作戦開始
「これから援軍の騎士と共に、敵を迎え撃つ準備を行います」
フェディウス王子はそう切り出し、一度俺達を見回す。
「この場における皆さんは、ルファーツと共に屋敷の巡回と、私の護衛をお願いします」
「巡回?」
聞き返したのはクラリス。王子は彼女に視線を送りつつ、返答する。
「はい。これまでの戦いから襲撃者は生半可なやり方では倒せない……なのでルファーツと組んでいただき、対処してください。援軍の騎士も警備を行いますが、こちらはエンスが統率を行います」
王子は一拍置き、今度は俺に目をやり話し出す。
「勇者殿、怪我をした直後で申し訳ありませんが……よろしくお願いします」
「こちらこそすいませんでした……それと、怪我の方も大丈夫ですから」
俺はそう答えた――直後疑問が浮かび、それを口にする。
「王子自身の、護衛は何人必要ですか?」
「これまで同様二人で構いません。後は兵士の方々で補強します」
となると人選が重要だ。
「クラリス、どうする?」
俺は横にいる彼女に尋ねる。
「引き続き俺達二人が警備をやってもいいと思うけど」
「……そうね」
クラリスは俺と本棚付近にいるリミナ達に視線をやりつつ、提言した。
「まず私の攻撃が効かないのは確定だし、ルファーツさんがいるとなると前衛はいらないんじゃない?」
「でも、私もお役にたてるかどうか」
そこへリミナの不安げな声。
「昨夜の戦いでも結界しか黒衣の戦士を食い止めた魔法はありませんでしたし……後衛の私が出張っても苦しいかもしれません」
「ん、そうか」
となると、消去法でラウニイとなるわけだけど、彼女にやらせるのは――
「なるほど、私の出番なわけね」
対する彼女は僅かに胸を逸らし告げた。乗り気のようだが……。
「ラウニイさん、良いんですか?」
「丁度体を動かしたかったし」
俺の問いにあっさり答える彼女。声からは軽んじているようにも見受けられてしまう。
「いや、でも……かなりの強敵ですよ?」
「もちろん昨夜の話からわかっているわよ。それに……」
答えると、ラウニイは妖艶な笑みを浮かべた。
「リミナから戦闘のことを聞いて、一つ攻略法を思い浮かんだし」
自信に満ちた言葉。俺は驚き、じっと彼女を見据える。
「本当ですか?」
「嘘なんかつかないわよ。ま、私に任せなさい」
再度胸を張るラウニイ。俺には自信過剰に見えて不安を感じさせたのだが――
「では、ラウニイさんにお願いしましょう」
王子があっさり承諾したため、メンバーは決定した。
「それでは誠に申し訳ありませんが、今から活動を開始してください」
さらに王子は俺達に告げる。
「深夜に連絡を行ったため直に援軍は到着するはずです。危険だとすれば、彼らが来るまでの間となります。到着してからは念の為屋敷を巡回して頂き、それからペンダントを城へ運び入れることになります」
話した内容に、俺はこの護衛の仕事が最終局面を迎えていることに気付く。相手の目的がペンダントであれば、城に運ばれた時点で護衛の任は終わるだろう。
無論百パーセントではない。王子を狙う可能性も捨てきれないが――
「それでは皆さん、お願いします」
けれど王子は朗々と言った。同時に先ほどの雰囲気を勘案し……指示に従うことにして、部屋を出た。
「終わりが近い雰囲気ね」
巡回を始めた直後、隣を歩くラウニイが呟く。
「腑に落ちない部分も、多々あるけどね」
そう言って、彼女は前を歩くルファーツに視線を送った。
俺達はまず二階からということで警備を始めることとなった。ルファーツが先導する形で歩み、直後ラウニイの言葉を発した。
「ルファーツさんは知っているんでしょう?」
「……何を、ですか?」
彼は振り返ることなくラウニイに応じる。
「私は王子の命に従うまでです」
「そう。それなら仕方ないわね」
視線の強さは変えなかったが、彼女はあっさり矛を収めた。態度を見て押し問答になると判断したのかもしれない。
何かしらこの策にも裏がある……かもしれない。これ以上は推測でしかないので、思案するのをやめることにする。
結論付けた後、俺は先ほどラウニイが発した点を追及することにした。
「ラウニイさん、攻略法というのは?」
「あ、それを口頭で伝えるのはやめておくよ。どこかに襲撃者がいないとも限らないし」
そう返された。もっともなので、質問を控える。
けれど、ラウニイは一つだけ要求した。
「レン君、もし黒衣の戦士と戦いが始まったら、私は援護に回るから」
「魔法で、ですか?」
「ええ。その中で秘策を使うつもり」
どういう腹積もりなのか不明だが――俺は黙って頷いた。
やがて会話が無くなり、廊下の先に出くわす。そこは舞踏場の上に位置する場所。
ルファーツが扉を開ける。中を覗き見ると人影はない。さらに太陽の光が窓から降り注ぎ、隠れられるスペースも無い。けれど――
「昨夜は天井に張り付いていたので、注意してください」
俺が助言すると、ルファーツは腰の剣を抜きながら天井を見上げる。
「いない、ようですね」
さらに廊下から死角の場所も確認し、ルファーツは言う。
「では次の場所に――」
彼は剣を鞘に収めつつ言った時、後方から足音が聞こえた。
振り向くと兵士が二人。その一方が彼に向け声を出す。
「騎士ルファーツ、ご報告が。エンス様が援兵を迎え入れる準備を、整えたとのことです」
「わかった」
「では、この周辺の見張りは私達が」
彼が頷くと兵士はそう言い、入れ違うように部屋の中に入る。
「では、私達は別所に」
ルファーツがまたも先頭で移動を再開。
そんな折、隣のラウニイが先ほどの兵士の言葉が気になったのか、
「ずいぶん、働き者よね」
感想を漏らした。俺は眉をひそめ、彼女に聞き返す。
「働き者って……エンスさんのことですか?」
「ええ」
「主人である王子が狙われている以上、当然だと思いますが」
「忠誠心の成せる技かしら」
ラウニイは声に出した後、話す相手を俺からルファーツに変える。
「ルファーツさん、エンスさんと王子って長い主従関係なの?」
「私が聞き及ぶ限り、この屋敷に住む時執事として入ったそうです」
「となると、結構長いのね」
「そうですね」
ルファーツは声色を変えないまま返事をする。うーん、なんだかやりにくい。
だが俺の心情を他所に、ラウニイは話を続ける。
「ちなみにエンスさんも警備とかしているの?」
「はい。彼と私とで王子の護衛をしていたのです」
「それに加え騎士の出迎え準備と統率か……過労で倒れそうね」
「……そうですね」
ルファーツは答え――俺達は王子の部屋の前を通過する。
「おそらくですが」
そこへ再び、ルファーツから声が発せられた。
「敵もこちらの慌ただしい動きは察知しているでしょう……もしかするとペンダントの件も把握しているかもしれません。今が一番危険な時間……改めて、肝に銘じましょう」
「わかりました」
俺は即座に頷き、呼吸を整える。
屋敷は早朝の光に包まれ室内も明るい。しかし相変わらずせわしない足音がどこからか聞こえる。その現状は、俺を緊張させるには十分な材料だった。