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異世界で勇者をやることになりました  作者: 陽山純樹
幻術世界探索編

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英雄の懇願

 部屋に入った瞬間、まず騎士団長の声が聞こえた。


「検討した結果だが……陛下は採用してもいいという発言をしたが、それでは筋が通らないということになった」

「つまり……無理だと?」

「提示した条件を満たさなかった以上……ということだ」


 空気が重くなる。ナーゲンは肩を落とし、しばし沈黙する。

 部屋の外にいるエリッカはどう反応しているのか……何かあればノディ達が報告するだろうから、ひとまずナーゲン達の会話に集中する。


「君自身、不満も大いにあるだろう……だが、これについては理解してもらいたい」


 そこでナーゲンが顔を上げる。何か言い募ろうとしたようだったが――


「そしてもう一つ、君に話があってここに来た」

「話?」

「そうだ」


 むしろそちらが本題と言わんばかりの様子……セシルの件だろう。


「単刀直入に言う……闘技大会の勝者を特例として受け入れると、昨日言った――」

「――まさか」


 ナーゲンは言う。それに騎士団長は頷き、


「もう一人の弟子であるセシル……彼に、城側は大いに興味がある」

「ちょっと待ってください」


 彼の発言に、ナーゲンは抗議の声を上げた。


「それは……そもそもセシルは、こうした形で騎士になることを――」

「無論階級は騎士ではない。彼は闘技大会の勝者として屋敷なども与え……闘士という立ち位置で、城の仕事も請け負ってもらいたい」

「しかし、それは――」

「既に、彼の所に使者を派遣した」

「な――」


 ナーゲンは絶句。一方的に話を進められてしまい、戸惑っている様子。


「君は一つ勘違いしているようだが……決勝で力を見せた以上、私達も彼について検討した……それだけの話だ」


 詭弁、に聞こえなくもないが、城側としてはそれだけセシルに興味を持ったということなんだろう……だがそれでナーゲンが納得するはずがない。


「しかし――」

「彼女が騎士に憧れているというのは知っているし、だからこそ推薦するのはわかっている」


 騎士団長が、ナーゲンの言葉を止める。


「だがナーゲン君。闘技場にいる人間ならば理解しているはずだ……あの場は地位も、年齢も、性別も関係ない、ただ実力だけが優先される世界。セシル君はその実力を私達の前で見せた。だからこそ特例という形で、私達も目をかけようと思っている……それとも」


 そこで、騎士団長はナーゲンに告げた。


「彼と私達が接触することに、まずい点でもあるのか?」


 ナーゲンは沈黙する。そこに騎士団長は追撃をかける。


「ナーゲン君、君が彼女に入れ込んでいるというのは私もよく理解している。だが、ひいきした結果不幸になるのは彼女だ。確かに君は彼女のために私達に話をした……だが、闘技という世界の中にいる以上、実力だけがものを言う。中途半端な実力を持って特権を与えられれば、最終的にまずい立場となるのは彼女だぞ?」


 言っていることは、間違ってはいないと思う……実力を勘案し選んだという点を考えれば、騎士団長側――つまり城側の人間の方が正しい。

 一方のナーゲンの言葉は筋が通っていない……エリッカのことを優先させようとしているため、実力を見るという点が歪んでしまっている。


「君もわかっているはずだ。闘士が騎士になるということの難しさを……彼女もまだ若い。今回はセシル君に軍配が上がったわけだが、次挑戦した時どうなるのかはわからん。君のやるべきことは今ここで私と口論するよりも、彼女に稽古をつけることではないのか?」


