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彼女への説得

 アキが幻術世界だと認識したうえで活動しているのだとしたなら……説得するのにもかなり大変だろう。正直三十秒で成功するのかわからないのだが、やるしかない。


 残っている魔法使い三人がかりで魔法を発動する……まだ幻術に捕らわれている人物達のことを考えるとリスクの高い所業だったのだが、それでも説明により皆が納得してくれた。

 加え、この技法は魔法使いにしかできない……というより、魔力をこういう形で発するという技術は宮廷の魔法使いが訓練することらしく、失敗せずに成功するのはそうした訓練を受けた魔法使いだけらしい。リミナはそういう経験がないし、なおかつフィクハはできることはできるらしいが、彼女やリミナにはまだやってもらわなければならないことがある。


 よって、現状で魔法が使えるのはこの場にいる魔法使い三人だけ……失敗はできない。


「レン、アキを説得する役割はやはり貴殿だろう」


 ルルーナが言う。それに俺も小さく頷いた。


「正直、会話を成すような時間はほとんどない……説得というのも非常に難しい状況ではある」

「わかってる」


 レックスを元の世界に……という願いである以上、それは非常に強固なものだと俺にだって想像できる。けど、そうだとしても――


「行こう」


 今回、幻術世界へ入りのは俺と魔法使い三人にルルーナの五人。ルルーナが同行したのは彼女自身が申し出たから……サポートをするすると彼女は語っており、個人的にはその言は心強かったので、俺は了承した。


 光の中へと入る。またもコンクリートの学校。魔法使い達は面食らった様子だが、ルルーナがそれを上手く取り成して、移動を開始する。


「どのタイミングで行動する?」


 ルルーナが問う。俺はしばし考え、


「……一人になってからにしよう。やるとしても、夜かな」


 それまで待つ必要がある……ルルーナ達は了承し、俺達は職員室へ。そこには授業がないのかデスクワークをするアキの姿があった。

 そこからは、ただアキのことを観察し始める。昼を迎え食堂で食事をとり、昼に入ってからは授業を行う。至って平穏な一日であり、俺達が介入しなければ仕事が終わって家に帰り、レックスと今日起こったことを話すのだろう。


 ここには争いもないし、アキが望む全てがある……他の人だって自らが望んだ世界を映しだしていたわけだが、その中でもアキのものはとりわけ強いような気がする……これを崩すのは難しいと思う。俺は夕刻に迫るにつれ、少しずつ緊張し始める。


 やがて授業が終わり、陽が沈み……残った仕事を片付け、アキは学校を出ようと自身の席を立つ。他にもチラホラ教員は見受けられたが、彼女は彼らに挨拶をして職員室を出た。


「……準備を」


 俺が声をかけると魔法使い達は頷いて見せる。ルルーナの顔にも緊張がある。廊下を歩くアキを追い、彼女は教員用の下駄箱へ到達。


「……ここで」


 この場所を選んだ理由は特になかったのだが……いや、もしかすると心の中でここが一番だと思ったのかもしれない――ともかく、俺の指示によって魔法使いが動き始める。


 アキが靴を履きかえる。そして――




 魔法が発動した。




「……アキ」


 声を上げる。途端、アキはビクリと体を震わせ、視線をこちらに向けた。


「……レン」


 すんなりとこちらの名が出た。だから俺は、考えていた言葉を彼女に告げる。


「ここが幻だって自覚はあるんだな?」


 問い掛けた直後肩を僅かに震わせる。それと同時に、俺は立て続けに言葉を紡いだ。


「時間がないから、一方的に喋る。現在魔王城では今のアキのように色んな人が捕らわれている。そしてこのまま魔法に取り込まれれば死ぬ。アキにとってはそれは本望かもしれないけど、俺達は……仲間は誰も、そんなことを望んでいない」


