光と影
俺とルルーナとイーヴァ……三人が剣を抜き、玉座にいるアルーゼンと向かい合う。
一方の魔王は立っているだけで凄まじい雰囲気が見え隠れしており……周囲を取り巻く黒い影と組み合わさり、暴虐とも呼べる気配を見せている。
「さて……あなた方の策とやらを見せてもらいましょうか」
どこか内容を予見しているかのような態度……直後、彼女の『領域』がこちらへと一気に侵食してくる――
「目覚めて護れ――英霊の天使!」
フィクハが床に手を当て、叫んだ。直後。リミナとフィクハの魔力は組み合わさり、魔法が発動する。
それは、結界――いや、結界というよりは周囲を照らす光とでも言うべきか。それに何の意味があるのか最初わからなかったが――変化が起こる。
光によって――侵攻していた『領域』が、突如止まった。
「さすがですね」
アルーゼンはわかっていたという表情を見せながら語る……なるほど、これがフィクハの策か。
「元々、別の手法でこの魔法を使おうとしたんだけどね」
フィクハは床に手を当て、なおかつアルーゼンを見据えながら語る。
「ただしそれは、そう長い時間発動できるものじゃなかった……けど、ゲームなどと称しあれだけの時間をくれたから、こうやって長い時間この魔法を発動できるようになったというわけ」
「お隣にいる女性の魔力を利用し、この魔王城の魔力を動かして魔法を発動……というわけですね」
アルーゼンは推測を述べると、よくやったとでも言いたげな視線でフィクハに視線を合わせる。
「本来ならば、複数の魔法の道具でも使うつもりだったのでしょう……とはいえ、それで魔法を維持できる時間はそれほど長くない……勇者レンを守るべく、他の者達は盾となる予定だった、という感じですね」
フィクハは否定しなかった……そればかりか、ルルーナやイーヴァも肯定するような雰囲気を見せている。
「勇者レンはその事実を知らなかった様子……とはいえ、策としてはそのくらいしかなかったのでしょう」
淡々と語るアルーゼン……おそらく、話せば少なからず俺が動揺すると思ったんだろう。
「なるほど、私と戦う以上、生半可な覚悟ではなかったというわけですね」
アルーゼンは悠然と呟くと、一歩足を前に出した。
「魔王との戦いである以上、犠牲も存在は承知の上……しかし、予想に反しあなた方は時間的な猶予もあり、持続力のある手段を手に入れた。とはいえ時間を有効利用しこうした魔法を生み出したのは、紛れもなくあなた達の功績」
褒める魔王。その意図が読めない俺としては首を傾げる他なかったが――
「しかしここまでは私も予想していましたよ……なおかつ、現状ではただ自陣を『領域』に侵食されないというだけ……さて、ここからどうしますか?」
問い掛ける魔王――確かに彼女の言う通りだった。現状俺達は『領域』の攻撃を免れているだけであり、魔王に刃を届かせるには、俺達と魔王との間にある黒い影を越えなければならない。
「無論、そんなことは百も承知」
だが、フィクハの返答は非常に明瞭だった。
「言っておくけれど、ここまで時間を与えたこと、後悔しないでよ?」
むしろ不敵に笑みさえ浮かべて見せる……すると魔王はクスリと笑う。
「ええ、そうでなくては」
挑戦を受けるかのような魔王の発言……ここで、疑問が生まれる。
以前、アルーゼンは相当な用心深かった。選抜試験の時に対峙した際、その気になれば魔王は俺を殺すこともできたはず。だがそれをしなかったのは、聖剣と俺が持つ魔王を滅する力を警戒。決死の攻撃によりもしかすると自分が滅びるかもしれない……そう推測したため、率先して仕掛けてこなかった。
だが、今は違う。俺達に時間を与えたことはいいとしても、俺を含めたこの場にいる面々は選抜試験の時と比べ明らかに強くなっている。アルーゼン自身を倒す事だって十分可能なはずであり、警戒してもいいはずだ。
現在の魔王は悠然と構えている……自陣に引き込んだため余裕を見せているのか、それとも何か別に策があるからああした態度を取っているのか?
考える間にフィクハが動く。右手をさらにグッと床に押し付け、さらに魔法を強くする。
すると、光がさらに『領域』の黒い影を侵食していく。対するアルーゼンも自陣を広げようと試みるが、フィクハの方が勝っているらしく、確実に光の領域が広がっていく。
「さすがに魔王城に眠る魔力を転換しているとなると、骨が折れますね」
魔王が言う。ふむ、この城に眠る魔力を利用する以上、魔王でも対抗できないということか?
その時、今度はアルーゼンが動く。しかし『領域』を広げたわけではない。むしろ、逆だった。
突如、アルーゼンはさらに『領域』を狭めた。それは、半径一メートル程と相当小さく、剣が十分届く範囲。
「僅かとはいえ、力を削られるのは好ましくありませんね……それに『領域』を広げる手が使えなくなった以上、よりシンプルな戦法にした方が効果的でしょう」
アルーゼンは言いながらさらに歩む。階段を一段下りた段階で、俺を含む前衛三人は一歩後退する。
『領域』の範囲は剣が届くくらいだが……態度が不気味だった。やはり策があるとみて間違いないだろう……俺達と剣を合わせ、何かするということなのか?
「警戒していますね」
アルーゼンがこちらの心情を読み、口を開く。
「特に勇者レン……」
「……お前は、以前相当警戒していたはずだ」
「然り。ですが事情が変わったのです」
それだけだった……警戒に値する言動だが、ここで硬直していても魔王は倒せない。仕掛けなければ。
だが、範囲が狭まったが……凝縮された刃を受ければ間違いなく防御していても死ぬだろう。あの黒い影から一斉に刃が飛び出せば、回避は難しい。踏み込んだ結果、漆黒を潜り抜けて刃を届かせることができるのかどうか……不安に思っていると、アルーゼンがにこやかに告げる。
「この状況でも警戒しますか……そちらには私に刃が届く人間が三名います。ここは誰かが犠牲となって仕掛けてはいかがです?」
提案するが、沈黙。魔王が相手である以上当然リスクを抱えるのは事実。よって、アルーゼンの気が変わらない内に仕掛けるべきなのか……そんな風に思っていた時、
「言っておくけど」
フィクハが口を開いた。
「私の攻撃は、まだ終わっていないわよ」
告げると同時、さらにフィクハは力を入れたらしく……地面から生じる光が、さらに濃くなった。
いや、そればかりではない。アルーゼンが凝縮させていた黒い影……それすらも、徐々に侵食していく。
「……ほう」
興味深そうにアルーゼンが呟く。その間にも、魔王の足元から黒が消える。
「あなたの『領域』のからくりは理解している」
悠然と、フィクハが話し出す。
「地面などに存在する魔力を一時的に支配下に置いて、変質及び操作する能力……だけど、その支配をできなくさせるとしたら?」
「これは興味深い……『領域』を完全に封じ込めるとは、予想外ですよ」
語るも、顔には一切の動揺は見られない……だから俺は、足元の黒が消えた段階でもまだ静観する。
「ふむ、これはこちらも方針を変更しなければならないようです」
アルーゼンが言う。同時に両手を広げるようにかざした。
「魔法使いさん。どうやら少しあなたを見くびっていたようです……ですが、現状はあくまで私とまともに戦えるようになったというだけ。そこをお忘れなく」
「わかっているわよ……レン」
「ああ」
俺は返事をした後、剣を強く握りしめる。
「後は、頼んだよ」
「ああ……」
返事をした直後――ルルーナとイーヴァが、同時に動き出した。