 至極まっとうな意見だった。ナーゲンも理のある言葉に沈黙する。


 しかし、


「……もう一度」

「ん?」

「もう一度、見てやってはもらえないでしょうか」


 思わぬ発言。それに騎士団長は顔をしかめる。


「それはつまり……再度彼女のことを見分すると?」

「はい。相手は再度セシルで……」

「あの決勝戦以上の緊張感を保てるわけでもないだろう。単なる模擬試合で実力を判断するのは難しいな」

「そこをなんとか、お願いできませんか」


 ナーゲンが乞う。俺は不安になってきた。こうまで執拗に言い続ける彼。なぜそこまで――


「その、彼女の実力は私が保証します。今すぐにでも再戦すれば、あの決勝戦での戦いとは別の結果となるはずで――」

「君の目は、節穴になったのか?」


 辛辣な、騎士団長の言葉。


「あの戦いを最初から最後まで見ていたのならば、わかるはずだ。セシル君が徐々に彼女を上回っていく光景……その姿を見ていれば、今再び戦ってどうにかなるとは思えないはずだ」

「それは……」

「なぜこうも彼女の事を擁護するのか私には理解しかねるが……話は終わりだ」

「待ってください。私の言ったことは本当です」


 なおも食い下がるナーゲン。騎士団長は難しい顔をして、さらにナーゲンは彼に頼み込むようにして続ける。


「彼女の実力は、私が一番把握しています。あの決勝では、パフォーマンスの全てを出し切れていなかった。だから――」

「……もう、やめてくれ」


 横からの声だった。俺はすぐさまセシルに視線を移す。

 そこには、無念そうに目を伏せる彼の姿があった。


「ああ、そういうことか……理解したよ。こんな会話聞いていれば、ショックを受けるのは当然だ……エリッカを追い込んだきっかけは、間違いなくこれだったんだろう」


 セシルが断言。俺はそのコメントに沈黙するしかなく、


「……一度、頭を冷やした方がいい」

 騎士団長は告げると、席を立つ。

「セシル君には使者が行っている。君の言ったことについてはこちらも持ち帰るが……期待はしないでくれ」

「いえ、私は本当に――」


 騎士団長はナーゲンを半ば無視するように歩き出す。それを追うナーゲン。

 外にはエリッカがいるはず。セシルの態度を見れば、彼女だってショックだったはず。ならば、この先待ち受けるのは――


 騎士団長が扉を開く。そして、


「あ……」


 正面に、立ち尽くしたエリッカが立っていた。それにより、騎士団長は目を細める。


「……聞かれていたか」


 頭をかく。対するナーゲンはエリッカを見て呆然。


 ――ここで、俺は判断の時だと悟る。おそらくエリッカはこの場を走り去るだろう。ナーゲンはそれを追うはずだが、その結果二人は会話をするのか、それとも結局できないまま終わるのか。


「セシル、現実でこの後どうなるのかわかるか?」

「……エリッカは、以後訓練には来なかった。自主的にやっていると言っていたけど、おそらくナーゲンさんと会いたくなかった。きっとこの場で、逃げたんだ」


 静寂が辺りを支配する。廊下でエリッカの隣にいるルルーナやノディは、セシルを見据えどうするのか答えを待っている。

 だが、セシルは答えない……いや、彼自身も迷っている。


 こんな沈黙すぐに終わってしまうだろう。決めなければ。そして、もしエリッカがナーゲンと会いたくないために行動していたとしたら、幻術に捕らわれたナーゲンが望む未来は――


 底なし沼のような深い沈黙がなおも続き……やがて、エリッカが客室に対し一歩後退する。


「……待て」


 ナーゲンが言う。セシルが答えを導き出さないまま、時が動き出す。

 エリッカは答えない。その表情は悲しみや、怒りなど……様々な表情が絡み合ったもので、セシルの言う通りショックを受けているのだろうと容易に想像できる。


 セシルの答えはまだ。いや、彼自身内容を聞いて動揺しているのかもしれない――そう判断した俺は、剣の柄に手を掛ける。


 魔法を使ってこの場に介入する――とはいえ、残り二回である以上仕損じたくはない。けれど何かここで行動を起こさなければ、ナーゲンを救い出すことはできないという直感が頭の中にある。


 だから俺は――エリッカが走り出そうとする光景を捉えた瞬間、剣を抜いた。


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