懐かしい場所
光を通過して、最初目に飛び込んできたのは呆然と立つ仲間四人の姿。
「見覚えのない場所……というか、なんだここは?」
ルルーナがコメントする。他の面々も似たような感想らしく、立ち止まって正面を凝視している。
俺は彼らと合わせるように視線を移す。まず、俺達は土で固められた場所に立っていた。広さはそこそこあり、なおかつ真正面にはやや遠くに階段と、その上に建物の入り口らしき扉があった。
俺はその建物を見上げる……三階建てであり、俺には見覚えがあった。
その建物自体を見るのは初めてだったが……俺は似たような建物を幾度となく見たことがあった。
それは、元の世界に存在するコンクリートで建てられた校舎だった。
「木造、ではないみたいだが……石か何かなのか?」
「そうは見えないけど……うーん」
ルルーナとフィクハが口々に告げる。リミナやセシルは建物を見上げコメントしなかったのだが、やがてリミナがこちらに首を向け、
「……勇者様?」
何か察しているのに気付いたらしい……全員の視線が集まる中で、俺は歎息した後口にする。
「学校だよ」
「レン、見覚えあるの?」
フィクハが問う。それに俺は頷き、
「ここは……俺のいた元の世界だ」
こちらの発言に一同、一瞬呆気に取られた表情を見せた後……四人が全く同時に、建物へ視線を向けた。
対する俺は校舎へと歩み始める。
「おい、レン!?」
「幻術世界で元の世界が出てくるとなれば、一人しかいない」
セシルの呼び掛けに俺は一方的に告げ、校舎へと歩き出す。
それに追随する四人……推測はできているはずだ。ここは間違いなく、アキの幻術世界。
確か入れ替わったこちらの世界のアキは、世界史の教師をしていたはず……幻術世界の侵入場所が学校である以上、同じように活動していると考えて間違いないだろう。
リミナ達が俺の後を無言でついてくる。俺がいた世界である以上、こちらの判断で動いた方がいいだろうというのが、四人の判断なのだろう。
ただ、こういう展開となった以上五人もいらない気がするけど……まあ戻るかどうかは本人達の判断に任せるとしようか。
手近な扉をくぐり校舎へと入る。建物により学校だとわかっても、さすがに内部の構造まではわからない。ひとまず教師である以上は職員室を見つけ確認したいところだが――
「変な建物ねぇ」
フィクハがコメント。振り返ってみると、他の三人も似たような見解を抱いているのか、建物を見回していた。
とりあえず、俺は彼女達のコメントを無視しつつ廊下を見回す。近くに保健室と書かれたプレートが目に入った。職員室という表記は見られなかったので、傍にあった階段を使って二階へと移動。
そして、目当ての職員室のプレートを発見。思わず失礼しますなどと言いそうになりつつ、中へと入った。
明らかに、先生の数が少なかった……よくよく考えれば生徒達の声なんかも聞こえない。授業中なのだろう。俺達がこの世界を訪れた運動場に人はいなかったため、体育の授業はないようだが。
「少し、待とうか」
俺は他の四人に提案。
「今は学校で言う所の授業中だ。休み時間となったら、アキはここに戻ってくる可能性が高い」
「そこから観察開始というわけだな」
ルルーナの言葉に俺は頷いた……のだが、それよりもフィクハがしきりに職員室を見回していることが気になった。
「フィクハ、どうした?」
「ねえ、あれは何?」
フィクハの指差した先には、ノートパソコンが一台。
「あ、えっと……」
どう説明しようか……などと思っている間に、俺は職員室にある円形の壁掛け時計が目に入る。時刻は十二時前。もうすぐ昼休みの時間だ。
「なんというか……たぶん、ノートにペンで文字を書くこととか、後はあれを使って情報を手に入れるとか……」
「は? どういうこと?」
……説明するの面倒だな、これ。実際何と聞かれても、今いる世界で該当しそうなものが存在しない。
その時、職員室に電話のコール音が響いた。俺を除く全員が肩を震わせ、キョロキョロとし始める。
教員の一人が電話に応じたことでコール音は収まったのだが……その光景も、四人にとっては奇異に映ったらしい。
「ねえ、あれは何よ?」
「えっと……魔法を使って遠方同士で会話するようなことがあるだろ? それに近いことをする道具だよ」
「魔法を使っている様子はないけど?」
「それを、魔法を使わずにやっているんだよ」
「は? どういうことよ?」
「レン、僕としてはあの本が気になるな。ずいぶんと綺麗な装丁だけど」
「あ、勇者様。あの人の服装も気になりますね」
「……面倒だから、全部無視していいかな」
頭を抱える俺。考えてみれば至極当然なんだが、リミナ達にとっては見たことのない物ばかりだろう。
ルルーナは唯一俺に対し何一つ質問していないけど、興味はあるのか時折こちらに視線を送り問い掛けようか迷う素振りを見せている。これは後で大変そうだと思った時、
チャイムが鳴った。またも四人がビクリとして、唯一俺だけは頭をかきながら話し出す。
「とりあえず、アキがここに来るまで待つか」
俺の言葉に四人は頷きはしたが……やがて遠くから声が聞こえ始める。
正直それは喚声と呼んでも差し支えない声だったが、俺としてはひどく慣れ親しんだ昼休みの声。ただセシルやルルーナは気になったらしく、廊下に出て様子を窺い始めた。
「なんだか……変わった場所ですね」
リミナが感想を漏らす。すると彼女は唐突に申し訳なさそうな顔をして、
「あ、えっと、すみません」
「……いや、リミナからすると変わったというのは正しいだろうし」
述べた俺は、彼女に捕捉するように告げる。
「そういえば、俺の元の世界について話したことはなかったもんな……えっと、今俺達がいる世界と比べて、科学技術が発達した世界だと思ってもらえればいい」
「科学技術、ですか?」
「ああ。ただし魔法がない……だから技術が発達したとか言われそうだけど、そもそも魔法という概念自体がオカルト扱いだからなぁ」
「なるほどね。私達が疑問に感じている所は、魔法の代替みたいな感じなのか」
フィクハがコメントするが……それも違う気がするけど、変に言うと話がこじれる気がするので俺は何も言わないことにした。
やがて教師達が戻ってくる。格好はまちまちだが、その服装についてもフィクハから追及が来て……俺は「勘弁してくれ」とコメントを出し回避した。
そこで、新たな女性教師が入ってくる……紺色のスーツ姿の彼女を見て、俺は声を上げた。
「アキだ」
「なんだかかっこいいですね」
リミナが感想を漏らす間に俺はアキへと近づく。教科書やプリントを小脇に抱えており、やはり授業中だったのだと理解できる。
彼女は資料を自身にあてがわれた席に置くと、座りもせず職員室を出ようと歩き出す。おそらく昼食でもとるつもりなのだろう。
弁当を用意していてもおかしくないのだが、どうやら彼女は購買か、それとも食堂かで食べるつもりらしい。俺はリミナ達に「追うぞ」と言いつつ、アキの後に続いて職員室を出た。
そういえばセシル達は……と思って廊下の左右を見回したのだが、いない。
「あの二人……ま、いいか。特段危険があるわけじゃないし」
俺はさっぱりとした口調で呟くと、リミナ達に視線を移す。どうやら二人は俺に追随する様子。俺は二人に目配せをした後、改めてアキの後を追った。