困惑と相談
俺はノディを待つ間に、なおも考える……結論が出ないことは百も承知なのだが、頭が考えるのをやめなかった。
先ほど幻術世界のレンと腕を組んでいたリミナだが……表情などからどちらかなどと察することはできなかった。
もし、自分だったなら……あるいは俺ではなくこちらの世界にいた本来のレンだとしたら……色々考えている間も幻術世界の中で時は過ぎていく。ノディは大丈夫だろうかと内心不安に思い始めた時、変化が起きた。
魔力が、どこからか発生したような気がした。もしや――などと思った矢先、宿を見上げる。今の所変化はない。しかし、何かしら感じた以上はノディが行動したのだろうと察しをつけることはできた。
ここから何も変化が起きなかったとしたら、おそらく失敗したということ。今度は俺が……いや、誰か別の人間を呼ぶべきか――
そんなことを思っていた時、突如宿の窓から白い光が漏れた。あっと思う間にその光は外に漏れ出し、街を侵食していく。
成功したようだ……そう思った直後俺もまた光に飲み込まれ、気付けば魔王城の廊下に立っていた。
「成功、ってことだな」
改めて呟いた後、良かったと胸中胸をなでおろす。後はリミナが出てくるのを待つだけ……というわけで、俺は部屋の前で待つことにした。
少しすると、扉が開く。周囲を警戒するように顔を覗かせたリミナを見て、俺は声をかけようとした。
だがその前に、彼女の視線が俺へと向く。刹那、
「あ……」
ビクリ、とリミナの肩が震えた。
「ゆ、勇者様……」
「ああ、リミナ。大丈夫か?」
問い掛けるが、彼女はどこか心ここにあらずといった感じで、狼狽えている。
何かあったのか……とはいえ、事情を説明する必要はあるだろう。
「えっと、リミナ。実は――」
「なんとなく、想像はつきます。魔法によって私は捕らわれていて、助け出されたと」
言いながら彼女は部屋を出る。そして上目遣いをしながらリミナは、尋ねる。
「そ、その勇者様……み、見たんですよね?」
「え? あ、えっと……」
頭をかく。彼女なりに思う所はあるだろうな。俺としてはあのレンがどっちなのか気になってしまって、あまり感想も浮かばないんだが。
「……その」
「み、見たんですよね?」
――そこで、リミナの顔が紅潮していることに気付いた。
単に腕を組んでいるとか、そういう光景を見られたというのとは少し違う気がする……反応がずいぶんと大きい。これは一体――
「……最後に魔法を使ったのは、ノディだよ」
ノディ――その言葉に、彼女の体がまたも跳ねる。
「ノ、ノディさん……?」
「魔法を使用すると、強制的に魔王城から出てしまう。俺は仲間を救うため猶予があったわけだが、残り一回……そういう事情で、彼女が宿に踏み込んで魔法を使った」
「えっと……それでは、勇者様は……」
「外で様子を見ていたよ。まあ、色々と言いたいことはあると思うけど……」
そこで、リミナが深いため息をついた。明らかに安堵の意味合いを持つものであり、こちらとしては反応に首を傾げる。
「……何か、あったのか?」
「いえ! その、何でもありません!」
途端に大声を上げ首を振るリミナ。うーん、反応からすると俺には見られたくなかったということか――
そこまで考えて、一つ俺は思いついた……いや、思いついてしまったんだが……待て、これは考えるべきじゃないな。
「……えっと」
さらに頭をかきつつ、俺はどう告げるべきか迷う。
「と、とりあえずノディさんには後でお礼をします」
するとリミナが口を開いた。
「それで、状況を説明しもらえないでしょうか?」
無理矢理話を変えようとする彼女。その態度を見て――いや、何も言うまい。
その時、リミナはこちらの薄い反応に気付いたようで、慌てた表情から一転、首を傾げた。
「あの、どうなされましたか?」
俺は何も答えない……このまま沈黙していれば、こちらの疑問が悟られてしまうかもしれない。
彼女としても答えにくいものだろうし……ここで尋ねるのはよそう。そう結論を出し、口を開いた。
「ごめん、何でもない……それじゃあ、説明するよ」
リミナに事の一切を話した後、俺は一度入口付近まで戻る。フィクハの言葉を思い出したためだ。
当のフィクハは相変わらず床に手を当てていたのだが、靴音に気付いたようで立ち上がり振り返った。
「……ああ、リミナ。無事だったみたいね」
「はい」
「事情についてはどう?」
「勇者様から聞きました」
フィクハの言葉に、彼女は自身の胸に当て応じる。
「私の力が必要だということらしいですが」
「うん、そうだね……ただ、一つ。これには覚悟がいる」
「覚悟?」
「私の策が通用するとわかった場合、魔王と戦う五人の一人に選ばれることになるかもしれない」
その言葉により――リミナは途端、顔を引き締めた。
「……私が、その中にですか?」
「ただこれはレンの許可を取らないといけないんだろうけど」
「……フィクハとリミナを参加させたら、それでメンバーが決定するな」
「だよね。レンとしては不服?」
「そういうわけじゃないけど……俺の一存では決められない」
ルルーナやイーヴァと相談する必要がある……俺はフィクハの近くにいるイーヴァに言及。
「ある程度落ち着いたら話すということで」
「いいだろう」
返事を聞いた後、俺はフィクハに言及。
「対策の内容は、魔王に聞かれている可能性を考慮して何も言わなくていいけど……とりあえず、保留ということで」
「了解。ま、私の方はきちんと策が成功するかどうかもわからないし、全員救い出した後、使えるかどうか判断するまで結論は持ち越しでいいよ……さて」
フィクハは軽く腕を回すと、床に目を落とす。
「続きをやるとしますか……と、そうだ。リミナはこれからどうするの?」
「……どうしましょうか? フィクハさんの策に必要なのだとしたら、私は残っていた方がいいですよね?」
「それもそうだな。で、俺も魔法は残り一回だし、仲間もいない。少し様子を見るべきだろうな」
俺の提案に、リミナも同意。俺は他の仲間達の状況を確認するべく、ここで待つことにする。
フィクハが作業を再開し、リミナと雑談に興じる。それを見つつ俺は周囲を見回す。そこで、グレンと目が合った。
「……俺達以外に、戻っては来ていないよな?」
「ああ、来ていない」
確認に対し彼はそう答える。となれば、残る二組は光の中だろう。
「レン、少し休んだらどうだ?」
ふいにグレンから問い掛けられた。こちらは首を傾げ、聞き返す。
「休む?」
「休憩を多少挟んだとはいえ、今まで相当動いていたわけだろう? なら、仮眠でもして疲労を回復した方がいいんじゃないかと思ったんだが」
そこで彼はリミナに視線を送る。
「ペアとなる人物もいない……加え、レンがいなくとも他の面々が動いている。焦るのもわかるが、休める内に休んでおいた方がいいかもしれない。全員救い出した直後、いきなり攻撃を仕掛けられる可能性だってある。そうなった時疲労困憊では、目も当てられない」
「確かに、そうかもな……」
自分の体に体調はどうかと問い掛けてみる。悪くはないが、確かに精神的ものだけではなく肉体的にも疲労してきているかもしれない。
「……何かあったら、起こしてくれないか?」
「わかっている」
グレンの言葉に俺は「頼む」と告げ、壁を背にして座り込む。
さすがに横になるわけにもいかないので、眠るとしても浅いものになると思うけど……考えつつ、俺は静かに目を閉じた。




