を別所に向けたことに対し、
「そ、その。戦いの前にきちんと結論出しておいた方がいいと言われまして……」
「……ノディ? それともフィクハ?」
「……両方です」
なるほど。お茶を用意していたこともあるし、これは彼女達がセッティングしたのか。
まあ、人影は一つだったけど見守っているのは他の仲間もいそうだよな……そんなことを考えつつ、
「――そうだな、じゃあ俺が思ったことを口にしようか」
俺から投げてみる。するとリミナが引きつった顔をした。
きっと、彼女は不安などにより最悪の答えとかを想像しているのだろう。
「ただ、その前に一つ言っておかないといけないことがある」
前置き。するとリミナは緊張しつつも表情を引き締める。
「何でしょうか?」
「……怒らないで欲しいんだけど」
彼女は首を傾げた。怒るとはどういうことなのか……疑問に感じている様子だが、俺は構わず話し始めた。
「えっと、まず幻術世界に入って……俺とノディはリミナと遭遇したわけだ」
「は、はい」
「その時感じたことは……」
さすがにこれを話すのは緊張する。とはいえ、言わなければ前に進まないので……勇気を振り絞って言う。
「――リミナの隣にいる俺が、どっちなのか気になった」
言葉に対し、リミナは最初訝しげな目をした……けど、次第に理解したのか少し目を見開き、
その後腑に落ちたような顔をした。
「……そういう、ことですか」
なんだか納得した表情をするリミナ。
「勇者様に多少ながら気負わせてしまったかと考えていたのですが……そう思ったからこそ、あの場でそれほど態度を変えなかったのですね」
「まあ、な……気になったけど目前に魔王との戦いもあったし、決戦前は完全に忘却していたよ」
「そうですか……いえ、負担にならなかったので良かったと思いましょう」
リミナは言う。俺の言葉によりなんだか緊張も解けた様子……だが、当然話はこれで終わらない。
「で、だ。リミナ」
「はい」
「今ここで俺に対し右往左往していることで、あれがどっちなのかはまあなんとなく勘付いた」
婉曲的な言い方だったが……途端、リミナは顔を赤くして頷いた。
「そ、そ、そ、そうですよね」
「さらに声が上ずったな」
「うう」
動揺するリミナ。これ以上からかうのもあんまりよくないと思ったので、俺は話を進めることにする。
「結論から言うと……正直、嬉しい」
ここで思わず視線を逸らす。うん、今までの人生でこういうシチュエーションがなかったので、俺もさすがにポーカーフェイスは無理だった。
その言葉に、リミナは一時沈黙。けれどこちらの意味はしかと汲み取ったようで……顔を戻すと見えたのは、顔を上げた彼女の思わずドキリとなるような綺麗な微笑だった。
「良かったです」
「……ああ」
直接的な言葉で言及しているわけではないが、双方がどういう感情なのかはわかるので……暖かい空気に包まれる。
「……とはいえ、勇者様にはしかとお伝えしておかないといけませんね」
リミナは言う。何を、と訊かなくてもわかっていた。この世界にいたレンのことだ。
「勇者様の意識が入れ替わったと聞き、戸惑ったりもしましたし、色々考えた時もありました。しかし、今の勇者様に私は救われ、そして――」
リミナは俺と視線を合わし、告げる。
「――今こうして、共にいるからこそ、私は勇者様を誇らしく思い、そして――」
「わかった」
それ以上言葉はいらなかった。俺はお茶を口に含み、リミナと互いに笑い合う。
ふと、横からこちらを覗き見る気配を感じた。おそらく何か劇的な展開を予想していたのかもしれないが……うん、きっとそうだろう。
けど、リミナも決戦前ということでその辺りのことを深く語るつもりはないのだと俺も認識できた。よって、話はこれで終わり。
さらに横からの視線。首は向けなかったが、俺かリミナに対し「もっと突っ込んだ内容を!」とか思っているんだろうな。
「……勇者様」
そこでリミナが改めて口を開く。
「話を、変えてもいいですか?」
「ああ……急に深刻な顔になったな。ティルデさんの話か?」
「はい」
小さく頷いたリミナ。様子からすると、これについても尋ねたかったのだろう。
「ティルデさんが魔王だと知って……私自身、以前の勇者様に助けられた時の事を思い出しました」
「……リミナが語っていたようなことを、ほぼそのままティルデさんは最期言っていたよ」
「そう、ですか……きっと、ティルデさんは自らの行動を深く悔いていたのでしょうね」
「だと思う」
沈黙が訪れる。俺とリミナはどこか寂しいような、物悲しいような雰囲気に包まれる。
「……こういう気持ちを抱くのはあまり良くないとわかってはいるのですが、なんだか悲しいですね」
「ああ」
リミナの言葉に俺は同意する。
「けど、それが理由なのであれば……それを理解し、ラキと向かいたいのも事実だ」
「理解し、ですか」
「この戦いは、魔王と戦うのとは趣が違う……ラキは自分の望みのために戦っている。無論それは大陸の崩壊につながる事である以上許されないし、止めなければならないのは事実だけど……ラキの行動理由を全否定することも、俺にはできない」
「……はい」
リミナは頷く。そこで俺は一転して笑った。
「まあ、そう難しく考える必要はないんじゃないかな。俺達にできることはラキの事情を把握した上で全力を出す。それだけだ」
「そうですね」
――記録に残しておくのだとしたら、魔王の怒りから始まったこの戦いは、きちんと教訓とするよう記すべきことだと思う。
まあ記録した物が公にされるのかもわからないし、こんなことを今俺が気にする必要はないと思うけど……ともかく、
「リミナ、最後の戦いとなるだろうから、頑張ろう」
「はい……ところで、ですが」
「ああ、どうした?」
「勇者様は全ての戦いが終わったとしたら、どうされるのですか?」
「どう、とは?」
「その、勇者様の道は二つあると思うんです。この世界で勇者として生きていくのか、それとも元の世界に戻ることを模索するのか」
リミナは一度視線を逸らした。もしかすると、アキの幻術世界で見た俺の元の世界のことを想像しているのかもしれない。
「……勇者様だって、未練はおありなのでしょう?」
「そりゃあ、多少は……けど、それは今考えることじゃないな」
俺は述べた後、どうするかを口にする。
「でも、この戦いが終わったらやりたいことはある」
「やりたいこと?」
「ああ。色んな人の所にあいさつ回りしたいな。旅で知り合った人とかに。その後、身の振り方を考えようかと思う」
「……わかりました」
リミナは頷き、俺を真っ直ぐ見つめた。
「ならば、従士としてそれにお付き合いします」
「頼んだ、リミナ……さて」
俺はお茶を飲み干し、立ち上がった。
「話はこのくらいにしようか……俺は、少し散歩でもするよ」