勇者達の策
ルルーナの動きは、明確に何か策を保有しているものらしく――ここまで戦ってきた動きと比べて迷いがないと俺にもはっきりとわかった。
だから俺は信じてルルーナに追随する。すると魔王は警戒の色を見せた。
「ほう、どうやって私に一太刀入れるのか」
口調からはまだ余裕があるようにも思える――警戒は示したが後退はせず、迎え撃つ構えはそのままだった。
時間にすれば、ほんの一瞬。俺やルルーナとアルーゼンとの距離はそう遠くない。だから迫りルルーナが攻撃するまでの時間はほんの一瞬であり、なおかつ彼女の策が通用するのか、駄目なのかが決まるのもほんの一瞬。
俺はルルーナが走る姿を見ながら止めるべきか僅かに考えた――だが、こんな思考を持っていては魔王に勝つことなんてできない。そんな風に思い、俺は迷いを捨てルルーナに続いた。
同時に、思う――アルーゼンもまたそうした予感を抱いたのか、警戒とは別に何か感慨めいた表情を一瞬見せた。
――おそらく、戦いはこの攻防で決まる。
「――はああっ!」
ルルーナが横薙ぎを放つ。イーヴァが倒れ、たった一人で放つそれを、アルーゼンは余裕で回避できるはずだった。
だが、アルーゼンは何をする気なのか僅かにだが警戒した――刹那、すぐさま体勢を整え右腕で防ぐ。せめぎ合いになるかと思われたが、ルルーナはすぐさま剣を引き戻すと連撃を叩き込んだ。
「無意味ですよ」
魔王は涼しい顔でルルーナの剣に応じる。ルルーナはどうやら一撃ではなく連撃を浴びせ隙を作ろうとする算段なのか――だが、根本的な力が違いすぎるため焼け石に水のようにも思える。
けれど、ルルーナがああして攻撃している以上意味があるのだろう――そう思い、俺は足を緩めなかった。
俺は魔王を見据える。そして相手は、四撃目のルルーナの剣戟を弾くと同時に、俺と目を合わせた。
来い――そう告げているのだと察すると同時、刀身に魔力を入れた。先ほど手に入れた情報を用いて攻撃するにしても、分の悪い賭けではある。だが、ルルーナが攻め立て何か策がある以上、今しかない――!
俺は吠えた。半ば無意識の内に発せられた声と共に、魔王へ迫る。直後、こちらの行動に圧されたか、アルーゼンがほんの少しだけ目を細めた。それは刹那の時間。だがルルーナから注意を逸らすことに成功し、なおかつ彼女は魔王へさらに鋭い剣を放つ。
魔王はすぐさまルルーナへ視線を戻し、剣を弾いた――そして、
アルーゼンの視線が、あらぬ方向へ。何事かと思った瞬間、
グレンが、魔王の背後に立っていた。
何――と思った瞬間、俺は策を確信する。
最後に残っていた魔法使いはアーガスト王国所属。アーガスト王国は転移魔法などが使える――つまり、その魔法使いは短距離転移の魔法が使えるのではないか。
ルルーナが気を引く間に魔法を使用し、グレンが背後に回る。ただしこれはイーヴァか、ルルーナのどちらかが犠牲とならなければ成り立たない攻撃手段。そういう意味でも、きっと二人は命を賭す覚悟でいたのだろう。
なおかつ、先ほどの攻防を見ればルルーナも気を引かせるという役目を全うできたとは思えない――おそらくグレン達はタイミングを計っていたのだろう。だがルルーナの猛攻でも魔王は冷静だった。しかし俺の行動に対し魔王が反応した。それと同時にルルーナも攻勢を加え、とうとう魔法を使用した――つまりは、そういうことだ。
魔王の背後に転移したグレンは、迷わず剣を放つ。一方の魔王は対応が決定的に遅れた。ルルーナの剣の振りに対し両の剣が動いてしまっている。なおかつ俺が剣を放とうとしている。もしグレンにまで手を回していれば、聖剣が身に届くかもしれない。
