動揺する戦士
カインらしき人物を追い道を進むと……見慣れた白い外套が視界に入った。やや早足で街を進む彼を、俺とセシル、そしてルルーナの三人が追う。
「この町、カインと関わりがあるんだよな?」
「私も見覚えのない町なのだが……」
ルルーナがそう言う以上、カインがどういう願望を抱いているのかは予想できないというわけだ。
「となると、今とはまったく違う世界ってことだろうか?」
「しかし、格好は同じなんだよね」
セシルがコメント。その間もカインはズンズン進んでいく。
「うーん、これだけではわからないな……でも、カインの幻術世界だとわかってよかったかな」
「まだ確定ではないんじゃないか? カインに関連する人物という可能性も――」
「残っている面々で、カインと強い関わりのある人物はもういなかったはずだ」
これはルルーナの言。ふむ、となるとここはカインの幻術世界で間違いないということか。
「そういうわけで、カインなのはほぼ間違いないだろう……ただ、戦士団を率いずこうやって町にいるというのは疑問だな。いや、この場合は戦士団は別にいてカインだけ単独行動しているということなのか?」
そうルルーナが推測した――その時、
「……あ」
セシルが何かに気付いたようで声を上げた。
「どうした?」
呼び掛けてみるが、すぐさまセシルは視線を逸らす。
「何かあるのなら言ってくれ」
それに対しルルーナが催促した。俺もルルーナと同じ気持ちだったので、セシルに行ってくれと呼び掛けた。すると、
「……右手」
ボソリと言う。それによって俺とルルーナは同時に右手に視線を向け、
薬指に指輪がはめられていることに気付いた。
「……あー」
そういうことか……なるほど。
「結婚して、ここに家でも構えているのかもしれないよ」
「……ふむ、野心とは別にこういう生活に憧れていたということなのかな」
「そうじゃないかな? 問題はその相手だけど――」
セシルは首をルルーナに向ける。こちらも視線を送ってみる。
彼女はすごく微妙な表情をしていた。
「あ、ああ……そういうことだな」
色んな感情を押し殺すような声だった。
「いや、そんな顔をするのは早いんじゃない?」
するとセシルがそんなことを言い出す。
「ほら、相手がルルーナかもしれないじゃないか」
「それはさすがにないだろう……言っておくが、落胆しているわけではないぞ?」
いや、顔にはそう書いてあるんだが……何も言わない方がいいか。
ともかく、なんとなくこの場所にいる理由の察しはついた……俺達はそこからどんどんと突き進むカインを追い町の奥へと進んでいく。
ルルーナがどんどん不安な顔になっていくんだけど……ただここで下手の事を言うのもまずいと思い、俺は無言に徹することにした。
その間に、俺は一つ気付く。鍵と思しき魔力だが……やはり、指輪から発せられていた。
「うーん、やり方はルルーナの時と同じ方法でいけるんじゃないかな?」
セシルが言う。ああ、確かに。
「前の時は……どうしていたんだ?」
ルルーナが質問。そこで俺は彼女を見返し、
「アクアが指輪を破壊した」
「それをやるというわけか……」
「俺が一回分残っているし、実行してもいいだろうな」
「レン、できるのかい? 的が相当小さいけれど」
セシルが問う。それに俺は憮然とした顔で答える。
「やるさ。雷の魔法を使えば指輪だけ破壊できると思う」
「難しそうだったら、僕がやるよ」
「わかった。もし失敗したら頼む」
「了解」
というわけで歩を進める……のだが、ここでさらに一つ気付いた。
「ルルーナ、セシル」
「どうした?」
「これ、この場で指輪を破壊すればあっさりと解決するんじゃないか?」
問い掛けに、二人は沈黙。けれどその言葉に一理あると悟ったのか、セシルは「確かに」と同意した。
「ああ、そうかもしれないね……」
「というわけで、ここで魔法を使ってもいいわけだ」
指輪が破壊されればカインも自覚するだろうし……だがそこで、ルルーナがさらに複雑な表情となった。
見返してみると、ルルーナはこちらに顔を向けやや頬が引きつっていた。そこで俺は彼女が何を言いたいのか悟る。
「……カインの相手が、誰だか見たいのか?」
ピクリ、と一つ肩を震わせるルルーナ。やはりか。
「けど、そういう心情を覗き見るのはあんまりよくないんじゃないかな?」
セシルが言う。彼は次いでルルーナに視線を送った。
「このままカインの後を追えば、確かにその相手と出会うことはできる。けど、それはカインの心の中を探るということを意味しているわけで……可能であれば、そういうことをすべきではないと思う」
……これは、俺も内心同意だった。俺達はこれまで仲間の心の中に眠る願望を見て回っているわけだが……可能であれば、知らない方がいい。それは幻術世界に捕らわれている人のためだ。
「だから、鍵だとわかり対処法だってわかっているのだから、ここで魔法を使うべきだ」
カインの歩みに合わせながら、セシルは語る。カインの進む先は大通りを大きく外れており、もしかすると町の中にある家にでも行こうとしているのかもしれない。
「僕の意見はこうだけど……レンはどう?」
「俺も、セシルの意見に同意だな」
ルルーナがまたも肩を震わせる。
「気になるのは仕方がないと思う……けど、カインは知られたくないと思っているかもしれないだろうし」
「……そう、だな」
ルルーナはカインに目を向けつつ返事をした。だが、その目の光は明らかに未練がある。
「わかっている……カインのことを思うなら、ここですぐに魔法を使えばいい……カインだっておそらく、相手が誰なのかは知られたくないだろう」
「なら……」
そこでルルーナはカインに対し強い瞳を向けた。それは戦士のそれとは大きく異なる……一人の、女性としての視線のような気がした。
「わかっている……レン」
拳を強く握りしめた――このまま指輪を破壊すれば、俺達は知らなかったと説明すればいいだけで、カインも願望の一端を知られたとしてもさして動揺はないだろう。だがルルーナは気になって仕方がないはずだ……相手が誰なのか。
ルルーナが相手だという可能性もあるわけだが――彼女にとっては見知らぬ町。なおかつ戦士団なども見受けられないとなると、戦士とは縁のない状況なのかもしれない……そうなると、彼女でない可能性の方が高いだろう。
それをルルーナはわかっているから、複雑な感情を伴った瞳をしているのだろう……そこで、
「結論を出すのは、僕やレンじゃなさそうだね」
セシルが口を開いた。
「僕やレンは今ここで魔法を使うべきだと判断している……ただルルーナは異論がありそうだ。本来はこういう判断はよくないんだろうけど――」
セシルは、ルルーナに対し微笑を向ける。
「魔王と戦う人物が動揺していては、非常に危険だからね」
まあ、確かにそうだな……考えていると、ルルーナは歎息した。
「……相手を見て、さらに動揺するかもしれないぞ?」
「そこはルルーナの気持ち次第じゃないか。ともかく、納得がいくまで検証してもいいんじゃない? 魔王との戦いに対し後顧の憂いを失くす……そんな大義名分もあるし」
「……とても、私情で心を見る免罪符にはならないな」
そう語ったが、ルルーナの心は決まっているようだった。
「……悪い、カイン」
呟いたルルーナは……先頭切ってカインに追随した。




