英雄と娘
「戦争の時から、彼女はずっと無理をしていた……魔王である以上、人間と比べ膨大な魔力を抱える彼女は一年二年ではどうこうなるような体ではなかったが、エルザを生み、彼女が成長する時間を経て、死が迫っていることがわかった」
シュウが語る魔王と英雄の真実……ここから、話は悲劇的なものとなっていく。
「あの戦争で傷ついたのは、人間や魔族だけではなく発端となった魔王も例外ではなかったというわけだ。力を目に見えて失いつつあったティルヴァデインは、病に臥せるようになった」
「……その解決法はなかったのか?」
「外部から魔力を供給する他なかった。だが、倒れた時点で手遅れに近い状態だった。魔界に戻れば完全に回復する可能性はあったらしいが、アルーゼンが支配しつつある状況で戻れば、間違いなく殺される。だからもう、彼女には生き残る手がなかった」
「……けど」
俺は、話の続きを予想してシュウへ告げる。
「決して、戻ることは不可能というわけじゃなかったはずだ……彼女は死ぬことに対し望んでいたから、この世界に留まり続けていたんじゃないのか?」
「正解だ……戦争によって復興しつつある大陸を見て、ティルヴァデインは自身の役目が終わったことを悟った。そして生き延びることはせず、このまま死ぬことにする――それは彼女なりの、戦争に対しての償いだったのかもしれない」
「だが、英雄アレスはそれを許さなかった?」
問うと、シュウは笑みを浮かべた。察しがよくて助かる、という顔だった。
「英雄アレスの旅は、勇者として素質ある者を探すと同時に、ティルヴァデインを救う旅ともなった。彼は魔王を救うために、様々な魔法の道具や、魔石を探した。それにより、魔王も延命した。彼女自身それを望んでいたかどうかは知らない。けれど、最愛の夫の行為を止めることはしなかった」
そこで、シュウは突然笑い声を上げ始めた。
「滑稽だと思わないか? 英雄アレスは魔王を倒すために聖剣を握り戦争を戦った。けれど全てが終わった後、奴は魔王を救うために大陸を歩き回り始めた」
――この場にいる誰もが、何も答えなかった、いや、答えられないとでも言うべきだろうか。
「……話を先に進めよう。英雄アレスは同時に一つの危惧を抱いた。娘であるエルザは自身が魔王の娘であることは知らない。しかし、母親が死んだことをきっかけにして暴走するなどという危険性もゼロではないと。そういう可能性を考慮して、アレスはザンウィスと協議し勇者の試練を生み出した……おそらく、そういった試練を色々と準備していたのだろう。あの試練はその一つ目だった。そして同時に、アレスは一つ計画していたことがあった」
「計画?」
「そう、計画……魔王である彼女を、フィベウス王国へ移住させるという計画」
突然出てきたドラゴンの王国……眉をひそめる間に、シュウは続けた。
「フィベウス王国を訪れた時、アレスは魔王の延命をすることができるという可能性を見出したらしい。だからこそ彼は移住の計画をした。しかし、その前にティルヴァデインが死んでは元も子もない。だから――」
「ドラゴンの聖域にある秘宝を、持ち出そうとした」
俺の言葉に、フィベウス王国出身者である騎士達が声もなく驚愕する。
「そしてあんたは、それに同行した……」
「正解だ。詳しい事情を話してはくれなかった彼に、私は……魔に侵されつつあった中で、秘宝を求めドラゴンの聖域へと入った」
核心部分に迫っていく――俺は、さらに質問をした。
「聖剣を巡って衝突した時、言っていたな……あんたは英雄アレスが抱えていた秘密を知っていたと。それは、魔王のことだったのか?」
「そうだ」
「そして、その時今話した内容を聞いた」
「その通り……そして私は」
俺と視線を重ね、シュウは告げる。
「英雄アレスを、この手で殺した」
――海の底にあるような深い沈黙が、一時周囲を襲う。だがそれでも、シュウは構わず話し続けた。
「私自身、その時魔に侵され始めていたこともあり、理性が緩んでいたのは認めよう。その時私が思ったのは、アレスの滑稽さだった。魔王を倒すために剣を握っていた英雄が、今度は魔王を救おうと奔走している。しかも、秘宝を奪うなどという汚い所業まで……魔に侵されていた私だったが、決して魔王に忠誠を誓っているわけではなかった。魔に侵食を受けた影響として一番大きかったのは憎悪の増幅……理不尽なアレスの言葉により、私は奴に仕掛けた」
笑みを見せたまま喋り続けるシュウ……だが、俺はその表情が怒りに満ちているような錯覚を抱く。
「そして、この手で殺した……もちろん、私も後悔したよ。共に戦った人間だったからね……その後少しの間は魔の力も鳴りを潜めていた。だが、転機が訪れた」
転機――俺はそれが何なのか、はっきりと理解する。
「……ラキか」
「そう。ラキが現れたことだ」
そこで、ラキはシュウへ手を出し、話を制止させるような所作を見せる。
「ここからは、僕が」
「そうだな」
シュウは引き下がる。そして、今度はラキが語り始めた。
「アレスさんをシュウさんが殺した、およそ半年後……とうとう、ティルデさんは亡くなった。その時のことはレンもわかっているだろう? その後……屋敷を去った後、英雄シュウの屋敷を訪れた。目的のために情報を集めるためだ」
「情報?」
「シュウさんの屋敷は魔族や魔法の書物がたくさん眠っている……英雄アレスの弟子だと言えば無下にも断れないだろうと思い、僕は訪ねたんだ」
「その理由は?」
こちらの言葉に、ラキは微笑を浮かべた――どこまでも、悲しそうな微笑を。
「それについて、今から話そう……真相に辿り着いた報酬だ」
ラキは語る。この場で、とうとう彼の目的すらも明確となるらしかった。
「まず、確認だ。レンはティルデさんが亡くなった時のことは夢で見たのかい?」
――この会話、事情を知らない人からしたら意味不明だろうな。そんなどうでもいいことを思いながら、俺は首肯した。
「ああ……こっちも一つ確認をしたい」
「どうぞ」
「エルザは、自分の母が魔王だと知っていたんだな?」
問いに、ラキは少し間をおいて、
「そうだ」
頷いた……やはり、か。
最後の会話。ティルデはエルザが把握していたという事実を察していた。だからああした言葉を投げかけたのだろう。
「それを知った経緯は、偶然の産物だ。ティルデさんは魔族にしか使えない魔法などの書物も保有していたけど、それは厳重に保管されていた。しかしエルザは何かのきっかけでその書物を読み、使えることを知ってしまった。だから、気付いてしまった……そして、僕もまた知ってしまった」
「それも、偶然か?」
「エルザが興味本位で魔法を使用していた光景を見てしまったんだよ……その事実に驚いた僕らだったが、また同時に一つの可能性を見出した」
「可能性?」
聞き返した時、ラキは薄い笑みを浮かべた。それは悲しいというより、後悔の念が強く込められたもの。
「その辺りを、今から話そうじゃないか」
「ああ、わかった……だがその前にもう一つだけ質問がある」
「レンに話すつもりはなかったのか、ということかい?」
「そうだ」
一度ラキは目を伏せる。そして、
「……エルザは、レンに対して特別な感情を抱いていた」
――またしても、驚愕の事実。
「さすがにエルザが僕に直接そのことを話したわけではなかったけれど、この事実については話さないで欲しいと言われ、僕もなんとなく察した。だから承諾した……ただ、それだけさ」
俺は何も答えられなかった……それを見たラキは、話を進めるべく改めて口を開いた。