そうアルーゼンは思ったのだろう――俺には魔王が険しい顔を見せた気がした。それは気のせいだったかもしれないが、少なくとも笑みは消えている。確実に、二人の行動によって魔王が追い詰められている。
グレンの剣が入る。縦に斬撃を入れたが、やはり付け焼き刃の一撃では魔王を大きく傷つけることはできない様子。だが、確実に動きを鈍らせた。
追撃をルルーナが仕掛ける。グレンの攻撃を受けたためにアルーゼンの反応が僅かに遅れる。彼女はなおも連撃を放ち、その執念がアルーゼンの反応速度を上回った。
とうとう、ルルーナの剣がアルーゼンの剣を抜いた。斬撃は確実に彼女の胸部を斬り――だがそれでも魔王は超然としている。
「――貴様!」
とうとう魔王も吠えた。そこへ、俺が駆ける。
俺は目の前に魔王を見据え、瞳が重なる。明確な怒りを抱くその瞳の中に――それでもまだ、冷静さが残っているのを俺は理解する。
魔王を討つには、今しかないと思った。
ルルーナがさらに魔王の剣戟を弾く。半ば防御を捨てた彼女の剣と、グレンの二撃目に対しアルーゼンはとうとう守勢に回らざるを得なくなる。これ以上動きが鈍れば聖剣が届くかもしれないと魔王は思っている。だから、二人の攻撃に対してどうしても後手に回ってしまう。
ならば――と、アルーゼンはルルーナの剣戟を右腕に任せ、左手の剣を俺へと差し向ける。先ほどと同様牽制目的と思しき斬撃。だがこれにより動きを鈍らせることができれば、その後ルルーナとグレンを押し返し体勢を整える。そういう目論見なのは間違いない。
アルーゼンの漆黒が迫る。ここで身を捻り回避すればそれだけ時間をロスしてしまう。一秒にも満たない程度の時間ではあるが、そのわずかな時間を稼ぐためにルルーナとグレンが動いている。無駄にはできない。
そして、何より――ルルーナが苛烈な攻撃を加える間に俺に一瞥するのがわかった。本当なら両腕の剣を自身とグレンとで抑えるつもりだったのだろう。だがそれは叶わない――この攻防が失敗に終わるかもしれない。そんな推測が彼女の中で成されているように思えた。
けれど、それは違う――俺は心の中で返答し、
漆黒の剣に対し、構わず踏み込んだ。
傍から見たら自らを犠牲にするように見えたかもしれない――先ほどと同じような構図だったが、俺は一切躊躇しなかった。そして、
今度は魔王が、一瞬躊躇した。
漆黒の刃の動きが鈍る。それもまた一秒にも満たない僅かな時間の葛藤。だが、今の俺達にとってみれば恐ろしい程長い時間。
俺は全身に力を入れ漆黒の剣を弾いた。次いで魔王へ向け刺突を放つ。左腕はまだ動かない。なおかつ右腕はルルーナが抑えている。さらにグレンの攻撃により動きが鈍っている――そして、
魔王の体に、深々と聖剣が突き刺さる。
「――っ!!」
苦悶とも、驚愕ともつかない声をアルーゼンは漏らす。だが同時に、攻防を繰り広げていた両手に魔力を収束させる。
刹那、俺は本能的に身の危険を感じた。ルルーナやグレンも同じことを思ったか、今度こそ後退を決断する。
俺は迷わず剣から手を離し全速力で後退した。直後、俺が立っていた場所に漆黒が舞う。もし一瞬でも対応に遅れていたら、間違いなく殺されていた。
俺とルルーナが魔王と距離を置いて立ち止まり、グレンも漆黒の剣範囲外から横手を回り俺達へ近づいてくる。一方の魔王は、胸に聖剣を突き刺したまま、両手に漆黒を携えながら俺達を虚ろな視線で見据える。
「……今の、動き」
そして魔王は、ポツリと呟いた。
「勇者レン……今の動きは、紛れもなく私の意図を察していた動きでしたね……?」
「ああ、そうだ」
俺は首肯。すると魔王は小さく笑みを浮かべた。
「なるほど……どうやら、時間を与えすぎてしまったようです」
両手から漆黒が消える。そして俺は――魔王に向かって口を開いた。




