魔王に対する策
「では、説明はこの辺りにしておきます。待っていますよ」
そうした言葉を残し、アルーゼンはこの場から消えた。途端硬質だった気配が霧散し、俺は半ば無意識の内に深い息を吐く。
「まったく……」
「魔王に悪態ついても仕方がないさ」
セシルが言う。そして俺の肩に手を置いた。
「さて、やるべきことの大半も終わったわけだし……そろそろ、休むべきだね」
「休む?」
「だって、魔王が手出ししないって言っただろ? それに危険な状況になってもこれだけ人数がいればどうにでも対応できる……魔王との戦いに参加するレンは、準備が整うまで休んでいた方がいい」
まあ、一理あるけど……だがその前に。
「五人、誰が入るかを再確認しておく必要があるな」
「あ、それもそうか。それなら――」
会話をしていた時、廊下から人が来たのを目に留める。魔法使いらしき人物と、騎士一人。もしや――と思っていた時、彼らにイーヴァが声を掛けた。
合わせるようにしてカインとルルーナがこの場に戻ってくる。そして、
「全員、幻術世界から脱したようだ」
イーヴァの結論。それに騎士や勇者達は頷き、彼はなおも続ける。
「犠牲者は一人か……悔やむのは後にして、これからのことを話し合うとしよう。まずは、情報共有から始めないといけないな」
まず、先ほどここに魔王が現れ新たなルールを説明したことを最後まで残っていた人物とルルーナ達に伝える。
それを踏まえた上で、イーヴァが仕切るように話し始める――ちなみに全員が思い思いの場所に立っていたり座っていたりしており、俺はエントランス中央でイーヴァに対し向かい合うようにして立っている。なおかつ、横にはリミナやセシルが。
「五人は……おおよそ決まっていると言ってもいいだろう」
そう前置きしたイーヴァは、正面にいる俺に視線を向ける。
「まずは、レン殿……そして、ルルーナ殿」
「ああ」
腕組みして、イーヴァの横にいるルルーナが応じる。横にはカインもいるが……二人が何を話したのかは結局わからずじまい。ま、変に気にするのもアレなので何も言わないことにする。
「そして私の三人は確定だ……残りの二人だが、フィクハ君」
「ええ」
頷いたフィクハ……俺の隣まで移動し、発言を行う。
「ある程度策についてはまとまったし、できるとは思う……けど、まだ多少準備がいる」
「戦闘に加わる場合は、当然体力も回復しておかなければならない……その辺りはどうだ?」
「そうですね……どちらにせよ、全ての準備を整えるにはもう半日くらいかかると思います」
半日――現在時刻がおそらく夜に入ったくらいなので、決戦は城に入って丸一日くらい経過した時だろうか。
「魔王がそこまで待ってくれるのか……いや、あの態度だと待ってくれそうだけどね」
セシルは言う。その顔は、どこか不審げだった。
「ここまでルールを説明したりと、ずいぶんと悠長だけど……何か策があるのかな?」
「あるからああして構えているのだろう」
今度は、カインが発言した。
「現状、俺達は犠牲者も少ないわけだが相手の策に乗せられている面もある」
「なるほど、だから魔王は余裕があると」
「おそらく、魔王には何かしら計略があるのだろう……先ほど話している雰囲気からも、フィクハの策を予見している節があった」
「けど、魔王と戦うにはこの策しか……ないと思う」
フィクハの言葉。するとカインは頷き、
「俺もフィクハが何をやろうとしているかは大体察しがついている。あの魔王の能力に対抗するためには、必要だろう。だが――」
カインはそう告げると、周囲を見回した。
「まだ、足りないだろう……魔王に対抗するためには、まだ手が必要だ」
「……そんなこと、話していいのか?」
魔王に聞かれていると思うんだが……するとカインは「問題ない」と語った。
「相手にどういう策なのかを知られなければ……な」
「けど、別の手といっても……」
「その辺りは一つ考えが浮かんでいる。状況によっては使えなかったが、魔王の提示した条件を踏まえれば、おそらくは」
そこまで語ると、カインは最後に解放された魔法使いに目を向けた。
「あれはアーガスト王国の魔法使い……おそらく、手が打てる」
「なるほど、ね」
フィクハも察する。魔王に露見しないかハラハラするが、カインは構わず話し続ける。
「彼に魔王に悟られないよう作戦を伝えよう。なに、会話している所を見られようとも、聞かれていようとも露見しない情報伝達の手段はある」
「その役目は私が担うわけね」
フィクハが呟く……おそらく、魔法使いの間で用いる用語とか、そういうのを使うのかもしれない。だとしたら魔王もわからない可能性が高いか。
「では、打ち合わせはこれくらいにするか……フィクハ、時間は?」
「夜に入った。正直眠りたいけど、まだ頑張らないと」
「警戒は俺達がしておく。ゆっくりやるといい」
フィクハは頷き、作業に戻る。そして魔王城入り口で各々行動を開始する。
窓もなく、なおかつ明かりが延々と同じように室内を照らしているため夜という感覚はないのだが……それでもフィクハが夜と言った後、疲労が生まれた。先ほど軽く眠ったはずなのだが、完全には回復しなかったようだ。
「勇者様」
そこでリミナが話し掛けてくる。解放した直後の動揺は完全に消え、俺を真っ直ぐ見据えていた。
「改めて言いますが、フィクハさんの策を用いるとなれば、私も参戦します」
「わかった……リミナ、俺達が危なくなっても無茶はするなよ」
「保証しかねます」
その言葉は、難しい表情と共に発せられた。
「勇者様は、落ち着いていらっしゃるみたいですが……私は」
「俺はまだ、魔王との決戦が近いなんていう自覚が足りないのかもしれないな。幻術世界に潜り過ぎて、現実感が喪失しているのかもしれない」
「勇者様……」
「とはいえ、一度眠って頭を整理するよ……リミナ、今までとは比べものにならないくらいの厳しい戦いになると思う。覚悟はしておいてくれ」
「もちろんです」
頷いたリミナに俺は頷き返し、休もうかと思い周囲を見回す。
壁を背にしてセシルが手を振っていた。その近くには他にもルルーナが座り込み、俯いている。もう眠っているのか。
「僕が護衛するよ」
セシルが言う。俺は「頼む」とだけ告げ、ルルーナの隣に座りこんだ。
「……レン」
そこでルルーナが口を開く。
「悪いな、なんだか色々と手を焼かせてしまい」
……きっと、カインとのことを言っているんだろうな。
「問題は、解決したのか?」
婉曲的に問うと、彼女はほんの少しだけ肩を震わせた後、
「……ああ、なんとかな」
「魔王との戦いは大丈夫?」
「問題ない……できればイーヴァ殿と連携の確認くらいはしたかったが、そうもいかなそうだ」
俺は視線を変える。イーヴァはなおもグレンと剣を合わせ何かをしていた。
「ルルーナは、グレン達が何をやっているか知っているのか?」
「直接聞いたわけではないが、何をしようとしているのかはわかる」
「そうか……」
「あれは、いくつかある策の一つだが……使わないまま終わるかもしれない」
使わないまま……俺は訊こうかと一瞬思ったが、魔王に聞かれていることも考慮して、黙り込んだ。
「目が覚めた時、おそらく決戦だろう」
さらにルルーナが言う。俺は無言で頷いた。
「明日……私達の勝利でこの戦いが終わることを祈りながら、眠ることにしよう」
最後にルルーナは語り、黙した。俺も彼女に合わせるように無言となり――やがて、
意識を手放し……眠ることとなった。