急転直下
――意識が戻った時、最初耳に入ったのは鳥のさえずり。朝だと思い目を開けようとした時、廊下からせわしない靴音が聞こえた。
「……何だ?」
意識が完全に覚醒し、扉を注視し、
「おはよう」
クラリスの声。横を見ると、杖を膝に置いて椅子に座る彼女がいた。
「……おはよう。リミナは?」
「王子の所に。レンが眠った直後に入れ替わったよ」
となると最後の言葉の後すぐか――思っていると、またも廊下から靴音。
「何かあったのか?」
上体を起こしつつ、俺はクラリスに尋ねる。
「王子の身に何か?」
「私も部屋にいたからわからないけど、それだったらすぐさま連絡が来ているでしょ」
言うと、クラリスは小さくあくびをする。あ、もしかして――
「寝てないのか?」
「そりゃあもう」
「……ごめん」
「謝る必要はないよ。ま、魔力でどうにかするよ」
前言っていた身体活性の件か。多少気になったが、クラリスが立ち上がったので尋ねる機会を失くす。
「で、そっちは大丈夫?」
訊かれて腕を確認。包帯の巻かれている患部からは痛みはない。
「ああ、大丈夫だ」
「よし、なら早速準備ね」
クラリスは俺の横を指差す。
見るとベッドのサイドテーブルに剣が立てかけてあり、さらに上着が綺麗に折りたたまれ置かれていた。
「わかった」
承諾し素早く起床。上着を羽織り剣を差す。ついでに斬られた部分を確認。血が滲み布がはっきりと裂かれているのだが、こればっかりは仕方ないだろう。
「よし、行くよ」
クラリスが号令をかける。俺は力強く頷くと、彼女と共に部屋を出た。
「状況が大幅に変わりました」
部屋に着き俺が尋ねると、フェディウス王子からそう答えが返ってきた。
室内には現在、王子と傍に控えるのはルファーツ。そして右の本棚近くにリミナとラウニイが立っている。ちなみにエンスはいない。外でバタバタしているため、その統制に出ているのかもしれない。
「昨夜の一件で、ルファーツが貴重な情報を入手したので」
「目的、ですか?」
俺が問うと、王子ははっきりと頷き――なぜか、申し訳なさそうな顔をする。
「……実の所、半ばあなた方を利用して、手に入れました」
「利用?」
「皆さんが黒衣の戦士と戦っている間に、ルファーツが探りを入れる……それが策の骨子だったのですが、屋敷のどこから侵入するかわからない人物を追うのも非常に難しい」
「……ああ、そういうことだったんですか」
俺は意を介した。つまり黒衣の戦士と俺達が交戦し、相手が退散する時ルファーツが追うというわけだ。
要は俺達を囮に――そういう策であったため、詳しく話さなかったのだろう。
「でも、相手を追えたんですか? 転移しているようにも見受けられましたが……」
そこで疑問を提示する。二回目の戦闘ではわからなかったが、一回目は闇に溶けるように消えたはず。
「短距離転移であれば、捕捉は十分に可能です」
問いには、ルファーツが答えた。
「一回目は見失いましたが、二回目の戦闘後相手の後を追うことができました。これも、皆さんのおかげです」
そうは言うものの、ルファーツの顔は浮かない。きっとこちらを配慮しているのだろう。
それについては、明確に答えておいた方が話が進みそうだ。
「俺達は一切気に掛けていないので、大丈夫です」
はっきりと答える。すると王子は小さく頭を下げた後、俺を見据え話を始めた。
「では詳細を。黒衣の戦士は昨夜合計二回戦いました。そして二回目彼は屋敷から退き、距離を置きました」
「方向としては中庭を抜け、森を抜けた先です」
ルファーツが補足する。王子は頷きつつ、さらに続ける。
「追っていたルファーツは、運良く見つかりませんでした。前もって彼に気配を消す魔法道具を渡しておいたので、それが功を奏した結果です」
王子は一度言葉を切る。俺達を一瞥した後、核心部分に触れる。
「おそらく合流地点を用意していたのでしょう。ルファーツが赴くと黒衣の戦士以外に、何人か似たような姿をした人物がいたようです……長くなるのでかいつまんでお話しますと、どうやら黒衣の戦士がルファーツを引きつけ、他の面々……彼の仲間が屋敷に侵入して目的の物を探していたようです」
「目的の、物?」
俺が首を傾げつつ聞き返すと、王子はこちらの真正面を指差した。
見るとソファの奥に机――その上に、銀細工のペンダントやピアス。さらには腕輪など銀のアクセサリーが山積みとなって置かれている。
「ルファーツは彼らが銀の装飾品を探していると、会話の文脈から察したのです。そこですぐさま私が報告し、思いつく限りそのような品をルファーツに持ってこさせました。そして鑑定は――」
王子は、ラウニイへ視線を移す。
「ラウニイさんに」
「ええ。見事にヒットしたわ」
軽く腕を組みながら語る彼女。その表情は、仕事をやり切ったというどこか満足げなもの。
「ほとんどが貴金属的価値しかない物だったけど、一つだけ当たりだった。それは倉庫の片隅に、誰も見つからないようにひっそりと置かれた――」
彼女は王子に視線を移す。俺も合わせて目をやると、彼は俺に銀細工のペンダントを見せていた。
パッと見て、宝石の埋め込まれた品。華の様な造形に、赤い宝石が埋め込まれている。一見するとルビーのペンダントに見えなくもないが――
「この石は、魔石です」
フェディウス王子は、言い切った。
「これはかなり前、私が骨董商から購入した物です。私自身これが魔石だと気付かなかったのですが、ラウニイさんによるとかなり純度の高い物だそうです」
「装飾品が、魔力を放出しないようしているのよ」
ラウニイが付け加えるように話す。
確かに俺も見て宝石にしか見えないし、魔力の類は感じられない。
「これが、相手の目的ですか?」
今度はクラリスが尋ねる。フェディウス王子はコクリと頷きつつ、さらに話を進める。
「ここからは私の推測ですが……敵はこれを探し手に入れるため、目的がわからないように……さらには、こちらが身動きを取れないよう作戦を展開していた。かく乱することで屋敷に潜入し、調べ回っていたのでしょう」
王子は語るとルファーツへ視線を送る。
「ですが、ルファーツという存在があったため戦いは長期化した。けれど彼らは執拗に、王家の人間である私を襲うというリスクを冒してでもペンダントを手に入れようとした。この点については相手から訊かないとわかりませんが……現状は、それほど価値のある物だという認識でよいと思います」
言いながら王子はペンダントを机に置きつつ、決然と告げた。
「目的が私でないとわかった以上、こちらも動けます。敵を賊だと断定し、現在城から騎士や兵士を派遣している所です。もし敵の動きが無くなればペンダントをそのまま城に護送し、管理する。もし来るならば最大戦力で迎え撃つ……そのため朝から、エンスなどが対応しています」
なるほど、だからバタバタしているわけか。目的が暗殺でないとわかった以上、王子が一気に行動したのは理解できた。
ただ――敵がもしルファーツの尾行に気付いていてわざとそう言い、実は暗殺が目的……そういう懸念はないのだろうか。俺は多少気になってそこを尋ねようとしたが、
「これから作戦をお伝えします」
王子が遮り、俺は口を閉ざし――あることに気付く。
いや、それは精々「そうなのかもしれない」という違和感程度のものだが――王子は自分の語ったことに確信を抱いているようだった。絶対的な自信というわけではなく、他に根拠があるため、そのように語っているように見えた。