魔王の実力
魔王アルーゼンは、今回こうやって引き起こされた戦いについては納得していないはずだ。そもそも魔王城を人間達が暮らすこの世界に転移させたのはシュウだ。となれば当然、シュウに対し恨みなどの様々な感情を抱いているはず。
その上で、俺達を迎え撃った。アルーゼンから見れば俺達だって当然敵だ。なおかつ魔王から見れば、シュウが魔王城を転移させ、俺達が魔王を討つべく攻撃を仕掛けているという構図であり……見方によっては俺とシュウ達は同盟を組んでいるような感じにも見える。
当然それは誤解なわけだが……ともあれ、アルーゼンは余裕の態度を見せつつ俺達を玉座に招き入れた。さすがに動揺を見せることなんてないと思うが、それでも変だとは思わざるを得ない。
それがアルーゼンの策だという可能性は高く……ならばどういう目的があるのか。魔王は俺達を返り討ちにした後、シュウと戦っていく必要があると考えたはず。さらに言えばシュウは先代魔王の力を幻影ながら身に着けている。ここまでくれば――
「どうしましたか?」
アルーゼンが問う。俺は何も声を発さず、推測したことを面に出さないよう無表情。
俺が考えたのは、あくまで推測でしかない。だからこれを利用して攻撃するというのはさすがに難しい。何か……推測を補強する情報でもあれば仕掛けてもよさそうだが。
とはいえ、この考えは勝機を生むかもしれない……頭には残しておくか。
「レン」
そこで、ルルーナが声を上げた。
「貴殿が行くなら、私達も従おう」
それだけだった。イーヴァも彼女の言葉に賛同するように頷く。
さすがに敵を前に作戦会議をするわけにもいかないので当然だが……少なくとも、ルルーナ達の決意はわかった。
魔王と戦う以上、死の覚悟は持っている……というわけだ。
一度、深呼吸を行う。次いで構えを見せるアルーゼンを見据え、
「来ないのですか?」
挑発するような態度……そこで俺は強く剣を握り締めた。さらに左腕に氷の盾も形成。剣と盾で自動防御ができるような状況にする。
さらに刀身に魔力を収束。魔王の攻撃にどれだけ通用するかわからないが――
先んじて駆ける、応じるようにルルーナ達も動き出す。
突破口があるとすれば、先ほどの推測だろうか。とはいえそれを使う場合まだ確かめる必要もある……だからまずは正攻法で仕掛ける。
放ったのは一撃必殺の『桜花』。全体重を乗せた一撃はあらゆるものを粉砕するような剣――だが、
アルーゼンはそれを正面から受けた。つばぜり合いになりそうな雰囲気ではあったがそれも一瞬の事。押してもビクともしない様子に、俺は攻撃を中断する。
余裕の笑みを見せながら、アルーゼンは反撃。それに対しルルーナがすぐさまフォローを入れ、弾いた。だが、軌道はほとんど変わらない。力で押され、ルルーナが弾き返された形だ。
そのため、俺へまっすぐ黒き剣が向かってくる。それを俺は左腕に生み出した氷の盾により防ぐとしたのだが――刹那、
背筋に冷たいものが走る。まずいと、本能が警告した。
俺は受けるのではなく回避することを選択。足を引き戻し剣の間合いから脱しようと動く。
さらに少しでも剣の速度を落とさせるために、氷の盾で剣を受け流すべくかざす。そして盾の先端に黒き剣が触れ、
何の抵抗もなく氷が斬れる。
駄目だ――悟ると同時に足に力を込める。一気に後退すると、ルルーナやイーヴァも下がった。ルルーナは加勢したが、イーヴァは踏み込んだにも関わらず攻撃できなかった。隙がなかったためだろう。
「どうしましたか?」
問う魔王。この時点で俺は理解できていた。あの黒き剣は、触れた物を全て両断、破壊する。
ルルーナやイーヴァの剣が無事なのは、おそらく選抜試験の時の教訓を生かしたものだろう。どちらにせよ単純な力押しが通用しないのは確定的。こちらの剣術的な攻防を無視するような圧倒的な力を持っていることは間違いなく、さらに一撃でも貰えばこちらは死――打てる手が、さらに少なくなった。
「さすがだな」
ルルーナが魔王へ向け告げる。すると相手は小首を傾げ、
「こちらは、ごくごく普通に対応しているだけですよ?」
涼しく答える魔王……憎たらしいが、これが人間と魔王との差ということだろう。
俺は一度呼吸を整える。正直、三人がかりでも剣を当てられる気がまったくしない。もしかするとアルーゼンの余裕は選抜試験とは異なりこちらの技量に応じた強化を施しているためだろうか。やはり、魔王に挑むのは――
いや、ここで否定的な考えはまずい。俺は首を左右に振ると、剣を構え直した。
「あきらめてはいないようですね……ですが、取れる選択が少なくなっているように思えます」
アルーゼンは語る……残る手立ては『暁』か。この技も直接当てなければ威力が落ちてしまうのだが……黒き剣は魔力の塊といってもいい存在。なので、あの剣に当てればもしかすると――そういう期待を抱きつつ、技を起動する。
先ほどとは明らかに異なる魔力収束を行っているが、それでもアルーゼンは動かない。それは『暁』の特性を理解していないためか、それともこちらの意図を察知してなお応じることのできるという自負があるためか。
後者ならば命取りとなるかもしれない……が、他に選択が無い以上やるしかない。
俺は左右を見る。ルルーナはこちらの魂胆を理解しているらしく小さく頷いた。もし駄目でもフォローはする――そういう意図が見て取れた。
体に当てるのではなく、剣の魔力を揺らす……そういう意図を持った俺は、収束を終えるとアルーゼンと目を合わせた。
彼女は自然体でこちらに微笑を送る。これが演技という可能性もゼロではないが、確かめる術は一切ない……だから踏み込むこと自体が、賭けだ。
けれど俺は駆け出す。ルルーナやイーヴァもそれに続き――両者は俺を守るべく動くのがはっきりとわかった。
剣を振る。縦ではなく横薙ぎだったのだが、アルーゼンは先ほどと同様真正面から受けた。黒き剣と聖剣が激突する。僅かに押し込んだ気配があったのだが……やはり、届かない。
しかも、そればかりではなかった。『暁』はきっちりと発動し、その上で剣が食い込んでいる。間違いなく黒き剣の魔力を振動させているはずだが……効果がない。
「その技は、先ほどまでと比べて特殊なもののようですね」
アルーゼンが語る。俺はなおも押し込もうとしたが……やはり駄目か。
「魔力に多少なりとも影響のある技……ですが、私には通用しません。先ほど、魔法使いの方が言っていたでしょう? 私の能力は魔力を支配するものだと。その技により魔力に変化を加えようとしても、私がそれを上回る支配力を示せばいいだけの話……つまり」
アルーゼンは、俺に酷薄な笑みを伴い語る。
「あなたの能力は、私を上回らない限り通用しない」
剣を引き戻す。アルーゼンは一切仕掛けてこなかった。ルルーナやイーヴァもフォローに入ろうとしたようだが、魔王が動かなかったため何もできず終わる。
そして、俺達は理解する。どうやら俺の剣技は通用しないらしい。これこそ、圧倒的な力を持つ魔王ということか。
「さて、次はどうなさいますか?」
問い掛けるアルーゼン……俺は一度つばを飲み込んだ後、表情を変えぬまま相手を見据える。
あきらめてはいけない……俺は心の中で呟き、突破口を見つけるべく頭の中で模索を始めた。