判断の時
以後、ナーゲンは屋敷へと戻り自室へ。結局セシルに対し労いの言葉はなかった。
「実際なかったし、ナーゲンさんの姿を見ればエリッカに対し色々と憂慮していたんだろうし、仕方ないね」
それだけ語ったセシルは、小さく息をついた。
「なんだか……思ったよりも複雑な経緯があるようで、僕としても驚くよ」
「……確認だが、現実世界でエリッカさんの話は――」
「自殺して以降、何もなかったな。ナーゲンさん自身、僕の前で話さないよう考えていたのかもしれない」
なるほど……セシルを配慮してのことだろうか。
「ま、僕としてはできればきちんと話してもらいたかったというのが本音だけれど……それを言っても仕方がない」
セシルがそう言及した時、ナーゲンは侍女を呼びつけた。
「……夕食にしよう」
「かしこまりました」
一礼し出ていく侍女。それを見ながら俺は、セシルにさらに質問する。
「ちなみに、この時点でセシルは何をしていたんだ?」
「表彰が終わった後、家に戻ると知り合いが集まっていて宴会だよ。ナーゲンさんが一度も現れていないことは多少気になったけど……それよりも、来る人の対応で手一杯だった」
「ちなみに、エリッカさんは来たのか?」
「来なかったよ。負けたのだし、当然と言えば当然だろう」
それもそうか……俺は彼女の事も気になったが、すぐに思考を切り替えナーゲンを観察。
ただ、これ以降はナーゲンも感情を露わにすることなく、食事を行い、溜まっていたと思しき仕事を行い――日常と呼んで差し支えない生活をし始める。
やがて夜となり、ナーゲンは一人晩酌をするような段階。加え眠る準備までし始めたため、俺とセシルは相談を行う。
「とりあえず、集合場所のセシルの屋敷に向かうか?」
「そうだね。こんな時間に来客などもないだろうし」
ルルーナ達はまだエリッカのことを追っている可能性もあるが……俺達は結論を出し、ナーゲンから離れることにした。
屋敷を出る俺達。暗い世界の中を進み、やがて目的地であるセシルの屋敷近くに到達。
そこには既にルルーナ達が待っていた。
「来たな」
ルルーナが呟くと同時に、俺達は彼女達と向かい合う。
「そっちは、いいのかい?」
「既に眠ったからな」
セシルの質問にルルーナはそう答える。
「さて、情報交換といこうか……そっちはどうだった?」
――問い掛けにより、セシルが話し出す。ナーゲンがずいぶんとエリッカに対し執着していたことを伝えると、ルルーナは「なるほど」と応じる。
「わかった。どうやらエリッカという女性は、それを避けるような感じで動いているのは間違いなさそうだ」
「それは?」
俺が首を傾げ問い掛けると、ルルーナはこちらと目を合わせながら答える。
「決勝戦が終わり控室に入った直後、彼女はすぐさま逃げるように闘技場を後にしたからな。ナーゲン殿が来るのをわかっていた素振りもあった」
「となると、彼女は……」
「ナーゲン殿が色々と工作していたのを、気付いていたのかもしれない。ただ直接明言したわけではないため、あくまで仮定の話だ」
腕を組むルルーナ。ふむ、そういう可能性を考慮すると、悪い方向に話がいっているのは間違いなさそうだ。
「個人的な勘だが、ナーゲンが後悔している点というのは、この闘技大会からさほど時が経っていない時に発生したことのように思える。明日一両日監視をしてみて……その間に、進展があるかもしれないな」
「そっか……ところでセシル。どうやってナーゲンさんを解放するか、手段は思いついたのか?」
「いくつか案はあるけどね。でも、エリッカやナーゲンさんがどういう行動を取るか注視しないと、判断はできない」
そう述べたセシルは、俺達を一瞥し続ける。
「明日は引き続き二手に分かれて調べることにしよう。ルルーナはさっきそれほど経たずしてと言ったけど、エリッカ自殺するのはまだ先だから、どう転ぶかわからない……もし何かあれば報告してくれ」
「幻術世界のセシルの方はいいのか?」
ルルーナが確認を行うと、セシルは頷いた。
「ああ。城の人間から話は来るんだけど、エリッカなんかと接触するわけじゃないからね。だから僕のことについては無視してくれ」
「了解した……今後もエリッカについて監視することにしよう」
決定……というわけで、俺達はそれぞれの持ち場に戻る事となった。
翌日、ナーゲンは起床し朝食をとる。平凡な一日であり、特段変わった様子はない。屋敷の様子も非常に穏やかであり、決勝戦翌日という雰囲気もあんまりない……って、当たり前か。
けれど、セシルが決勝の翌日城から勧誘されたことを踏まえると、何かしら動き出すはずだ……そんなことを思いつつナーゲンが食事を終え、身支度を済ませた様を見た時、侍女がナーゲンの部屋を訪れた。
「お客様です」
「客?」
「はい。騎士団長様が」
ナーゲンの眉がピクリと動く。そこでセシルが発言した。
「おそらく、僕の所に行く前に話をしに来たんだろう」
なるほど……理解しつつナーゲンを観察していると、彼は「わかった」と短く答え部屋を出た。
客間に入ると、騎士団長が一人窓に近づき外を眺めていた。それにナーゲンは声をかけると、騎士団長は「ああ」と答え、話し始めた。
「すまないな、急に訪れてしまい」
「いえ……どうしましたか?」
「決勝の件を勘案し、私達の結論を述べておこうと思ってな」
いよいよ話す……俺とセシルがゴクリとつばを飲み込み、さらにナーゲンはひとまずソファに着席するよう騎士団長を促した。
なんだかこっちが緊張してきた……そんなことを思いながら見ていた時、
「レン」
声を掛けられた――セシルではない。その声は、なぜか――
「――ノディ?」
振り向いた。そこにいたのは、エリッカを監視していたはずのノディ。
「どうしたんだ?」
「いや、それが……」
言葉を濁す彼女。俺とセシルは一度互いに目を合わせ……一つの確信を抱く。
まだ本題を切りださないナーゲン達を見てから、一度外を確認。客間から右方向に玄関があるのだが、そちらから廊下を進んでくる――エリッカの姿。
「まさか……」
「だろうね」
セシルが応じる。エリッカの後ろにはルルーナもいて、彼女はこちらを見て小さく頷く。
「これが、原因かもしれないよ」
そしてノディは俺達に言う。エリッカがどんどんこちらへと突き進んでくる。おそらく彼女はナーゲンに会いに来た。何を相談しようと思っていたのかわからないが……決勝の翌日、彼女は屋敷を訪れたのだ。
そして、
「――まず、ナーゲン殿。あなたが推薦したエリッカ君について、話をさせてもらう」
客間から声が聞こえ、エリッカは扉の前で立ち止まった。
「……この声は」
気付いたらしく、扉を凝視。そこで俺達は一度視線を合わせ、
「おそらく、ここが決断の時だ」
ルルーナが、セシルに述べた。
「彼女がこれを聞いていて、さらにナーゲンは対処できなかったといったところだろう……現実では話ができたのか、それとも逃げられたのかはわからない。だが、この会話が聞かれたから、という可能性は極めて高い」
「だろう、ね」
セシルも同意。そして、
「会話が終える間に決断するよ……まずは、内容を聞こう。ルルーナ達は、エリッカを観察していてくれ」
彼は言い――俺とセシルは改めて、部屋の中に入った。




