命を賭した剣
魔王は完全に、ルルーナやイーヴァを仕留めるべく動いている――まずいと悟り、フォローに入ろうとする。
だが、それを当のルルーナ達が俺の前に立ちはだかることで実質動きを制止した。この状況で前に出られれば俺が危険となるからだろう。待て――そう声を上げようとしたが、それより前に打ち合いが始まってしまった。
まずはルルーナへの剣戟。彼女は俺から見て左に回り魔王の斬撃を回避すると……押し負けるとはわかっているはずだが、剣に魔力を込め一閃。それをアルーゼンは右手で易々と弾いて見せる。
そこへ、こちらもどうにか攻撃を防いだイーヴァが右から仕掛ける。その動きは正確で、アルーゼンが左手に握る剣をすり抜け、体に届こうとした。
だが、アルーゼンの反応速度が上回る。なおかつ力で上をいく魔王の剣戟に対し、イーヴァの剣戟は結局届くこと無く強制的に後退させられる。
「ぐっ……!」
「そんなわかりやすい剣、簡単に避けられますよ」
剣を振る。軽やかに、まるで剣舞でも見せるように優雅に動きながらも、殺意を感じ取れる攻撃でルルーナとイーヴァを押し込んでいく。
俺は二人の前に出ようとするが、両者はそれがわかっているためか俺が動こうとするとどちらかが止めに入る。そこだけは見事な連携であり――
「彼を守っているだけでは、勝てませんよ?」
二人の動きを察知し、アルーゼンが問う。だがそれでも彼女達はその行動をやめない。するとアルーゼンは満面の笑みを浮かべ、
「なるほど……あなた方の考えはしかと理解しました」
告げると同時、剣を握る両手に力が入ったことがわかった。
「死ぬつもりはないと仰っていましたが――やはり覚悟はあるようで」
剣が振られる。先ほどよりもさらに速度が増した一撃。
俺はそれを見て再度まずいと頭の中で思い――半ば無意識の内に後退を選択した。
だが、ルルーナとイーヴァは下がらなかった。魔王の剣戟を両者共剣で受け――ルルーナは、大きく弾き飛ばされた。
「さすが。今のでガードも突き破ろうかと思っていたのに」
アルーゼンは悠然と呟くと、残る一人……イーヴァへ目を向ける。
彼は衝撃を大きく殺し、後退はしたがルルーナのように弾き飛ばされることはなかった。よって魔王の視線をただ一人受けることになる。
完全な一騎打ち。先ほどまで剣戟が分散していたためどうにか対応できていたはず。もしこの状況で猛攻を受けたら、イーヴァは――
俺は足を前に向けようとするが、それよりも早くアルーゼンが動いた。イーヴァに対し初撃として選んだのは右手の刺突。それをイーヴァは身を捻り紙一重で避けた。
「やりますね」
続けざまに左手の斬撃。だがイーヴァはそれを読んでいたのか、俺が予想している以上に早く剣を合わせ、受け流す。
「ほう、技量で流し、私に迫ろうとするようですね」
魂胆を察したか、アルーゼンは呟く――その間にイーヴァは無謀にも攻勢に出た。
駄目だ――そういう声が喉の奥から漏れそうになった時、引き戻したアルーゼンの剣がイーヴァへと殺到した。
「――おおおっ!」
イーヴァの咆哮。アルーゼンの暴虐とも呼べる剣を防ぎにかかる。無茶だと思いながらも彼は一撃、二撃と渾身の力で弾く。
「お見事」
だが、アルーゼンはあくまで余裕の表情。遊ばれていると俺は直感し、イーヴァを下がらせるべく足を踏み出そうとした。
しかし、その前に魔王がさらに動く。
「ですが、結局あなたの行為も――無意味です」
剣が殺到する。直後、イーヴァは避けられないと悟ったか、逆に前進した。
相打ち覚悟で――俺はとうとう叫び、また同時に彼の体に黒き剣が食い込んだ。刹那、イーヴァの体が大きく吹き飛び、俺の足元にまで到達する。
「ぐ、う……!」
