両者の感情
やがて辿り着いたのは、邸宅らしき小さな屋敷。迷わずカインはそこへと入り、俺達は玄関先で立ち止まって互いに顔を見合わせる。
「さて……どうする?」
「ここまで来た以上、退き返すことはできないね」
セシルは告げると先んじて屋敷へと入り込む。一方のルルーナは自らの意志でここに来たにも関わらず、二の足を踏んでいた。
少し様子を見ようか……などと俺が思った矢先、彼女もまた屋敷の中へ。俺はそれに続き、小奇麗な玄関ホールが姿を現した。
視線を巡らせると、セシルが左側の廊下に立ち手招きをしている。カインの姿は玄関にない。だがセシルはそちらに進むのを確認したのだろう。
「ほら、早く行かないと」
セシルがルルーナを急かすように言う。ここに来て彼女はやや躊躇いがちな表情を見せたのだが――少しして意を決し、歩き出した。俺はその後ろにつき、この件がどういう結末で終わるのか事の推移を見守ることにした。
「さて……」
俺は呟きながら、ルルーナの後ろ姿を観察する。小さい背中はやはり複雑な心境なのか、少し丸みを帯びているような気がした。
一方のセシルはここに来て楽しそうにルルーナを先導している。先ほど彼女に警告をしたのは当のセシルだったのだが……まあいい。言わないことにしよう。
廊下は太陽の光が窓から降り注いでおり、明かりもないのに非常に明るい。ルルーナですらも見たことの町の屋敷というのが引っ掛かったが、カインもこうして平穏に暮らすことが一番だと考えているのだろうか。
やがて、俺達はカインの姿を捉えた。廊下の角を曲がった先、そこで扉を開け部屋に入る姿が。
「自室かな?」
セシルは呟きつつどんどん進む。対するルルーナはここに来て及び腰となっているが……俺は彼女の背中を押しつつ、進んでいく。
ちょっとばかり罪悪感もあるけれど……まあルルーナが納得する形にする以上仕方がない……そんな言い訳を心の中でしつつ、俺達はとうとう扉の前に辿り着いた。
そしてわかる。話し声――女性だ。
「……ちょっとくぐもっていて誰なのかはわからないな。けど、女性なのはわかる」
セシルは呟いた後、ルルーナに首を向けた。
「覚悟はいい?」
「……もう、ここまで来た以上」
ルルーナはそこで、一度目を伏せた。
「すまん、カイン」
謝罪した。俺は苦笑し――セシルとルルーナに続き、部屋の中へと入った。
そして、
「……ひとまず、当分は屋敷で過ごすことになりそうだ」
「そうか」
……相手が白いドレスを着たルルーナだったので、目が点になった。
「……おお」
セシルが声を上げる。なんだか面白いものを見た、という感じだ。
俺は続いてルルーナの表情を見ようとした……が、寸での所で彼女は背を向け部屋を脱してしまった。
「……追った方がいいか?」
「いや、ここはさっさと魔法を使うべきだと思うよ」
セシルが言う。その間も会話は続いている。
「ルルーナはテンパって頭がパニックになっているだけだと思うよ。相手もわかったし、さっさと魔法を使おうよ」
「……そうだな」
現状は、俺が魔法を使うのに最適だ。指輪が破壊されればさすがのカインも動揺するし、何より相手である幻術世界のルルーナも反応する。この幻術を抜け出すきっかけには十分すぎる。
加え、カインは会話に夢中になっている……このことを踏まえれば、俺の魔法も狙い通りにヒットする可能性が高いというわけだ。
なので、俺はセシルの言葉い従い動き出す。会話をするカイン達の横手に回り、指輪がしかと見える位置に立つ。
まずは一呼吸。そして剣をゆっくりと抜いて力を込めた。
「――行くぞ」
そして、俺は魔法を放った――
「……さて」
そして俺達は魔王城に戻った……魔法は成功。カインも幻術であるとしかと気付き、俺達は見事脱した。
俺の右隣りにはセシルが立っており、神妙な顔つきで扉を見据えている。
「……私は」
そこで、左にいるルルーナが声を発した。
「悪いが私は、入口に戻っている」
声が微妙に上ずっているんだけど……冷静になるよう彼女は努めているのか、非常に丁寧な歩き方で戻っていく。
「……両想いだったってわけだね」
セシルが言う。ああ、確かにそういうことになるな。
「でも、現時点でその事実に気付いているのはルルーナの方だけ。カインはまだ気付いていない」
「……俺達、話さない方がいいのかな?」
「さすがに、その辺りは当事者に任せようよ」
そうやって会話をする間に、カインが部屋から出てくる。俺達が同時に視線を送ると、彼は小さく笑みを浮かべた。
「二人が、助けてくれたのか?」
「まあ、ね」
返事をする。次に現状に関して説明。ただし、まだルルーナのことについては話さない。
「……なるほど、そういう形なのか。ずいぶんと変わった戦いになったな」
カインは歎息。次いで、俺達に視線を送った。
「で、二人が助けてくれたのか?」
「魔法を使ったのは俺だ」
こちらは手を上げてカインに応じる。すると彼は「悪かった」と言い、
「本当ならばすぐに気付くべきなんだろうが……自分が思った以上に、幻術世界の居心地が良かったのかもしれないな」
「えっと……カイン……」
「そうだな、理由を話すか。気になるだろ?」
いや、さすがにそこまで――と首を振ろうとしたが、カインの方が先に話し始めた。
「といっても複雑な経緯はない。同じ現世代の戦士として剣を交え、戦士団を運営していく上で色々と話をするうちに、そういう感情を抱いたという話だ」
「それは、結構前からなのか?」
「そうだな……どちらにせよルルーナがこんなことを思っているはずもなく……というより、恋愛や結婚自体興味がないだろうあいつ相手だから、相当大変なのは自明の理だな」
いや、すごく簡単な展開だぞ……とはまだ言わないでおく。
「それに、ああして町で暮らすというのは一種の願望でもあったんだ……俺やルルーナは戦士団を率いる以上、ああやって一つの場所に定住なんてできないからな」
「そうした願望が組み合わさって、結果ああした幻術が?」
「そういうことになるな」
肯定したカインに対し……俺とセシルは互いに目を合わせた。
「どうした?」
問い掛けたカインに対し……いつかはバレるだろうし、話すしかないだろう。とはいえ、ルルーナが知りたがっていたという点は伏せるべきか。それと俺達の口からルルーナの感情を話すのもよした方がいいだろう。
「……もう一人、同行者がいた」
やや沈黙を置いたその声に――カインは、理解したらしい。
「……ルルーナも、いたのか?」
「あ、うん」
「そうか」
苦笑するカイン。そして額に手を当て、
「……わかった。彼女は?」
「入口に戻った」
「それでは、私達も戻ろう」
何かあるのか――そう問い掛けようとしたが、カインが先に歩き出した。
俺とセシルは再度目を合わせ、ひとまずカインに追随することに決める。ルルーナのことは話すべきなのか。いや、確かにそうすることで物事が円滑に進みそうだが、それでも意図せずして知ってしまった事である以上、口にすべきではないような気もするし――
考える間に、俺達は入口に到達。そこでウロウロとするルルーナを発見。
「ルルーナ」
そして騎士や勇者達が集まる中で、カインはルルーナに話しかけた。




