複雑な心境
俺達は転移魔法によって、ベルファトラスへと戻ってきた。そして俺を含めた仲間全員はその日は疲れていたため、丸一日体を休めることに費やした。
セシルの屋敷に戻ると軽く食事をして睡眠。起きた時夜だったので、夕食をとってまた眠る……あっという間に翌朝を迎え、これからどうするか協議することになった。
「一日経過した事で、準備を始めたわ」
朝食時、戻ってきたロサナからそう告げられた。
「予定としては、準備が整い次第最終決戦となるわけだけれど……さすがに明日は無理ね。早くとも明後日になるかと思う」
「なら、今日明日は休みの日ということか」
セシルが言う。それにロサナは頷き、
「皆、思い思いのことをやってもらえればいいと思うわ……体を休めることができるのもこれが最後。しっかり準備を整えて」
今後のことはそれだけで終了。朝食を終えると、今度はセシルが話し始める。
「マクロイドに言われた通り、宴の準備でもしようと思う……最後の戦いだ。少しくらいやったっていいと思うし」
「ま、いいんじゃない? というか私は賛成」
フィクハが手を上げ、同意を示す。
「それにほら、今までそういった感じの宴ってなかったじゃない? 真実のこともあってなんだかしんみりした様子ではあるけど、発破かけるためにやるのはいいと思う」
「ま、そういうことだ……ちなみにレン」
「何だ?」
「レンの優勝記念を兼ねてというのはどう?」
「どっちでもいいけど……正直、そういうのを含めると他にも――って言い出す人間いそうだし、やめとく」
「そっか。で、知り合いばかり集めるけどいい?」
「どのくらい呼ぶんだ?」
「準備もあるだろうし、とりあえず僕の屋敷で宴をやるってのを伝え、自由参加にすればいいと思う」
「……ま、それが無難か。ちなみに連絡役は誰だ?」
「もちろん僕がやるよ」
セシルが言う。するとノディが訝しげに口を開いた。
「ずいぶんと素直だねぇ。いつものセシルなら面倒事は嫌だ、とか言うんじゃないの?」
「行う場所が僕の屋敷だから当然だろう? それに、魔王城ではあんまり活躍できなかったし」
色々と彼も抱えているのだろう……俺は「わかった」と答え、セシルに頼む。
「なら、仕切りは任せた」
「よし、任された」
それで宴に関する会話も終わる。となると夜になるまで暇になってしまったのだが、
「レン」
食堂を出た直後、声を掛けられた。ロサナだ。
「何ですか?」
「シュウが語っていた真実に関して……ちょっと話したいのだけど」
「構わないですけど……何か気に掛かることが?」
「そういうわけじゃなくて、あの真実を話すべきか、ということ」
話す……つまり、世間に公表するかということか。
「さすがに一般の人に伝えるのは、難しいと思うけど……少なくともアレスが旅で関与していたフィベウス王国の王様とかには伝えた方がいいと思うのよ」
「……フィベウス王は、英雄アレスのことを気に掛けていたし、話してもいいとは思います。だけど、王様の予想を裏切るような内容になってしまうけど……」
「そうね」
ロサナは一度目を伏せ――改めて話す。
「で、真実に関する詳細……特にティルデについてのことだけど。これは、記録に残しておく?」
「……何で俺に訊くんですか?」
「レンは異世界の人間というのはわかっているけど、ティルデに一番関わっているのは、レンだと思うから」
確かにそうかもしれないが……正直、記録するかどうかの権限を持っているとは思えない……でも、その辺りの事を判断できる人間がいたとしたら、俺くらいしか残らないのも事実。
「……こちらの世界にいたレンに聞いても、判断に困るでしょうね」
「そうね。それに、今のレンが核心に触れたこともあるし」
うーん、しかし……とはいえ、とりあえず考えを述べてみる。
「記録自体を残すことは賛成です。けど、それは公開すべきではないと思います……というより、信用してもらえないかも」
「そうね。けど、今回の戦いの経緯なんかはまとめてもいいのね?」
「はい……」
「なら、任せて」
ロサナは言う。それで話は終わり、彼女もまた去ろうとした。
だが俺は、そんな彼女を呼び止める。
「ロサナさん」
「ん?」
「真実を聞いた時、どう思いました?」
「……彼らもそれなりに理由があるんだとは理解した。けど、その程度よ」
「その程度、ですか」
「レンだってわかっているでしょう? 彼らは誰からも望まれないとわかっていながら、事を起こそうとしている……止めなければならない」
強い言葉だった。俺は頷く他なく、黙って彼女の背中を見送るしかなかった。
ロサナの姿が消えた後、俺はため息を一つついた。わかっている。ロサナの言ったことは至極もっともだし、俺だってシュウやラキの凶行を止めなければと思っている。
ただそれでも、どこかやるせない気持ちがあるのは事実だった。それはきっと、ティルデ――魔王ティルヴァデインが戦争を引き起こすに至った理由について気に掛かったからだろうか。
「結局、発端は人間だったってことだもんな……」
戦争は魔王と人間との戦いだったが、引き金を引いたのは人間自身……それがどうにも嫌な感じだった。
ただ、それをずっと気にしていても仕方がない……俺は散歩でもしようかと足を動かし始める。気を紛らわすような意味合いがあったのだが、上手く感情の整理ができない。
決戦は明後日だ。それまでにどうにか戻さないと……そんな風に考えていた時、
「勇者様」
背後。リミナの声だった。振り向くと、ちょっと緊張している彼女の姿。屋敷内なのでさすがに槍は持っていないが、格好は外に出る時のもの。
「ああ、どうした?」
「ちょ、ちょっとお話したいことが……」
おっかなびっくりといった態度であり、俺は思わず首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ、その」
視線まで逸らす……ふむ、こうまでおかしな態度ということは、魔王城に関することだろうな。
戦いが終わり、考える時間もできたのか一度話し合っておこうという気なのかもしれない。だから俺は「いいよ」と告げ、
「場所はどこにする? 部屋?」
「そ、それでは庭園へ。こちらです」
声が多少上ずった。余程だなと思いつつ俺は頷き、彼女の後についていく。
で、屋敷の庭園が見える場所に、白いテーブルと向かい合うようにして椅子が。なおかつ誰かが用意してくれたお茶が湯気を立ち上らせている。準備万端のようだ。
こちらが先んじて着席すると、リミナはわざわざ「失礼します」と告げ対面の椅子に着席。俺はとりあえず紅茶の入ったカップに口をつけ、リミナを見つつ問い掛ける。
「それで……話って?」
途端、リミナは肩を震わせた。何から話せばいいのか、という態度。こちらとしては彼女から話してもらわないとどうしようもなく、ただただ沈黙に徹する。
静寂の時間はしばし訪れる。リミナは逐一俺の事を見つつ、口を開こうとするが……寸前で止まる。
それが何度か繰り返される間に……俺はなんとなく理解する。こうまで俺に話し掛けることに緊張している上、話題はやはり魔王城で俺が見た幻術世界の話。となれば彼女の態度も理解できる。
そう考えると、こちらもちょっと緊張する……けど、幻術世界にいたレンが俺なのか以前のレンなのかわからなかったという疑問が頭の中にあったため、彼女ほど狼狽えることはない。
……内容は決まっているし、ここは俺が先んじて話すべきか。そんな風に思い直し……俺は、リミナへと口を開いた。