三度の場所
光の中に入り込み、見えたのは村……って、
「ここ、二度ほど俺は来たんですけど」
「あ、そうなの?」
ロサナが聞き返したのに頷きつつ、俺は村を見据える。
場違いな噴水が存在する村……二度ここに入り、結局誰の幻術世界なのかわからなかったため、引き返していた。
「行ってみましょう。ちなみに捕らわれている人は探した?」
「もちろんですけど……あいにく、わかりませんでした」
「了解」
ロサナと共に村へと入る。以前見た時と変わらず、村の中央にはそぐわないような噴水が存在していた。
「ふむ……」
ロサナは口元に手を当てつつ、その噴水を注視。
「あの、何か知っているんですか?」
「いえ、知らないけど……この噴水、明らかに村の人間が作ったって感じじゃないわよね?」
「そうですね」
「で、魔力がある以上これが鍵だと」
「はい」
「で、幻術に捕らわれた人が見つからないので対処できない……状況はわかったわ」
ロサナは言うと手を下ろし、見解を述べる。
「あの噴水が場違いなのはレンも認識しているはず……可能性は二つ。この村ができる前からここにあった古代の物か、それとも意匠がここに何かの理由で作り上げたか」
「村ができる前から、という方がしっくりくるんですけど」
「そう? たとえば村の発展するという意味を込めて村の人が依頼をしたのかもしれないわよ?」
そういう見解にも取れるのか……となると、さらにわからない。
「けどまあ、この噴水に対する干渉法は一つね」
「え? 一つ?」
「そう、一つ。簡単な話よ」
ロサナは語ると同時に指で噴水を示す。
「あれを破壊すればいいのよ」
「破壊……無茶苦茶じゃないですか?」
「でも、一番いい方法だと思うわよ? だってあれだけ大きい物である以上、幻術世界に捕らわれている人が気付かないわけないし、現状ではあれを破壊して反応させるくらいしか方法がないんじゃない?」
「そうかもしれませんけど……問題は、どこに捕らわれた人がいるのかってことですね」
「そうよねぇ。入口からそう遠くない場所だから、この周辺にいるのは間違いないのだろうけど……」
ロサナは周囲を見回す。
「それらしい人か……この村が捕らわれている人の郷里だという可能性も高そうだけど、そうなってしまうと果たしてどれだけ他の面々が知っているのか……」
あ、そうか。ここが誰かの郷里だとして、それを当人以外知らない可能性だってある……となると、他の仲間に相談してもわからない場合だってある。
「うーん、何も考えず噴水を破壊してなんてやり方もなくはないけど、やっぱり確実なのは捕らわれている当人の目の前で破壊することよね」
「……なんだか、可哀想な気もしますね」
「そうも言っていられないでしょ? ともかく、捕らわれている人を探しましょう」
ロサナの提案により、俺達は行動を開始。ただ、見回るにしてもそれほど時間は掛からない。村の規模はそう大きくはないため。
なので、俺とロサナは一時間もすれば村中をくまなく調べられてしまうわけで……結局、捕らわれている人物と遭遇はできなかった。
「……一度戻りますか?」
「うーん」
ロサナは首を捻り考え始める。
「とはいっても、誰かに尋ねてヒントが出るとは思えないけどね……夜まで待ってみましょうか」
「夜?」
「今は昼だから、たとえば近くの山に木の実とか採りに行っている可能性もある。けど、さすがに夜ともなれば家に戻ってくるでしょ」
「その時に、住人全員の顔を確認して、というわけですか」
なるほど、それなら……気が退けるのも確かだが、仲間を救うためである以上仕方ないと割り切ろう。
そこから俺達は散策しつつ、夜になるのを待つ。村の周辺なんかも見回ってみたが、他に人工物があるわけでもなく……ティルデが住んでいたあの屋敷周辺のように、他とは隔絶している空間と言えた。
となれば当然、この村の中に捕らわれた人物がいるはずなのだが……その時、いよいよ日が沈んできた。
「さて、もしこれでわからなかったら私としてはお手上げよねえ」
ロサナがコメント。その場合は一度外に出て相談し……それでもわからなければ、自力で脱出するのを待つしかないか? いや、さすがにそれは――
「……ん?」
その時、ロサナが呟いた。視線の先には、広場中央へ帰るべく移動する農夫や、子供たちの姿。
「どうかしましたか?」
「……いや、気のせいかもしれないけど……夜、確認するわ」
気になる言動。けど彼女がそう言う以上、俺としても口を挟むつもりはなかった。
そこから人々が家へと入り始め……やがて夜を迎える。周囲はひどく平穏であり、魔物の姿などもない。
どこからか、談笑の声すら聞こえる……幻術世界である以上、捕らわれた人はここでのこうした平穏な生活を望んでいるということ。心の内では戦いたくないとか、そういうことを考えているのだろうか。
「レン、順々に見ていくわよ」
ロサナの言葉。俺は頷き、改めて村の中を調べ始めた。
家を一軒一軒回り、見覚えのある人物がいないかを俺達は確認していく。けれど、それらしい人は見つからない……まだ家を全部見て回ったわけではないので答えを出すのは早いけど、もしわからなかったならば――そういう不安が付きまとう。
そうした折次の家に入ろうと一度外に出た。その時、
俺の耳に、誰かの名を呼ぶ声が聞こえた。
「……ん?」
言葉の内容をしっかり聞き取れたわけではなかったのだが……俺は妙に気になり、声がした方に目を向ける。調べ終えた家とは、道を挟んだ反対側。
「何か気になる場所がある?」
ロサナが問う。俺が頷くと、彼女はそこに行くよう進言。歩み出す。
道の反対側に到達し、家に入る。そこには三人家族が暮らしており、ごくごく普通の農夫と奥さん。そしてやんちゃな男の子がいるだけだった。
男の子は真っ黒な髪を持ち、スプーンを不器用に操りシチューを食べている。それを微笑ましく見る母親と、笑う父親。どこにでもいる普通の家庭。
「……うーん」
ロサナが唸る。見ると、目を細めていた。
「どうした?」
「……やっぱり」
ロサナが言う。もしや見覚えがあるのか――そんな風に感じた時、
「そう慌てなくても、まだおかわりはあるわよ……マクロイド」
聞き覚えのある名が、母親の口から出された。
「え……?」
呻き子供を見る。確かに黒髪で、その面影がないこともないが――
「こ、子供……?」
「相当古い記憶、ってことね」
ロサナはそこで肩をすくめた。
「なるほどね。これじゃあわからなかったわけよ……ここは子供の頃のマクロイドの郷里なんでしょう」
「子供に戻りたかった、といった感じでしょうか?」
「もっと深い理由かもしれないわよ」
「深い?」
聞き返した俺に、ロサナは頷く。
「例えば……年齢的に、おそらくこの時期は魔王と戦争を行っているか、直後の混乱期くらいでしょう……田舎である以上この場所が狙われた可能性は低いけど、混乱期には魔物だって結構跋扈していた……」
「つまり、現実では……」
頷くロサナ。ならば、彼が郷里の光景を望んでいるというのも頷ける。
「そして、鍵は噴水……どれほど因果関係があるのかはわからないけれど、ともかくこれで結論が出たわね」
「マクロイドが噴水に近づいたタイミングで、魔法を使用すると」
「ええ……それでいきましょう」
話し合いは終了。そこで俺は改めてマクロイドを見る。
子供の彼は、幸せそうだった……それを見ながら俺は彼の願望を改めて認識し……少しだけ、悲しい気持ちになった。