呻くイーヴァ。慌てて様子を見ようとした時、それを当の彼が制止した。
「魔王から――目を背けるな」
それによって俺は我に返り、アルーゼンへと視線を送った。
「まずは、一人」
告げたと同時、一気にイーヴァの体から魔力が消え失せていくのが感じ取れた。一瞥すると既に彼の体は動かなくなっており――まるで眠っているようだった。
「とはいえ、さすがに無傷というわけにはいきませんでしたか」
そこでアルーゼンは呟き――気付く。彼女の右腕。そこには衣服を切り裂いたような跡が。
「多少なりとも傷を負いましたね……とはいえ、剣を振るには支障がない。やはり、無意味でしたね」
端的に述べた後、一転俺達へ顔を向ける。
「次は、どうしますか?」
アルーゼンは平然と問い掛ける。俺は反射的に剣を強く握りしめ……それでも、自制し向かっていこうとはしなかった。
「ふふ、さすがに騎士一人を殺したくらいでは、怒りませんか」
蠱惑的な声音で彼女は告げる。俺は一度深呼吸を行った。自制しろ……今激情に身をゆだねれば、イーヴァの犠牲も無駄になってしまう。
一連の攻防で、俺は魔王に対する推測がおそらく正しいだろうという結論を得た。後はそれを利用して――
「さて、扉が開きますよ」
ふいにアルーゼンが告げた。何事かと思っていると、後方で扉が開く音。五人の内一人が死んだため、新たに人員を補充しろという事か。
「死んだ騎士がつきっきりで何かを教えていた勇者を、中に入れるおつもりでしょう?」
その言葉通りだと俺は思った……そこで、ルルーナが俺の横に来る。
「――グレン!」
ルルーナは魔王から目を離さないまま呼び掛ける。すると、玉座に響かせるような靴音が一つ、耳に入った。扉の前で待機していたのかもしれない。
「さて、次はどのような手を打ちますか?」
アルーゼンはこちらの動きを楽しむかのように問い掛けてくる。それがどうにもこちらの心をイラつかせるが……イーヴァを一瞥し、自制する。
「……レン。突撃するぞ」
突如ルルーナが言う。それに俺は多少驚いた。
「突撃?」
「グレンもどのような作戦なのかは理解している」
それだけだった。俺にとっては作戦の具体的内容がわからないため返答のしようもない。
そもそも、俺が作戦内容を知らないまま実行して大丈夫なのか……沈黙していると、アルーゼンがこちらに水を向けた。
「今度はあの勇者を犠牲に、ですか?」
「ああ……イーヴァ殿は、大変貴重な情報を私達に教えてくれた……命と引き換えに」
「ずいぶんと残酷な言い方をされるのですね。あなた方にとっては、誰も死なない方が良かったのでは?」
「無論、そうだ」
「それに、貴重な戦力を一人失ったのは大きいのでは?」
「だが、イーヴァ殿が教えた勇者グレンがいる……魔王に傷をつけた、彼の技法を受け継いだ、彼が」
「――なるほど」
アルーゼンがルルーナの言いたいことを理解する。
「騎士の攻撃であっても、私を傷つけることはできる……そう言いたいのですね?」
「そうだ。今まで私達はお前に攻撃が効くのかも半信半疑だった。しかし、イーヴァ殿によりその疑問が取り払われた。ここから反撃させてもらう」
「……ふふ」
アルーゼンが笑う。まるでルルーナの心情を見透かしているような素振り。
「あなたは、嘘つきですね」
「……何?」
「あなたが語っている雰囲気は、死を賭すという覚悟が明確にある。先ほど死ぬつもりはないと言っていましたが、それは嘘ですね」
ルルーナは答えなかった。彼女もまた、やはり自身の命を捨てなければいけないと思っているのか?
「……それは」
ルルーナが答える。
「ここからの攻撃を見て、判断してもらおう」
「そうですか。楽しみです」
皮肉を込めて告げた魔王に対し――ルルーナは、俺より先に走り始めた。