繰り返される衝突
そこからはまず倉庫から調べることになった。
「ペンダントは、ここにあったんですか?」
俺が確かめるように言うと、ルファーツは頷く。
「はい。王子の心当たりを調べた結果、ここに」
「そう、ですか」
俺は壁際に置かれた物品を見つつ、彼に言う。
「一月前から潜入している以上、敵も多少は調べているはず。運が良かったというべきでしょうか」
「そうですね。ただややこしい場所に置かれていたので、敵も見つけられなかったのかもしれません」
「ややこしい?」
聞き返すと、ルファーツはおもむろに右側の壁に歩む。そこには畳一畳分くらいの大きさをした青い絨毯が一つ。日に当たっていたのか、結構色あせている。
「ここです」
ルファーツは言いながらおもむろに絨毯をめくった。その下には――
「収納庫、ですか」
――床板に小さな取っ手のついた、収納庫らしき物が一つ。
「この絨毯の上には椅子がいくつも置かれていました。さすがに敵もそれをどかすわけにもいかず、調べなかったのでしょう」
なるほど。だから今まで見つからなかったのか。まあ敵も警備の目がある以上、おちおち物をどかす暇もなかったのだろう。
結果だけ見ればなんだか拍子抜け――そういう感想を抱いた時、ルファーツは険しい顔をした。
「ですが、ペンダントが見つからなかったことにより事件が長期化したのは事実。敵に盗られなかったという幸運はありますが、王子の心労を考えるに、もっと早期に対応できていれば良かったと感じています」
「……そう、ですね」
俺は頷いた。横にいるラウニイも同意見なのか、神妙な顔つきでルファーツを眺めている。
「では、別の場所に」
ルファーツは言って、絨毯を元に戻すと歩き出す。俺とラウニイは無言でそれに従う。
倉庫を出て来た道を戻っていると、巡回している他の兵士がこちらへと歩いてくる。
「このまま、何事もなければいいけど」
俺は小さく呟いた。ラウニイも同意見なのか、小さく頷きつつ口を開く。
「このまま敵が来なければ、それで事件解決なわけだしね――」
そう彼女が発した時、ふいにルファーツの足が止まった。
「……どうしました?」
俺が問うと、ルファーツは手で声を制する。
横を見る。そこには扉が一枚。
彼は無言のまま静かに剣を抜く。雰囲気に圧され俺は押し黙り、彼に合わせ剣の柄に手を掛ける。
ルファーツは慎重に、ゆっくりと扉に近づく。何か、勘付いたらしい――胸中断定すると、じっと彼の行動を観察し始める。
彼の左手が、ドアノブに伸びる。それを掴むと、しばらく静止。そこに至り近づいてきた兵士も状況を把握したのか、顔に緊張を走らせた。
俺は一度深呼吸をする。ルファーツはこの部屋に襲撃者がいるとわかったのか――そういう推測が頭を満たした時、彼はドアノブを回し、足で勢いよく開放する。
俺は柄を握り締め中を確認。そこには――
「……外れ、かな?」
ラウニイが言う。廊下から見える範囲に人影はいない。
「何か気配が?」
俺は柄を握る手の力を弱めながら問う――その時だった。
ヒュン――ルファーツの剣が突如空を薙ぐ。直後発生したのは金属音。俺は剣を抜いて戦闘態勢に入り、
「王子に一報を!」
ルファーツの声により、兵士が慌てて踵を返した。
「来ます!」
さらに彼の声と同時に、姿が見える。
朝にも関わらず黒衣に白銀の瞳――間違いない、昨夜二度交戦した、あの襲撃者だ。
相手は昨夜と変わらず短剣を持ち応戦する。一方のルファーツは懐に飛び込まれないよう剣で攻撃を弾きつつ、後退する。
「くっ!」
襲撃者は連続で仕掛け、ルファーツに苦戦の声を出させる。そこで俺は横手に回り剣を差し向けようとするが、
「っ!」
さらにルファーツが呻き、襲撃者はすり抜けるように廊下に侵入を果たす。
そして固まる俺達に距離を置き、短剣を構えた。
襲撃者の背後には倉庫。もし王子の下へ行くならば、俺達を突破しなければならない。
「……ラウニイさん」
俺はすかさず呼び掛ける。傍らにいる彼女は「ええ」と答え――秘策を使用するという意思表示をした。
直後、襲撃者が疾駆する。俺達を一気に突破しようという目論見なのか、前傾姿勢で突撃してくる。
それに応じたのはルファーツ。彼は横に一閃し襲撃者を迎撃しようとする。
しかし相手は短剣で刃を受け止めると、体を傾け受け流そうとする。
「――ふっ」
そこへ、ラウニイの援護が入った。ナイフが投擲され、それが襲撃者に迫り――彼は飛来したそれを弾く。
駄目か――今度は俺が援護に回ろうとした次の瞬間、ナイフの弾かれた場所からいきなり突風が生まれた。俺は唐突な現象に驚き、思考が持っていかれる。
「――っ」
その中で、襲撃者が呻いたのを聞き逃さなかった。
「はあっ!」
さらにルファーツが風の勢いを加算した一撃を見舞う。
襲撃者はそれを避けきれないと判断したか、短剣で上手く受け止め、反動に任せ大きく後退した。
やがて風が収まる。襲撃者はその段になって警戒の色を濃くした。その視線は主に、ラウニイへ向ける。
「今のは挨拶代わり」
それに気付いたか、ラウニイは襲撃者に言い放つ。
「さて、次はどう出るでしょうね?」
謎かけでもするかのような口調で彼女は語る。一方の襲撃者は白銀の瞳を細め、ラウニイの行動を注視。
ルファーツと俺は剣を構えながら相手の動向を窺う。数の上では三対一だが――まだあの防御を破っていない。それをどうにかしない限りは、勝てないだろう。
沈黙が廊下を支配する。ラウニイも声を出さずじっと襲撃者を見る。ただ彼女の瞳は、余裕を滲ませたもの。
ブラフか、それとも確固たる根拠があるのか――俺は彼女に視線を送ると、
「レン君」
ラウニイが、小さく告げる。
「後詰めは、君に任せた」
――後詰め? 俺が疑問を寄せた瞬間、襲撃者が動く。考えている暇はない。
「……受け取りなさい」
ラウニイが小さく、襲撃者に呟く。
それと共にルファーツは相手の前に立ちはだかり、再度衝突した――