魔王の言葉
「……いくら自分の城だからといって、以前と比べお前は警戒感がなさすぎた。『領域』を使えなくしたのも予測していたと言って余裕を示したにしろ、身の危険があるのは間違いない。だから何か考えがある……そう思ったんだ」
「推測は……正解です。そうしたほころびから、このような結末になるとは」
「どういう、ことだ?」
グレンが問う。剣を構えながら、彼は俺を一瞥する。
「簡単な話だ」
それに俺は、魔王を見据えながら答えた。
「魔王アルーゼンは……この場で俺を殺すつもりがなかったってことだ」
「何……!?」
「それは全てシュウさん達との戦いのため……おそらく、俺を操りでもして聖剣ごと利用しようと考えたってわけだ」
そこで俺は、魔王に突き刺さる聖剣を見ながら続ける。
「俺と直接戦うことにリスクはある……だがあんたは、シュウさん達と戦うことの方に、多大なリスクを感じたんじゃないのか?」
「……正解ですよ。私は、いずれ来るであろう英雄の力の方が気になりました。何せ、先代魔王の力を持っているわけですから」
悔しそうに表情を歪めながら魔王は語る。
「先代魔王は、本当の意味で強い……もちろん私も実力があると自負しています。ですが、先代魔王が本気となれば、魔界で敵う存在などいなかった……その力を、私は恐れたわけです」
「だから、戦いやすい俺達との戦いでリスクを取ったと」
「……結局、足元をすくわれた形ですが」
笑う魔王。だが先ほどまでの余裕は消え失せていた。どこか誤魔化すような、不自然な笑い。
「策士策に溺れるといったところか」
「なるほど、確かにあなたの言う通りですね」
聖剣を突き刺したままで、なおも応じるアルーゼン……この状況で「私を倒したとは思わないことです」などと主張されれば、こちらとしてはどう動くか判断つきかねる状況。切り札となる聖剣は彼女の胸に刺さっている。あれを引き抜かない限りは俺も攻撃できないが――
「……私は結局、間違った選択をしたということでしょう」
そしてアルーゼンは言い……同時に、一つ察した。
明らかに、魔王の気配が薄くなっている。
「勇者セディ……先に言っておきますが、先代魔王の力を持った英雄は、生半可な相手ではありませんよ」
「……だろうな」
「ふふ、その戦いの結末を見れないのは、ひどく残念ですね」
魔王は語る……気付けば、見えている手先から生気が失われている。やはり、俺の一撃は――そう認識すると共に、
「一つだけ、私に剣を突き刺した報酬をお渡ししましょう」
最後に餞別の一つでも、という心積もりなのかアルーゼンは語った。
「鍵となるのは、英雄アレスです……私は結局推測でしか判断できませんでしたが、それでも真実に近い真相を得ることができたと考えています……勇者レン、あなたもそれを把握し、是非ともこの戦いの裏を知れれば良いと思います」
「裏だと?」
「あなた方は、一つまったく理解していない点がある……それはきっと、英雄シュウは握っているのでしょう。そして、私をこの世界に呼び寄せ、なおかつ大陸内南端の塔の様子を窺っていたこともわかっている……ここまでくれば、彼らの狙いもわかります」
それは――問い掛けようとした直後、魔王の手が、消えた。
いや、より正確に言えば手から先が塵と変じていた……心のどこかで終わったのだと理解すると共に、俺はアルーゼンと視線を合わせた。
「滅びることに怯えながら死にゆくなどと思っていたら心外ですよ……まあ、心残りがあるとすれば、あなた方の戦いの結末が見れない事くらいですか」
どこまでも、余裕の顔つきで――俺は無言のまま、魔王が消え去っていく姿を眺める。
そして、体の全てが滅びようとした寸前。
「……期待していますよ。あの憎き英雄を打倒してください」
その言葉と共に、魔王アルーゼンは地上から姿を消した。その姿は完全な塵となり、超然と立っていた場所に砂山のように積もり、聖剣も床に落ちた。
「……勝った、のか?」
グレンが塵と化した魔王を見据えながら呟く。直後、
変化が起きた。城内が一瞬揺れたかと思うと、周囲に存在していた魔力が……消えた。
いや、より正確に言えば今まで慣れていたことで認識していなかった濃密な城の魔力が制御を失い霧散した……魔王が消えたことにより、この城に存在していた魔力も支配から解き放たれた、ということだろうか。
「……どうやら、勝ったようだな」
どこか信じられない、といった口調でルルーナは呟くと、イーヴァに近寄る。彼女はいくつか確認を行い……小さく、息をついた。
「イーヴァ殿、勝ったぞ。あなたの犠牲により……本当は、あなたも無事に生き残って欲しかったが」
俺は口上を聞きながら拳を握りしめた。犠牲者はイーヴァと騎士の合計二人。魔王城で決戦したことを踏まえれば、これだけの人数の犠牲者というのは目を見張るべき結果かも知れないが、犠牲者が出たことに変わりはない。
「……勇者様」
そこでリミナの声が。振り返ると、安堵の表情を浮かべる彼女と、魔法を解除するフィクハの姿が。
「終わったん……ですよね?」
「ああ。魔王の気配も消えた……それに、魔王が倒されても他の魔族が復讐しにくるような気配もない……これで、終わりだな」
告げると同時に、塵を見る。あれが魔王の残骸……そう思うと複雑な心境で――
「レン」
今度はフィクハが近寄ってきて、俺の名を呼んだ。
「あの塵の中に、変な魔力があるんだけど」
「魔力?」
「うん」
俺は塵を再度見る。衣服などを含め全て魔王が構成していた物のようだが、その中に例外があったということなのだろう。
調べないといけないんだろうなと思いつつ、俺は近寄る。念の為フィクハにも確認してもらい「魔王の魔力は無い」というお墨付きをもらいつつ、塵に近寄り聖剣を拾った後調べ始めた。
そして、すぐに見つかる。金縁の精巧な装飾に黒い宝石がはめられた、ブローチのような物だった。
「これは……」
じっと宝石を見ていると吸い込まれそうになる。魔族に関する物だとすればあんまりじっと見ているとまずいことになるかなと思い目を逸らした時、ルルーナが口を開いた。
「聞いたことがある……魔王は代々証となる物を所持していると」
「とすると、これが?」
「おそらくな」
魔王の証、というやつか……これはどうするべきなのだろう。さすがに持ち帰るのもと思ったが、かといってこのまま残しておくのも。
「ひとまず、それについては調べてもいいだろう」
ルルーナが言う。俺は「そうかな」と相槌を打ちつつ、ひとまず持ち帰ることにして、
「とりあえず、ここを出ようか」
呟き、一歩足を踏み出した。すると少しばかり足の力が抜け、よろけそうになる。
「お、っと……」
「やはりだいぶ疲労しているな」
ルルーナは言い、俺の体を支えるべく腕を突き出す。だがこちらは大丈夫ということを手で示し、聞き返す。
「疲労……って?」
「短期決戦で、なおかつ魔王との戦いだ。無意識の内にずいぶんと魔力を消費し、なおかつ体を酷使していたということだ」
ああ、それもそうだな……俺は頷き返し、足の感触を確かめつつ歩き出す。
リミナやフィクハ。そしてルルーナやグレンは無言で追随する。魔王との戦いに勝ったにも関わらず、誰も歓声などを上げることはしない。
それは、誰もがわかっていたからだ。まだ戦いは終わっていない……近い内に、シュウとの決戦が待っている。
今後はその備えをしなければならない……そう俺が思った時、
玉座の外から――爆音が聞こえてきた。