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勇者の、問い掛け

 シュウが尋ねる間に、玉座の入口からフロディアを始めとした精鋭が押し寄せてくる。なおかつルルーナやグレンも動き出し――振り返らないまでもそれを察したシュウは、息をついた。


「どうやら、交渉は決裂のようだな」

「当たり前だ」


 フロディアが代表して応じる。


「悪いが、ここで――」

「何度も言っているが、こちらを倒すことなどできはしない……この時のために入念に準備を行った。そう簡単にやられてはたまったものではないしな」


 答えたシュウは、再度俺へ視線を送る。


「もし、証を渡してもらえないのならば……私がどう動くかはわかっているはずだ」

「聞く耳を持つな」


 フロディアが言う。俺はただ左手にある証を握りしめるだけ。

 はいと返事をして渡すことなどできない……だが、現状ではいずれ奪われることになるのは俺にもわかる。


 ならば、どうすれば……だが、現状シュウ達に進撃されて押し留める手段がない。相手の疲労を待って結界が自然消滅するのを待つか? いや、そのくらいシュウだって予測しているはずだし、魔力を回復させたからといって、こちらが先に力尽きるだろう。とてもじゃないが、時間を稼げるとは思えない。

 先ほどの魔王との戦いにより手がない状況だった。シュウ達が隙を見せるとは到底思えず、最早俺達に選択肢は――


「シュウさん」


 そこで、声を上げたのはラキ。


「僕がやるよ」

「いいのか?」

「ああ。構わない……ほら、彼らに借りもある」

「いいだろう」


 シュウの後ろにいたラキが歩き出す。するとフロディアを含めた他の面々が動いた。結界はシュウ達を取り巻くように形成している。となれば、俺を攻撃する場合は外に出る必要がある。

 そのタイミングを狙って――だが、それをシュウ達が予測していないはずがない。


「……包め」


 シュウが呟いた。同時、結界が突如俺達へ向かって押し寄せ、

 一気に、俺とリミナとフィクハだけを、結界内に閉じ込めた。


「なっ――!?」


 フロディアが声を上げると同時に、ラキが走る。直後リミナとフィクハが同時に動き、ラキの進撃を押し留めるべく武器を放つ。

 だが、ラキはそれを一蹴した。二人の武器が彼の剣に触れた瞬間、恐ろしい程簡単に彼女達の体は吹き飛び、結界の外へ弾きだされる。


「リミナ、フィクハ――!!」

「自分のことを考えた方がいいよ」


 ラキが迫る。俺は即座に相手を見据え、その一撃を剣で受けた。

 だが、押し留められない。俺だって全力で応じた――が、魔力がある程度回復した状態であっても、耐え切れなかった。


 刀身から感じられるのは、明らかにシュウと同じ力……圧倒的な魔王の力。それに、手持ちの力では対応できない。


「殺しはしないよ……借りもある」


 借り――どういうことなのか理解できない中、俺の体が持ち上がりそうになる。

 弾き飛ばされる――そう認識した矢先、ラキは剣を振りながらなおも言った。


「悪いね」


 謝ると同時、彼の剣が発光する。

 魔法――認識しても応じることができず、光に包まれ――意識が飛んだ。






 ――気付けば、俺はティルデが住んでいた屋敷の廊下にいた。


 夢だ、と気付いたと同時、夢の中のレンは早足でどこかの部屋へ突き進んでいく。先ほどラキと交戦し意識が飛んだことを少なからず悔いつつも、ここで夢を見ることはきっと意味があると思い、俺は意識を集中させた。

 ある部屋に入る。見えたのはベッドの横で椅子に座るエルザと、立ち尽くすラキ。


 エルザがラキにまだ殺されていない……理解した直後、レンもまたベッドに近づく。そこには、


「レン……」


 臥せるティルデの姿。俺はそこで直感する。これは、ティルデの最期を看取る夢だ。


「お母さん……!」


 エルザが泣きながら母に呼び掛ける。それにティルデはゆっくりと手を伸ばし、娘の頭を撫でた。


「ごめんなさい……後の事は村の人にも伝えてある。何も心配いらないわ」

「やめてよ……! そんな……!」


 ラキと俺は母娘が会話をする光景をただ見続けることしかできない。また、英雄アレスはこの場にいない。旅の途中なのだろうか。


「……レン、ラキ」


 泣き続けるエルザを見ながら、ティルデは話し出す。


「一つ、約束を……娘を、エルザのことを――」

「うん」

「わかった」


 俺が先に返事をして、ラキもそれに続いた。当たり前だ――そう、レンの声が聞こえてきそうだった。


「……エルザ。悲しいのはわかる。けどね……」


 むせび泣くエルザに、微笑を伴い優しく語りかけるティルデ。同時に俺は、彼女が放つ微笑がずいぶんと悲しそうだと思った。

 死ぬことに懸念を抱いているという様子ではない。それはどちらかというと、今まで自分のしてきた行為に悔いるような表情。


「……これは、報いなの」


 言葉に、エルザは顔を上げ母親と視線を重ねた。

 また同時に、ティルデは微笑の奥にあきらめたような、ひどく残念そうな色を見せる。


「やっぱり、そうなのね?」

「……うん」


 主語のない質問に、頷くエルザ。ティルデが抱えていた何かを、エルザが知ってしまったという雰囲気。


「こうして私がこのベッドで眠ることは……私が招いた結末であり、罰なのよ」


 エルザは力なく首を振る。否定しようとしているようだが、ティルデはそれでも優しく微笑み、


「けど、私はそれを受け入れる……エルザ、私はそうした気持ちだったということを、忘れないで」


 何か、警告しているようにも感じられた……おそらくこの場にいたレンには何もかも理解できなかったかもしれない。しかし――

 同時に、彼女の言葉が頭にしみ込んだことにより、リミナを助けた……彼女が語った命を助けられた時の話。ティルデは、まさしく同じようなことを言っている……ティルデが語った意図とは、違っていたとしても。


