脅威の襲来
「え……?」
リミナが爆音に反応し呟く。同時に俺はまさか――と、心の中で呟いた。
「おい、これって……」
「間違いないだろう」
ルルーナが言う。同時に彼女はいち早く駆け出した。
次いでグレンが動き、さらにリミナが走る。俺とフィクハは三人の後に続く形で動き、閉め切られている扉を開けた。
そして、前方に見えたのは――
「――レン!」
セシルが叫ぶのを耳にする。階段下には、セシルを含め残っていた面々。さらに城が解放されたのか、転移魔法により脱したはずのアクアやジオなどの姿もある。
そうした面々はこちらへと突き進んでくる三名の敵を阻むべく攻撃しているが……その全てを、結界によって防いでいた。
「何度も言っているが、無駄だよ。この魔王城の中では」
三名の内の一人――黒衣に身を包むシュウが、口を開いた。
「魔王城の周囲に結界を構築したのは、その結界を通して魔王城やその周辺の魔力を解析するためでもあった。目的を果たすために魔王城に踏み込もうとしても、多勢に無勢……それに、君達は少なからず私達に対する策を立てているはずだからな……こうして絶対に攻撃されない状況を作り出す必要があった」
「シュウ様、早く」
次に声を上げたのはシュウの隣に控える、黒装束姿のミーシャ。そして両者の後方には――
「ラキ……」
「魔王を倒したようだね。まずはおめでとうと言っておく」
にこやかに、シュウ達と同じように黒衣に身を包んだラキが俺へと口を開いた。
「けど、そっちは魔王との戦いで相当消耗しているだろ? 連戦ともなれば、僕らに勝てないのはわかっているはず」
……それを見越し、このタイミングで仕掛けたというわけか。俺は即座に剣に魔力を収束させ対抗しようとする――が、ラキの言う通り、全力には程遠い。
いや、まだ戦いの前にもらった薬がある……魔力を回復させることができれば――けど、その猶予を与えてくれるとは思えない。
考える間に、今度はシュウが話し出した。
「私は魔族に近い力を得ている……しかも先代の魔王の力を。その魔力によりこの魔王城に眠る力をある程度使えるというわけだ……遺跡で遭遇した時と一緒だ。この城とその周辺では、私に攻撃は通用しない」
語ると、シュウは小さく嘆息する。
「おそらくだが、こうした魔力を抱えていたために魔王アルーゼンは先代の魔王の遺跡などを守ろうとしたのかもしれないな。私がそういったものに触れることを警戒したわけだ」
「ここに、何をしに来た?」
俺が問う。するとシュウは、俺に対し指を差す。その先には――
「それを、貰い受けに来た」
左手に握る。魔王の証。
「それを渡し、玉座を明け渡してくれ」
「……断る」
ルルーナが代表して答える。同時にシュウ達を取り囲んでいる騎士や戦士達が一斉に体勢を整え武器を構え直し――彼女は続ける。
「やはり、魔王になることを目的としていたようだな」
「その辺りを語るつもりはないと言っているはずだ。先に言っておくが、この場では勝てないぞ……しかも今君達は全力を使い果たしたばかり。余裕はないだろう?」
言う通りだった。確かに今俺達に余力はない。魔王との連戦という状況であり、同じような力を所持するシュウ達を相手にするのは、いくらなんでも無理だ。
だが、薬があるため時間を稼げば……俺は歯を食い縛るように表情を変えつつ、シュウへ告げた。
「悪いが、そうもいかない」
「――残念だ」
シュウが動く。それと同時に戦士達が一斉に攻撃を開始した。しかし、
「魔王アルーゼン的に言えば、こうかな」
シュウはどこまでも余裕を見せ、言った。
「無意味――だと」
結界があらゆる剣戟を阻む。その姿はまさに人間を絶望に叩き落す魔王の姿そのものだった。
「とはいえ、こちらも結界に力を使っているためあまり派手な事もできない……遺跡の時と同じだな。互いに干渉しないということにしようじゃないか」
