魔王との対峙
どれくらい眠っていただろうか……ふと気付くと、周囲はなおも変わらず警戒する騎士や勇者の様子……加え、横にいたはずのルルーナが起き上がり、イーヴァと話し込んでいた。
俺は周囲を見回した後、ゆっくりと立ち上がる。するとフィクハが近寄って来た。
「おはよう」
「おはよう……今は何時だ?」
「陽が出たくらいじゃない?」
早朝か……長い時間眠っていたらしい。
できれば顔でも洗いたいところだが、さすがにそれは無理……するとフィクハが携帯食であるチーズと干し肉を俺に差し出す。
「はい、朝ごはん」
「用意がいいな」
「ここで気合を入れてもらわないといけないからね。あと、これ」
そう言ってフィクハは小さな水筒を差し出した。
「レンが倒れたら私達は魔王の言葉通り死ぬことになる……気合を入れ直して」
「わかった」
水筒を受け取ると、眠っていた位置に戻り食べ始める。それによって徐々に頭が覚醒してくる。
いよいよ、決戦……自覚してくると否応なく体も緊張してくるが、水を飲み気分を落ち着かせる。他の面々を見回すと、表情などは眠る前とそれほど変わっているようには見えないが、いよいよということでこちらに視線を送る者が結構いる。
作戦は、どのように決まったのか……考えている間に、ルルーナとイーヴァが俺に近寄ってくる。
「おはよう、レン」
「おはようルルーナ……作戦は?」
「一応決まった……が、正直な所それほど綿密に決めることができるわけではない」
ルルーナは言うと、肩をすくめた。
「まず、既にフィクハの準備が整ったため、彼女とリミナを作戦に組み込んで考える」
「となると、五人は決まったということか」
「そうだ。その中で三人……つまり私とレン。そしてイーヴァ殿の三人で攻撃を行う。無論魔王が彼女達を狙う可能性もあるが……それについては、私とイーヴァ殿で応じる」
「大丈夫か?」
「たぶん、な」
そこまで言うと、ルルーナはイーヴァへ視線を移した。
「グレンの方は?」
「処置は施した。使えるはずだが、最終的に私が出ることになった」
「グレンは、何を?」
問い掛けると、イーヴァは神妙な顔つきとなり、
「私達が持つ魔王を滅する力……それを、教えていたんだ」
「え……?」
「とはいっても、グレン君も理解している……その力は私と比べて劣っている。きちんと使えるようにすれば、勇者レンとも連携が取れるため魔王を討てる可能性が上がるかと思ったんだが……」
そこから先の言葉は飲み込んだ。やるだけやって失敗した形ということなのか……けれど、イーヴァの表情は決して暗くない。
「後はどうするか……それは、この場にいる者達次第だ」
「この場にいる……?」
「魔王に聞かれている以上、さすがに話すことはできないな」
ルルーナが言う。それもそうか。
「ただ、グレンのことが無駄になったというわけではない……役に立つかどうかはわからないが、少なくとも保険の意味合いは持った」
保険……それはつまり、前衛の三人の誰かが倒れても、またグレンが残っているということを言いたいのだろうか。
考える間に、ルルーナがさらに続ける。
「だがレン。貴殿が死ねば勝機はなくなる……魔王を滅する最大の力を持つのが、聖剣を持つ貴殿だ。その聖剣の力を引き出し、なおかつあの闘技大会で優勝した剣技がある……魔王は生半可な相手ではない。決定打を生み出せるとしたら、間違いなく貴殿の剣だ」
「……わかった」
当然責任は重大……そして、二人が何を言いたいのかは理解できる。
魔王にダメージを与えることのできる技法をルルーナもイーヴァも所持している。だが、二人は俺を……さらにリミナ達を守るように戦うだろう。指摘されなくとも俺はわかっていた。
二人の表情を確認する。ルルーナはカインのことなどもあったが冷静に俺の事を見据えている。対するイーヴァも落ち着いているが……こっちは、幾分緊張しているようにも思える。
イーヴァは魔王と正面から戦うのは初めてであり、魔王がどのような攻撃手段を持っているのか直接見ているわけではないため、気味の悪さを感じているのかもしれない。
「レン」
そこへ、フィクハが近寄ってくる。
「こっちの準備はできているよ。いつでもいける」
「わかった……他の面々は?」
「あらかた作戦は伝えた。あ、もちろん魔王にはわからないようにね」
「そうか……なら、少し準備運動をさせてくれ」
俺が言うと、ルルーナ達が首肯した。
そこから俺は眠っていた体をほぐすべく体操を行う。次いで魔力を発露しないよう剣を抜き、軽く素振り。騎士や勇者の目があったのだが、この時点で俺は気にならなくなっていた。
少しして呼吸を整えると、俺は肩を軽く回しつつ剣を鞘にしまった。
「大丈夫?」
フィクハが問う。俺が「ああ」と答えた後、リミナが近寄って来た。
「勇者様」
「リミナは、フィクハの護衛を頼む。作戦上、そういう役目も必要だろ?」
「うん。私もリミナにお願いしたよ。魔法を使うための媒介となってもらいつつ、護ってもらう」
「リミナ、頼んだ」
「はい……私自身勇者様を守れなくて心苦しいですが、役目は果たします」
強い言葉だった。俺は頷き、ルルーナやイーヴァへ視線を送る。
誰もが無言のまま、俺へと近づいてくる。そこで一度俺は全員を一瞥した。魔王に挑む面々……誰もが強い魔王を討つという強い意志を持っている。
「……よし」
俺は声を上げ、全員に告げる。
「行こう」
告げると同時に、俺達は歩き出す。先頭はルルーナとイーヴァ。俺を守るようにして歩き出し、後ろをフィクハとリミナが追随する。
騎士や勇者……セシルやグレンも残っているのだが、声は聞こえなかった。無言で、俺達は送り出された。
玉座へと通じる扉の前に到達する。ルルーナとイーヴァが同時に首を俺へと向ける。こちらが頷くと、二人は同時に手を出した。
扉に触れる。するとひとりでに扉がゆっくりと開き始めた。
「……いよいよ、ということですね」
奥からアルーゼンの声が聞こえた。俺達は全員武器を構え、開かれた玉座の姿を目に映す。
正面には赤い絨毯。それを真っ直ぐ進むと、正面奥には大きな五段の階段。その向こうに、玉座に座るアルーゼンの姿があった。
「お待ちしていましたよ。どうぞお入りください」
にこやかにアルーゼンが告げる。俺はアルーゼンを見据えつつ……ルルーナとイーヴァが歩き始めたため、無言で追随した。
玉座の間へと入る。それと同時に後方の扉が閉まった。
「入れるのは五人だけ……それ以上侵入すれば当然強制排除されますが、念の為扉を閉めさせて頂きますよ」
述べた後、アルーゼンはゆっくりと玉座から立ち上がった。
それだけで、途轍もないプレッシャーが俺の体に襲い掛かってくる。普通の人ならば畏怖を感じ、この場に膝をついてしまうのではないかと思う程の強い気配。だが、俺は屈せずアルーゼンを見据えた。
「さて、改めてですが……あそこまで被害が少なくなるとは思いもよりませんでしたし、あなた方人間の意志の力が強いこともわかりました」
「話は、それで終わりか?」
ルルーナが剣を構え問い掛ける。するとアルーゼンはやれやれといった顔で応じた。
「せっかちな方ですね……まあいいでしょう。私とて長く話す気はありません」
告げると、アルーゼンは笑みを浮かべ――その足元から、黒い影が出現し始める。
「では……始めましょうか」
魔王が告げる……とうとう、決戦が始まった。