 そして俺は、なぜこうした夢を今見るのか、推測することができた……これは、おそらく――

 ティルデの手が力なく落ちる。まぶたが閉じ始め、エルザが母親に声を上げる。


 その光景を見ながら――俺の意識は浮上した。






 気付けば、魔王城の床に仰向けとなっていた。介抱されたのか、フロディアの姿が視界に入った。


「大丈夫か……?」


 彼が問い掛ける。俺は頷き、即座に起き上がった。


 意識を飛ばしたのは一瞬だったのかもしれないが、それでも状況は一変していた。シュウ達は玉座まで到達しており、なおかつリミナやフィクハは俺を近くにいた。ルルーナを始めとした現世代の戦士達、さらにジオなどの騎士。リミナとフィクハを除いた仲間は、玉座へ続く階段の下で武器を構え、対峙していた。


「これで、貸し借りはなしだ」


 シュウが言う。それに訝しげな声を上げたのは、ルルーナだった。


「貸し借りだと……?」

「ラキが言い出したことなんだが――闘技場決勝戦後……全力を出し疲弊したラキを捕らえてもよかったはずだが、混乱などを危惧して結局行わず都から出した……私達の動きを危惧したという一面もあるだろうけれど、見逃したことに対する借りだ」

「そもそも、彼だけ倒しても意味が無かったというのもあるがな。それに、泳がせてそちらの動向を探ろうともした。結局、できなかったが」


 カインが言う。するとシュウは笑みを浮かべた。


「まあ、そうだな……ともあれ、ラキはあの時戦う心積もりで決勝戦に臨んだ。しかしそちらは見逃した……だからこちらは今、勇者レンの命を取らず見逃した。これで貸し借りは無しだ」


 そう表明した直後、俺はゆっくりと立ち上がった。体調は問題ない。リミナやフィクハが声を掛けるが、俺は無視しシュウに視線を送った。

 相手もこちらに気付き、目を合わせる。


「――そういえばレン君、決まったかい?」


 質問を一つ受け付ける、ということについてだろう。俺は答えない。だが、目だけは彼に向け続ける。

 こちらの視線に、何かを感じ取ったのかシュウは目を細めた……同時、俺は頭の中で一つの結論に至る。


 ありえない……こんなことは。


「ラキ」


 シュウがラキへ告げる。俺はすぐさま彼へと目線を変えた。

 ラキもまた待つ構えなのだろう。俺はじっと彼を見据えた後……にらみあいを続けることで静寂している玉座の間を一度見渡した。


 間違いなく、質問できるのは今この時をおいて他にはないと思う。均衡が崩れればどうなるかわからない。だからこそ、今質問するしかない。

 だが、俺の頭に浮かんだ結論は……考えながら、夢の光景を思い返す。なおかつ実際にあの屋敷に足を運んだ記憶を頭から引き出す。


 そして――魔王城の中で感じた魔力に対する僅かな違和感、というより引っ掛かり……それが一つとなり、


「……ラキ」


 根拠など、一切ない。全て俺の中で浮かんだ仮定により成り立っている結論だ。

 そんなはずはないと思いながらも、俺は夢を思い返す。夢の内容ではなく、夢を見たタイミングだ。


 戦士の演習の時から、断続的に見るようになった……おそらく、そこから闘技大会まではレンの体が少しずつ思い出していたんだと思う。だが、夢を見始めたきっかけの時と、闘技大会決勝。そして今――三度も絶妙のタイミングで見るなんて、あり得ないと思う。だから、必ず理由がある。

 それもまた、仮定でしかない。だから、それを確信に変えるために質問する――


「……ティルデ、さん」


 名を口にする。その名を知らない者だってこの場にいるだろう。けれど、事情を把握している仲間や現世代の戦士達は軒並み反応した。

 ラキは、俺が何を問おうとしているのかその名を口にしただけで予測がついたらしい。悲しそうな、それでいて待ち構えるような態度を見せる。


 唇が少し震える。あり得ないと思う。けれど――




「――ティルデさんが、先代の魔王なのか?」




 証拠が、あるわけではない。なおかつ、わからないことだってある。


 現時点で、ティルデが魔王だからといってなぜ今際の際にあんなことを口にしたのか判然としていない。けれど、あの屋敷にあった地下室の魔力……今はっきりと思い出せる。あの魔力と、魔王城に眠る魔力が酷似していた。


 だがそれを理解しても、本来ならこんな突拍子もない発想には至らないだろう。もしかするとリミナだって違和感を覚えたかもしれないが、あの屋敷と魔王城が関連あるかなんて想像しなかっただろうから、気付いても英雄アレスやティルデが対策のために研究でもしていたのだろうと適当な理由を考えたかもしれない。


 だから、こんな質問に驚き俺の方に視線を向ける者だっていた。

 けれど、それでも――




「――そうだよ」


 ラキは、これまでにないくらいの悲しい瞳を伴い――俺にそう答えた。


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