 簡潔に内容を使え――そして、


「戻って来てくれ……アキ!」


 叫んだ次の瞬間、魔法が途切れた。予想以上に早く、気付けばルルーナ以外の三人の姿が消えていた。


「後は、祈るしかない」


 ルルーナが言う。俺は彼女の言葉通り、祈るような気持ちでアキを見据えた。

 彼女は俺がいた場所を凝視し、無言となる。けれど、


「……レン」


 肩を落とす。彼女はきっと、このままこの世界で過ごし死ぬ気だったと確信する。自らが望んだ世界を手に入れ、死ぬと薄々わかっていても――そんな風に考えていたのかもしれない。


「……レックス」


 失われた恋人の名を呼ぶ。今彼女は俺達と彼のいるこの幻とを天秤にかけている。もしレックスの方に天秤が傾けば――失敗だ。


「アキ……」


 聞こえないとわかっていても、俺はアキに呼び掛ける。


「頼む……戻って来てくれ」


 俯き、懇願するように彼女へ告げる。そして、

 ピシリ。壁にヒビが入るような音が聞こえた。


 顔を上げる。そこにはアキが立っていて、その顔には――涙が浮かんでいた。


「……レックス」


 もう一度、最愛の人の名を呼ぶ。けれどそれに相反するように世界にヒビが入り続ける。


「ごめん……私はまだ、戦わなければいけないみたい」


 ひどく名残惜しそうに――けれどどんどんと世界が壊れ、やがて白い光に包まれ――

 気付けば、魔王城の廊下に立っていた。


「成功だ」


 安堵の声をルルーナは漏らす。


「最大の難関といってもよかったかもしれないな」

「そう、だな……」


 頷くと同時に、扉が開く。中からは、法衣姿のアキ……見慣れた彼女の姿が。


「アキ」

「……レン」


 そこで、俺は彼女の目元に涙が浮かんでいるのに気付く。


「ごめん、ありがとう」


 それを袖で彼女は拭い、こちらに笑みを見せる。


「レックスが出た時から理解はしていたんだけどね……一日だけいようって思って、そこからズルズルと引っ張るような感じになって……」

「その気持ちはわかるよ……けど」

「うん、いつまでもいられないというのはわかっていたよ……けど、もしあのままレンが来てくれなかったら、ずっとあの世界で過ごしていたかもしれない」


 力なく笑う。アキ。どこか憔悴しているようにも見えるが……これは、精神的な疲弊だろう。


「心配を掛けてごめんなさい……それで、状況は?」

「ああ、実は――」


 俺はルルーナを交えて説明を始めた。






 アキを解放して以降、他に捕らわれた面々もどんどん解放されていった。やがてその人数も多くなり、いよいよ助け出す人が少数となるくらいにまで減った。


「時刻は、陽が沈んだくらいか……」


 懐中時計を見ながらフィクハが発言。おそらくこれは、魔王にとっても想定以上の速度ではないだろうか。


「犠牲者も今の所一人……とても魔王城に侵入した結果だとは思えないかな」

「でも、俺達は戦っているわけじゃないから」

「それは言いっこなし……ともあれ、ここまでは順調。そして見知った人で残っているのは……」

「カインだな」


 ルルーナが腕を組み呟く。冷静ではあるが、ルルーナが彼をどう思っているかを考えると、内心穏やかではないかもしれない――


「レン、言っておくが私は普通だからな」


 釘を刺された。心の声が聞こえてしまったらしい。


「ひとまず、残る面々の捜索を行い……それによってカインも見つかるだろう」

「まあ、そうだな……俺達も動くか?」

「貴殿のしたいようにすればいいのではないか?」


 む、そう言われると……まあここにいても落ち着かないし、行動していた方がいいな。


「なら、動くよ」

「わかった。では付き合おう」

「俺は魔法が一回だけ残っている……それを使ってもいいかな」

「いいんじゃない?」


 フィクハも同意。俺は頷き、カインを見つけるべく、移動を開始した。


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