悲劇の日の真実
「エルザはティルデさんの死期を悟ると同時に、隠された書物から読んだ魔法の中で、一つだけ母を救うことができる方法を発見した。それは、霊殿に関する記述だ」
霊殿……フロディアと初めて出会った時、説明があった。肉体を保有する魔族は、体にガタが来た時霊殿と呼ばれる場所に魂を一時的に移動し、新たな肉体に移ると。
「無論、霊殿は魔界に存在し、なおかつ僕らではそこへ行くことはできない……しかし、書物には霊殿でなくとも、それの代替となる手段があると記されていた」
「……それは」
俺が声を上げた時、ラキはほのかに笑みを浮かべた。
「僕らはその手段を用いるべく、肉体の寿命を終えたティルデさんの魂を、魔法の道具に封印した。死んだ肉体から魔力を取り出し、新たな肉体という器が手に入れば復活は可能……そう書物にはあったから。死んだ肉体から取り出すこと自体失敗する可能性もあったけれど……僕とエルザは成功させた」
そこで、ラキは暗い表情を見せる。
「けど、魂に適合する器というのは簡単に見つからない……だからそうした肉体を手に入れることのできる機会を待つべきだというのも一つの手だったが……僕らは、別の手法を使った」
「何……?」
「魔法を使い……肉体を生み出す術さ」
魔法を……ラキはさらに表情を暗くする。
「魔族に適合する体……事前の準備はそこそこ必要だったし、なおかつ条件も整える必要があった。もっとも必要な環境自体は、魔王城の魔力が存在する屋敷地下で事足りたんだけど……それは幸いというより、悲劇だったのかもしれないね」
……なるほど、そういうことか。
「つまり……その魔法が、あの悲劇を生み出した」
「正解だ」
ラキが言う……ここから、あの事件の真相へと近づいていく。
「あの時のことを考察すれば……僕らは、あまりにも未熟だったとしか言いようがない。魔族に関わる魔法がどれほど怖い物なのかを認識していなかったし、さらに言えばその魔法成功率を考慮に入れるようなこともしなかった」
「……つまり、あの魔法は」
「失敗に終わった、ということさ」
それで、あの悲劇が――
「魔法に失敗したため、ああした結果となったというのか?」
「そうだよ。肉体を魔法で生成する……ティルデさんの魂を取り出す魔法は、おそらくティルデさんの魂そのものがあったからこそ、成功したんだと思う。けれど、肉体を生成する魔法はゼロから創造するものであり……僕らが扱えるような代物ではなかったし、そもそもあの場で必要な条件や資格すら整ってはいなかった」
ラキは語る……その表情は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「あの日……僕らはレンに秘密にした状態で地下室に入り、魔法を使った。けれど、すぐに失敗した。その結果、何が起きたか……魔法の内容は肉体の生成。けれど失敗し逆のことが起こった。それが――」
「エルザの死……というわけか」
頷くラキ……そして、ここからさらに核心へ迫る。
「エルザの魔力が魔法によって一気に吸われ、僕は彼女がこのままでは死ぬと悟った。彼女は何もできず、だから僕は必至で、彼女の魂も取り出し封印したんだ」
「そして……残ったのは」
「僕と、エルザの亡骸だけ。血だまりだったのは、恐るべき魔力の奔流により彼女の体が耐えきれなかったんだ……そして」
ラキは、目を伏せた。
「僕は、その魔力の一部を体の中に取り込んだ」
「取り込んだ……?」
「あの雨の中、切り結んだ時僕はレンよりも遥かに上を行く技量を有していたはずだ。その原因は、取り込んだ魔力にある。その魔力によって、僕は微かだがエルザの魔力……つまり、先代魔王の力を得るに至ったというわけさ。ほんの、一端だけどね」
――だからこその、あの歴然とした差だったということなのか。
静寂が一時玉座の間を包む。俺とラキ以外の声は何も聞こえず、また誰も口を挟むようなこともない。
「僕がエルザを殺したことにしたのは、他に方法がなかったからだ。僕らは意味合いは多少違うけれど、魔王を復活させようとした。そして僕は、魔王の力を取り込んでしまった。あの時僕は、可能性は限りなくゼロに近かったけれど……英雄アレスから剣技を教わっていたレンに対し、警戒した。だから、屋敷を離れることにした。まだ、同時に――」
「一方的に告げ……目的を果たすために……」
ラキの言葉を遮るように告げると、彼は頷いた。
「目的……封印したティルデさんとエルザを復活させるために、僕はここにいる」
「それが、多大な犠牲の上に成り立っているものだとしても?」
「そうだ」
「そんなこと……ティルデさん達が望んでいると?」
「間違いなく、望んではいないだろう」
ラキが確信を伴った声で告げる。
「復活させた後、罵倒されても殺されても構わないと思っている……けれど、僕は二人を復活させることができれば、それでいい」
狂気――それに近い何かを宿している瞳が、垣間見えた。
きっとラキも、エルザが死んだ時に魔王の力を取り込んだことで、シュウと同様魔の力に浸されてしまったのかもしれない。そして至った結論が、全てを犠牲にしても彼女達を――
「……その霊殿は、どこにある?」
俺は半ば確信を抱きながら質問を行う。するとラキは、
「気付いているんだろう?」
そう返答が。だから俺はラキを見据え、
「……戦士演習の時、カインが一時掠め取ったペンダントだな?」
「正解だ」
彼は懐を探り、俺達に見せる。紫色の宝石がはめ込まれた、ペンダント。
「この中に、ティルデとエルザの魂が眠っている……これが、仮初めの霊殿だ」
「その中から……二人を復活させるために、こんなことを?」
「そうだ」
「――それが、魔王の地位を手に入れることと何の関係がある?」
ここで、ようやくフロディアが声を上げた。
「こうまでする目的はなんだ?」
「レン君が真相に辿り着いたんだ。その報酬としてそれも渡そうじゃないか」
今度は、シュウがラキに代わって語り始めた。
「ラキは先ほど言ったはずだ。ティルデ……ティルヴァデインを復活させるためには条件も資格も足りないと。仮初めの霊殿であっても、魔法を正しく構築すればきちんと機能することは研究で明らかになっている。では何がダメだったのか……確かに肉体を生成できる条件も足らなかったが、それをクリアしたとしても、資格がなかったため無理だっただろう」
「資格、だと?」
「霊殿から魂を取り出し、作り出した肉体に収束させるという魔法には、資格がいる。誰も彼もが好き勝手に復活させては厄介なことになりかねないからな……条件として、魔王を頂点とする格付け以下の者でなければ、復活できないという」
「つまりそれは――」
「魔族にも階級があり、それは魔王の証のように物品によって明示されている。そして霊殿はこうした物品が鍵となって作動する。ラキが復活させようとしているのは魔王だ。霊殿が使用できる資格は、格付け以下……頂点が魔王である以上、彼自身が魔王の証を手に入れるしか、方法がなかったというわけだ」
「だから……私達と魔王を戦わせ、魔王の証を手に入れたということか?」
「そうだ」
そのために……今あらためて、シュウ達がラキの目的のために全ての策を動かしていることが理解できる。
なぜ、そこまで――そういう質問が放たれてもおかしくない状況であったが、誰かが話し出すよりも前に、シュウがさらに続きを話すべく口を開いた。




