決戦の地
「今ここで、ラキは霊殿を起動させ、魔王を復活させる資格を得ることができた……次は、魔力だ。魔王の器に足るだけの肉体を生成するには、途方もない魔力がいる」
そこで、シュウは肩をすくめた。
「現時点で、大陸各地から様々な魔法の道具や魔石を集めている……しかし、それだけでは駄目だ。魔界の主である以上、魔界の魔力をも取り込む必要がある」
「そのために……お前は、まさか……」
フロディアが続きを予測し声を上げる。それにシュウは深く首肯した。
「大陸最南端に位置する場所……魔王の配下が守っていた塔……『揺らぎの塔』と呼ばれるあの場所へ赴き、今まで手に入れた魔石や道具を利用し、魔界の魔力をこちらの世界に引っ張り出す」
「そんなことをすれば……どうなるかわからないぞ」
「凄まじいことになるのは確定だろうな。魔界の魔力は土地を荒廃させ、森を荒野に変えるとまで言われている。あの塔は地脈の流れによって大陸各地に繋がっている。もし魔界の魔力が地脈に沿って展開すれば……この大陸は、全土が死の大地になる」
――そんなことになれば、大陸に住む人達がどうなるかは容易に想像がつく。
「この場にいる面々は、私達を止める権利がある」
そして、シュウは宣言するように俺達へ言った。
「次で……『揺らぎの塔』における戦いが、先代魔王から始まった戦いの最後となるだろう。私達は全力を持って迎え撃つ。そちらが敗れればこの大陸は崩壊し、勝てば平和が訪れることになる」
シュウはそう語ると、これみよがしに肩をすくめた。
「さて、長々と話す結果となってしまったが……この辺りでやめにしようか」
「……待て」
次に口を開いたのは、ルルーナ。
「まだ、重要なことを聞いていないぞ」
「ほう、重要なこと?」
「お前がなぜ、ラキと手を組んだのかを」
今度は一転、シュウが沈黙。するとルルーナは立て続けにシュウへと告げる。
「ここまでの説明で、そこだけは具体的な説明をしていない……そもそも、憎しみにより英雄アレスを殺めたのであれば、ラキの方はシュウを恨んでもおかしくないだろう」
「彼は、私の策を聞き、ティルデとエルザの二人を蘇らせることを優先したということだ。私が英雄アレスを殺したのは事実。そこは咎めてもらっても構わないと思っているが、ラキ自身はそうした心情を殺し、ここまで私の計画に参加した」
「お前は、なぜラキに従う?」
「……今こうして魔に侵され、そして私自身先代魔王の力を手に入れ、再びあの魔王を見たいという願望があるためだな」
「そんな、ことのために……貴様は」
「理不尽な理由であるのは間違いないだろう。そして、こんな理由で大陸が崩壊するような行為に及ぶことも、信じられないだろう」
シュウは語る……それまでと比べ物にならないくらい、冷静な声音だった。
「だが、これが事実であり私達はいよいよ最後の計画に入る……止めたければ来るがいい。その最後の戦いを受けて立つことこそ、魔王アルーゼンを破った私からの礼だと思ってくれればいいさ」
「……ラキ」
そこで俺は、ラキに話しかけた。
「霊殿に眠っている魂……それを蘇らせるために行動しているのはわかった。だが、封じられた二人の心情はどうなる?」
「さっきも言ったけど、望んでいないだろうね」
ラキの答えはひどく明瞭であり……だがそれでも、やめる気はない様子。
「ティルデさんは、最後まで人間を愛していた。蘇らせることで多くの人々が犠牲になるのであれば、あの人は復活など望まないだろう」
「なのに――」
「これは、僕のエゴでもある。二人を生き返らせる……ただそのためだけに、僕はここまで来た。もし復活したティルデさんが死ねと言えば、僕は喜んで自害する」
覚悟を持ち……なおかつ、その一事のために全てを犠牲にする腹積もりなのは間違いなかった。