「ふざ――けるな!」
マクロイドが激昂と共に剣を振り下ろす。だが、届かない。
「……さて、レン君」
そしてシュウは、周囲の状況を他所に俺へと語りかけた。
「魔王の証とでも言うべき、手に持っている物を……こちらに渡してくれ」
「……一応訊くが、断ったらどうなる?」
「仕方がないが、無理矢理奪わせてもらう」
――この場にいる誰もが、理解しているだろう。現状、シュウ達を倒す術はないと。
勝機があるとなればまだ残っている魔力回復の薬か……いや、この場合は相手の目論見を潰した方がいいのだろうか? 魔王の証を破壊することができたなら――しかしそうした素振りを見せただけでもどうなるかわからない。壊せるかどうかもわからないが、それをやるにしても隙ができる。それをシュウ達が悠長に待ってくれるとはとても思えない。
「どうする?」
シュウが問う。俺は階段上から彼を見据え、それでも答えられない。
「……まあ、咄嗟に答えられないだろうな」
シュウが言う――刹那、
「レン!」
ルルーナが声を上げた。直後彼女が俺の腕を掴み、
「戻るぞ!」
声を張り上げ、俺を玉座の間へと無理矢理引っ張る。
「ル、ルルーナ!?」
俺は叫んだが、彼女は止まらない。そこにグレンやリミナ。さらにフィクハも続き、玉座の間へと入る。
そしてルルーナは扉を閉めた。
「レン、考えていることは一緒だろう……破壊しろ」
「ルルーナ……」
「時間は私達が稼ぐ。薬が残っているはずだな? シュウ達の結界を突破するよりも、全力の一撃を魔王の証にぶつけた方が、可能性としては高いと私は思う」
破壊して、本当にシュウ達の目的が防げるかどうかもわからない……だが、
「わかった」
俺は頷き、床に魔王の証を置いた。
後方から扉の向こうで轟音が聞こえる。シュウが迫っていると認識し、俺はすぐさま懐からストレージカードを取り出した。
薬を手の中に生み出し、口に入れる。飲んだその瞬間回復するのか一瞬疑問に思ったが――効果はすぐに出た。体から、魔力が湧き上がってくる。
これでもさすがに全快というわけではない――だが、俺は構わず魔力を練り上げる。
そして、
「――おおっ!」
声と共に、床に置いた魔王の証に斬撃を振り下ろした。魔王を滅した力。これならどうか――
証に剣が触れる。同時、甲高い音が響き――それでも、砕けない。
「駄目か――!」
いや、まだわからない。もっと魔力を込めて――
しかし、次の余裕を与えてはくれなかった。扉が無理矢理開く音が聞こえ、
「破壊には、至らないようだな」
シュウが、俺達へと呟いた。
「それも計算の内だよ。魔王の証……そう易々と壊されるものではないというのは調査済みだ」
語ると、シュウは「ほう」と小さく呟いた。
「魔力が回復しているな……なるほど、その状況ならば、と考えたのだろう。だが証に眠る魔力を解析しないことには、無理だろう。残念だったね」
そこで俺は振り返る。シュウの顔には、笑みが存在していた。
「くっ!」
シュウ達を阻むべく、ルルーナとグレンが走る。だが二人の斬撃も全てシュウの結界の前に阻まれ――シュウやラキは、悠然と二人の横を通り過ぎる。
俺は床に置いていた魔王の証を拾い上げると、魔王の塵を背にして剣を構えた。ルルーナ達は通り過ぎようとしているシュウ達へなおも攻撃しようとしたが、ミーシャが手をかざすことで対応する。
刹那、風が炸裂。結界越しだが内から外には攻撃が透過するのだろう――突風に、彼女達は弾き飛ばされた。
「ルルーナ! グレン!」
「殺してはいないよ。というより、内から外に干渉はできるが効力も相当低くなる。だから殺せないと言った方が正しいか」
シュウは律儀に答える。その間にフィクハとリミナが俺を守るように武器を構え、シュウ達と対峙する。
「……さて」
そして、シュウは俺を見据え言った。
「もう手立てはないはずだ……証を、渡してもらおう」




