状況一変
目を瞑って、少ししたら意識を飛ばした――思っていた以上に体は疲労が溜まっていたようだった。
ただ深い眠りに入ったわけではなく、時折目を開けては閉じの繰り返し。やがて時間間隔がなくなり、俺はウトウトしながら腰に差してある剣を外し、肩に置いてそれに首を預け眠ることにした。
結果、あっさりと目を開けることがなくなり――どのくらいそうしていたのかわからないが、次に目を開けた時状況が一変していた。
「あ、おはよう」
呼び掛けられる。フィクハの声だった。
視線を転じると、眠る前まではいなかった騎士や勇者らしき人物が幾人かいた。
「……助けたのか?」
「地力で抜け出した人の方が多いかな」
フィクハは呟くと、鼻の頭をかく。
「レンが眠った後、セシル達も帰って来たんだけど……そこから、騎士さんなんかが外に抜け出した」
「そっか……俺が眠る前に分散していたメンバーは、まだ城内にいるのか?」
「いるよ。今は少し休憩した後再度光の中を見て回っている……」
フィクハはそこまで言うと、周囲を見回しつつ嘆息。
「人数も増えてきたから、ここからはさらに楽になると思うよ。一日猶予があるという話だけど、その予定よりも早く終わりそうな雰囲気もあるし」
「そうなるといいけどな……」
俺は呟きつつ、ここからどうするのかを問い掛ける。
「えっと、俺はどうすればいい?」
「もう少し休んでいてもいいんじゃない? 見回っている面々も多いし、それにレンには魔王と戦うという大事な役割があるから」
ふむ……とはいえこのまま放っておくことはできないし、そろそろ動いた方がいいかもしれない。
「えっと、どのくらい寝ていたんだ?」
「数時間ってところじゃない? 昼は過ぎているわね。あ、食べる?」
彼女はどこにあったのか包みを差し出した。受け取ると、乾パンとチーズ。
「誰が持っていたんだ?」
「私。単なる携帯食よ。さすがに食料まで面倒は見てくれないようだし……それに、レンには頑張ってもらわないといけないし、お腹を膨らましときなさい」
言われ、俺は頷き乾パンを口にする。その間に周囲の様子を改めて観察……変わったことがいくつもあった。
まず、フィクハに代わりリミナが今いる入口の中央付近で床に手を当てている。その隣にはロサナ。彼女は何をしているのか。
「フィクハ、リミナは何をしているんだ?」
「私の策については喋っていないけど、何をするのかはロサナさんが察したみたいで、リミナに色々と指導をしているところ」
「そうか……となると、フィクハの策は採用ということか?」
「もう少し時間を頂戴。策が使えると確定したら、私もレンと共に戦うつもりでいる」
フィクハの力強い言葉。俺は「わかった」と答え、さらに視線を巡らせる……と、そこで奇妙な光景に気付いた。
「ん? あれは――」
「あ、気付いた?」
フィクハの言葉。俺の視線の先には、グレンとイーヴァが向かい合って抜き身の剣を合わせている光景が。
「イーヴァさん自身、思う所があったみたい」
フィクハの言葉としてはそれだけ……イーヴァが何か提案して、グレンに何かを施しているということか。
その目的については、魔王に聞かれていることを考慮して話はしないだろうけど……ともあれイーヴァが動いている以上は、間違いなく魔王にダメージを与えられる技法に関することだろう。
グレンがイーヴァの代わりに……という可能性もあるのだろうか。
「他に質問は?」
フィクハが問う。それに俺は再度周囲を見回し、
「……確認だけど、セシルなんかは光の中?」
「そうだよ。セシル自身も魔法を使う覚悟はあるみたいだし、自力で抜け出さない限りは途中でリタイアかもね」
そうなのか……ここで俺はさらに質問。
「他に……俺達が知っている面々で、幻術から抜け出した人は?」
「騎士デュランドとか、ルーティさんとかは抜け出したよ。残っているのはカインさんとマクロイドさん……あと、リュハンさんやアキか」
「三人の幻術世界の詳細なんかは、判明しているのか?」
「……それがね」
そこで、フィクハは渋い顔をした。
「魔王側が少し動いたみたいなんだけど……同時に出現する光の数が、捕らわれている人数と一致しないみたい」
「一致しない?」
「同時に全ての人の光が出現しないとでもいえばいいかな……一度誰かを救う度に光の数が変わるの」
「となると、魔王が意図して救出できる人間を限定しているということか」
「そういうこと」
そして、フィクハは表情を戻す。
「なおかつ、ちょっと手詰まりという状況……自力で抜け出す人がいなくなり、なおかつ幻術世界に入り込んでもヒントが少なく解放できない」
「それ、まずくないのか?」
「突破口があるといいんだけどね……ともかく、今はそうした状況でこちらは行動している」
「そっか……あ、それともう一つ。犠牲者は?」
「今の所レンも確認した人物以外は、まだ」
とはいえ、時間が経てば消えてしまうリスクも高くなる……手詰まりというのなら、動き出すべきだろう。
そう思い立ち上がろうとした時、ロサナと目が合った。
「行くの?」
確認。それに頷き立ち上がると、ロサナはリミナに呼び掛けた。
「それじゃあ予定通り、私が行くわ」
「お願いします」
「……今度はロサナさんと、か」
「何か文句が?」
「いえ、何も」
そんな問答を行った後、俺とロサナは動き出す。こうやって彼女と二人で行動するのは珍しいのだが、まあ別に苦手意識とかがあるわけでもないので大して気にはしていないのだが――
「リミナを、救ったそうね」
ロサナは歩きながら俺に語りだした。
「正確に言うと、ノディが最終的には助けたんですけど」
「そうね。でも、レンはリミナがどう考えているのかを理解した」
興味深そうに話す彼女の顔つきは、笑み。
茶化すような方向できたか……気を紛らわす雑談の意味合いだってあるのかもしれないけど。
とはいえ……俺としてはちょっと押し黙る結果となる。
「どうしたのよ?」
ロサナが問う。話してもいいのかどうか――
「何かあるならぜひ話して欲しいけど」
彼女の性格上、俺が何かを抱えている態度を見せたなら話し出すまで追及してくるだろうな。話を振られ俺が誤魔化しきれなかった時点で、勝負はついてしまったのかもしれない。
「……リミナから、詳細は聞いたんですか?」
「詳しいことは何も。でも、どういう幻術世界だったのかは、容易に想像できるもの」
彼女にとってはバレバレだったんだろう……そこで俺は、口を開く。
「リミナがどう考えているのか、直接訊いてはいないんですよね?」
「それは、まあ」
「ということは、幻術世界でリミナと一緒にいた俺が、本当に俺なのかはわからないですよね?」
問い掛けに、一度ロサナは眉をひそめた。しかしやがて、
「ああ……そういうこと」
理解した様子だった。
「なるほど、そういう風に疑問を感じたわけね……ふむ、微妙な表情をしているのが納得できる」
「……表情に出てます?」
「うん」
自分の顔に手を当ててみる。当然表情なんてわかるはずもないのだが――
「なるほど、よくわかったわ。それは今後の課題のようね」
ロサナはそう述べると話題を打ち切った……今後の課題って、いずれ蒸し返すつもりなのだろうか。
まあ、俺としてはこれ以上語ることもできないので……とりあえずこの話は終わりにして、仲間を助けることにしよう。
そして俺達は光を見つけ中に入る――疲労は回復した。俺は気を引き締め直し、この世界にいる人物を助けるべく動き出した。




