確かめるべき事
現状、俺が打てる手はほとんど残っていない……現状、魔王と睨みあいとなっているが、これは相手が仕掛けてこない上、こちらが攻めあぐねているため起こっていること。均衡が破られるとしたら、俺達が動くことだが……手が無い。
選択肢がないことで沈黙が生じている。よくない事だとはわかっていても攻めることができない以上――
「ふむ、何か案が浮かぶまで雑談にでも興じましょうか?」
アルーゼンからの言葉……ただ、俺の目から見てこちらを侮っているという風には見えない。むしろ挑発し、こちらに攻撃させようとする意図が窺える。
反撃により一気に片をつけるつもりなのか――そう考えた時、俺は先ほど思った推測が頭に浮かんだ。この考えはあくまで仮定。だが、もし魔王がそう考えているのだとしたら……。
「なら、一つ問おうか。この城がこちらの世界へ転移させられて、どう思った?」
ふいにルルーナが口を開く。静寂が負の要素でしかないと感じ、わざと話を向けたのかもしれない。
「そうですね……私達もジェクン山の装置を守るべく行動していたわけですが、あなた方にしてやられた。その結果がこれなので……転移させられた直後は、憤りましたよ」
話す内容に反し、声音はずいぶんとやわらかい。ただそれは演技しているようにも見える。心の内では、煮えくり返っていてもおかしくない。
「なおかつ、あなた方の襲撃……こちらとしては不快な要素が満載なわけですが、これはある意味好機だとも考えたわけです」
「好機だと?」
「ええ……言ってみれば、私が行おうと考えていたことを成すべき好機だとも考えられる」
そして視線は俺達へ注がれる……こちらが仕掛けてきたため、返り討ちにする。そういう目的を持っているのか……いや、それだけで魔王が「好機」などと言うはずはない。やはりこれは、別の目的があると考えていいだろう。
となると、やはり俺の予測したことか……? それが当たるかどうかは正直賭けだ……確かめる方法がなくはない。しかしそれは、ある多大なリスクが伴う。
それは即ち――死のリスク。
そういう可能性に賭けて仕掛けるというのもアリと言えばアリだ。現時点で俺達はほとんど手が残されていない。仮に後方にいるリミナなどから援護を受けたとしても魔王には通用しない可能性が極めて高く、やはり戦力になれるのは魔王を滅する力を有する俺達三人だけ……なら、死線を一つはくぐらないと勝てないようにも思える。
「ふふ、色々と考えているようですね」
面白そうにアルーゼンは告げると、俺は無言のまま剣を握り締める。
こちらの推測を察しているようには見えないが……アルーゼンは作戦がバレたと認識してもさすがに演技し続けるだろう。魔王がどう考えているか確証が持てないので、そういう意味でもリスクはある。
動くか否か……頭の中で延々と考えを巡らせる中で、今度はイーヴァが魔王へ質問を行った。
「お前は、こうなった以上英雄シュウも滅ぼす気でいるのか?」
「無論です……私達からすれば明確に害意を加えてきたのは彼ら……あなた方を始末したならば、次は彼らです」
「そうなれば、この世界の人間達はどうなる?」
「さあ? そこは別に知る必要ないのでは? どうせあなた方は死んでいるのですし」
限りなくドライな言葉だった……が、その言葉でおおよそ理解できる。過去における魔王との戦争のように、この世界に混沌が生まれる。
しかも、今度の戦いは英雄アレスの聖剣などを含め武器も、精鋭も潰え、人間側に勝機がないであろう戦い……絶対に、負けられない。
「……そうか」
俺はまず息を大きく吸う。それを見守るアルーゼンと視線を交わし、
「……どうやら、生半可な一撃は通用しない様子。なら、今度こそ全身全霊の一撃で……あんたを、倒す」
「できるものなら」
アルーゼンはなおも微笑。選抜試験の時はこちらの決死の攻撃を警戒していた。だが今は違う。それはおそらく、目的や作戦があるからだろう。
なおかつ、フィクハに魔法を封じられながらも地の利はこちらにある……だからこそ、余裕を見せていると言った所だろうか。正直仮定でしかない推測に期待するのはどうかと思うが――魔王の態度を見て、その可能性を試すのも悪くないと思った。
あるいは、勇者としての第六感的なものか……ともかく、俺は決断した。
「ルルーナ、イーヴァさん」
俺は魔王へ踏み込む前に、告げる。
「一つだけ、約束してくれ」
この言葉で、俺の考えは読まれないはず――そう思いつつ、言葉を紡ぐ。
「絶対に、死ぬような真似はしないようにと」
「あなただけは、どこまでも甘い考えなのですね」
侮蔑すら含まれる視線を伴い魔王は告げる……よし、言葉によりこちらの意図は察していないようだ。
ルルーナとイーヴァは何も言わない。両者はきっと俺が危なくなれば身を挺してでも動こうとするだろう。けれどそれでは駄目だ。アルーゼンの目論見が仮定通りだとわかった後、二人の力が確実に必要となる。
だから、この約束は外せない……沈黙していると、ルルーナは小さく息を吐いた。
「……貴殿としては、魔王との戦いの後も考えているというわけか」
「おや、失礼ですね」
アルーゼンが口を開く。
「私は、命を賭すに足る存在ではないと?」
「もちろん、そう思ってはいるさ」
俺は魔王にそう答える。だが、
「でも……俺達にもあんたを越えた先がある。こんな所で死んでもらうわけにはいかないんだよ」
もしかすると、これは挑発同然の言葉かも――そんな風に思ったが、アルーゼンは青筋一つ立てないまま、笑みを浮かべ続けている。
「なるほど、一理ある……しかしその約束が叶わないと、私が直々に証明してあげましょう」
強い自信を伴う言葉だった。剣の打ち合いではなく心理的な駆け引きのような様相となっているが……ここまでは、看破されずに済んでいると思う。
「……ルルーナ、イーヴァさん」
そして俺は二人へ告げる。先ほどの約束に対する返事を催促したつもりだった。すると、
「まったく、レンはどこまでも自分勝手だな」
魔王が眼前にいる中で、ルルーナは歎息した。
「だがまあ、私も死ぬ気はない……とだけ言っておく」
「死んでたまるか、と言ったところでしょうか?」
にこやかにアルーゼンは告げる……そういえば、魔王はカインとルルーナが二人きりで会話をした光景も見ているはずだ。
「そんなところだ」
対するルルーナは不敵な笑み。一方のアルーゼンはそれ以上語らないまま興味深そうな表情を示す。
「私としては、あなた方の会話は面白かったですよ……まあ、さすがに内容をここで話すつもりはありませんけどね。興ざめですので」
「そうか……レン、先ほど言ったが私の本意はそこにある」
「無論、私もそうだ」
今度はイーヴァが発言した。
「だが、戦場に立つ以上死の覚悟は常に持っている……そう思ってくれ」
「わかりました」
俺は頷き、魔力収束を開始する。魔王はようやくか、といった按配で俺に目を向けつつ、剣を構え直した。
「さて、どちらが勝つのでしょうね」
結果はわかりきっている、といった様子でアルーゼンが告げる。俺は無言。だが内心では一計を案じ……アルーゼンに悟られないよう細心の注意を払う。
俺が描いている通りなのか……それを確認するべく、魔王へと走り出した。