「僕は、二人の姿が見たい……ただ、それだけだよ」
「……決して、望まれていなくてもか?」
「そうだ」
「……ティルデさんは、俺に止めてくれと警告を発している。それはきっと、ラキのことを止めて欲しいからだ」
俺からの言葉。するとラキの眉が僅かに跳ねた。
「何か根拠があるのかい?」
「夢を見たタイミングだ……最初に夢を見た時、あの時は夢の記憶がヒントとなり敵を倒すことができた。そして闘技大会決勝前に、ラキがエルザを殺した直後の場面。これにより、俺は故郷に辿り着いた。そして、今……さっき気絶した時に、ティルデさんの今際わの際に立ち会う夢を見た」
「それが、どうかしたのかい?」
――俺はここで、核心を伴いながら告げる。
「タイミングが、あまりに良すぎるとは思わないか?」
「まあ確かに、二度までは偶然であると片付けることは可能だ。しかし三度目もあったとなれば、偶然とは呼べなくなるかな」
「それだよ……そういったタイミングよく夢を見た時、ラキがそう遠くない場所にいた。つまり、霊殿の中で魂は眠っていたとしても、ティルデさんは俺に夢という形で干渉しているんじゃないのか?」
「……なるほど、ね」
ラキは呟き、自身が持つ霊殿――ペンダントを見据える。
「きっと、そうなんだろうね」
「そうであるなら、どう考えてもラキのやっていることを止めて欲しいはずだ……それでも、やるというのか?」
「それが、僕の選んだ道だ」
――説得などできないとわかっていた。けれど、それでも失望が俺の頭の中に満ちる。
「……そうか」
ならば、答えは一つだった。
「決まったようだな」
シュウが言う。俺は彼を見返し、何もできない悔しさを感じながら言葉を聞く。
「それでは、失礼させていただこうか」
「待て……!」
ルルーナが声を上げ、なおかつ他の面々が武器をシュウ達へ向ける。シュウ達にとっては多勢に無勢な状況であるのは間違いなく、本来ならば絶対に勝つことはできない……けれど、今のシュウ達には結界がある。それにより、悠然と退散するつもりだろう。
「――レン君」
そして、シュウは俺の名を呼ぶ。
「君とはずいぶんと奇妙な付き合い方となった……それはおそらく、決着がつくまで終わらないのだろう」
――思えば、俺はシュウとは出会った時から策などを仕込まれているような状態だった。
結局、俺はこの人とどこまでも化かし合いをやっているのは間違いない……けれど何度戦っても俺はシュウの後塵を拝するような形となっており……この魔王城における戦いであっても、彼の手のひらの上だった。
「だが、次の戦いで決着をつけようじゃないか……私達の変わった運命についても、ね」
この世界に渡って来たことを言っているのだろう……俺は、彼の言葉に対し頷く他なかった。
そしてシュウ達は移動を開始する。それにルルーナ達は攻撃を仕掛けるが、やはり結界の前に攻撃が一切通用していない。
シュウ達は攻撃されながら平然と歩みを進める。そして俺達の近くへ到達した時、
「次で最後だ……互いに、悔いは残さないようにしようじゃないか」
シュウは俺に一方的に告げ……玉座の間を後にした。
フロディアを始めとした現世代の戦士達は彼らを追うべく広間を後にする。そして残ったのは――
「……勇者様」
「リミナ……大丈夫だ」
俺は心配そうに声を掛けてくるリミナに答えると、周囲を見回す。セシルを始め、グレン、フィクハ、アキ、ノディ……仲間は、俺と共に残っていた。
「……どうやら、この戦いは次で決着がつくらしい」
玉座外からの交戦する音を耳にしながら、俺は仲間達に告げる。
「その中で、俺達にできることは一つだけだ……シュウやラキと戦って、倒す」
ただそれだけ……それに対し仲間達は全員、深く頷いた。