父と娘
ナーゲン達の部屋に戻ると、大臣や騎士団長達が出て行こうとするところだった。
「あ、あの――」
「検討はさせてもらう。彼女も全力で応じた……私達も、真剣に考えさせてもらう」
そう言い残して彼らは去った――残されたのは、ナーゲンただ一人。
彼は肩を落とし、闘技場を見下ろす。窓に近づき眼下を確認すると、まだセシルとエリッカが対峙する姿があった。
「……すまない」
その時、ナーゲンが零す。後悔しているようだが――
「ナーゲンさんとしては、勝ち負け関係なく彼女を採用して欲しかったということなんだろうね」
セシルが呟く。その顔には、複雑な表情。
「ナーゲンさんとしては、この戦いについて思う所があった……そして、僕らが手を出さずとも戦いの結末は現実通りとなった……ナーゲンさんが望んだ未来は、もっと先にある何かということで間違いなさそうだ」
彼が解説する間に、闘技場の中にいるセシル達が動き出す。これから表彰が行われることになるはずだが……ナーゲンは二人の姿が見えなくなった後、歩き出した。
「追うよ」
セシルが言う。俺は彼と共にナーゲンの後を追う。
突き進んでいく間に、おおよその目的地が理解できてくる。この方向は、エリッカの控室。
「労いの言葉でも掛けるのかな」
「かも、しれないな」
セシルが語る間に控室に到着。ナーゲンはノックした後その扉を開けるが――彼女は既に、いなかった。
「そういえば、一つ思い出した」
そこでセシルが呟いた。
「怪我を多少したという理由で、表彰の時エリッカは来なかった」
「来なかった……それじゃあ彼女はどこに?」
「さあね。その辺りはノディ達に改めて聞くしかないとして……」
そう呟いた時、立ち尽くしていたナーゲンは腕を組んだ。
「待つか? それとも、探しに行くか……」
考えている様子。ルルーナ達がエリッカの後を追っているので、情報は手に入れることができる。ひとまず、ナーゲンの行動を注視しよう。
そこでふと、俺は別のことをセシルに尋ねる。
「この時、セシルはどうしていたんだ?」
「僕は……控室で表彰を待っていた」
「エリッカが会いに来たりは……」
「しなかったよ」
答えたセシルは、ナーゲンを見ながら難しい表情を見せた。
「どうした?」
「……エリッカは、察しの良い人だったから、もしかするとナーゲンさんがどういう行動をしているのか把握していたのかもしれない」
セシルが言う。それはつまり――
「エリッカが表彰に現れなかったのは、その辺りのことも関係しているのかもしれない……推測しかできないからこれ以上どうとも言えないけれど」
「その辺りのことについては、後でノディに聞いておこう」
「そうだね」
同意した時、ナーゲンは小さく息をつき、手近にあった椅子に座った。どうやら待つつもりらしい。
「表彰に来ないとは、ナーゲンさんも思わなかったんだろうね」
「だろうな……エリッカさんが気付いていたとしても、ナーゲンさんはそれを把握できなかったということなんだろうな?」
「だと思うよ。もしかすると、その辺りのことで後悔しているのかもしれない」
――ナーゲンとしては、大臣や騎士団長と話すのは善意からのものだろう。しかし、もしエリッカがナーゲンの行動を知り、こうして姿を消したとしたら……彼女は今、どう思っているのか。
「……エリッカ」
ナーゲンが呟く。さらに天を仰ぎ見るように顔を上げる。
「ナーゲンさんは、余程エリッカのことを気にしているんだな」
そこで俺は一つ言及。するとセシルは「当然だよ」と答えた。
「言ってみれば、ナーゲンさんとエリッカは父と娘みたいな関係だった」
「父と……?」」
「エリッカはずいぶんと世話焼きだったからね。僕の家に来て料理作ったりもしたんだけど、ナーゲンさんに対して立ってだって色々と気を遣っていた……」
「その口上からすると、セシルは弟みたいな感じか?」
「どうかな……僕としてはライバルだったんだけどね。エリッカだって少なくとも決勝の舞台で戦った時は、そう思っていたはずだ」
椅子に座るナーゲンを見ながらセシルは語る。
「ナーゲンさんは、僕やエリッカという弟子を平等に見ていた、と僕は思っていた。けれど、ああやって大臣や騎士団長に根回ししている所を見ると、僕の考えていることとは少し違うのかもしれない」
「エリッカさんに、ずいぶんと肩入れしていたということか?」
「その可能性が高いかもしれない……あ、別にそれが不快だとは思っていないよ?」
「わかっているさ」
頷いた俺に対し、セシルは息を大きく吐き、なおも語る。
「ナーゲンさんなりに、理由があったんだろうとは思うけどね……ただ、何かしら相談くらいは欲しかったかな」
「セシル……」
「こんな風に幻術に捕らわれているとしたら、よっぽど後悔していたんだろうし……ま、気付けなかった僕にも責任がある、かな?」
自嘲的に述べた時、控室にローブの女性が。おそらく表彰式のことを言い渡しに来たんだろう。だがナーゲンしかいなかったため、彼と会話を始める。
そしてどうやら、エリッカがどこにもいないとわかる……ナーゲンは「探してこよう」と呟き、外に出る。
俺とセシルはそれに追随。駆け足で闘技場内を回るナーゲンの後を追う。
「おそらく、もう闘技場にはいないんだろうな」
「だろうね」
セシルも同意。ナーゲンはしばし闘技場内を見回るが……見つからず、時間も差し迫ってくる。
やむなくナーゲンは実況を行うノウェルの下へ。彼はなおも実況の部屋にいて、エリッカがいないことを伝える。
「そうか……大臣達が彼女に何か言ったのか?」
「接触していないはずですが」
首を振るナーゲンに、ノウェルは難しい顔をする。
「……ひとまず、優勝したセシル君のこともある。先ほどの激戦により動けなくなったとでも理由をつけ、予定通り式を行おう」
「わかりました」
ナーゲンの同意の後、ノウェルは配下に指示を送る。忙しなく移動し始める運営の人間達。それを見守りつつ、俺とセシルはナーゲン達の会話を聞く。
「……エリッカは――」
「いずれ事情を聞けばいいだろう。単に決勝で負け悔しかった、などという理由かもしれないから」
ノウェルの言葉に、ナーゲンは「そうですね」と同意。王の言葉にどこか救われたような表情まで見せ……相当不安を抱いているのがわかる。
ナーゲンはその後ノウェルと会話をせず部屋を出る。表彰式が始まろうとしている段階で、ナーゲンは一人廊下を歩いていた。
「……私は」
呟くナーゲン。その顔は歪んでいて、決勝で起こった出来事を悔いているようなもの。
俺としては、ずいぶんとエリッカに執着していると思い……なおかつ、セシルが気になった。ナーゲンの今の表情は、下手すると「セシルが負け、エリッカが騎士となる」未来を望み、今の結果――つまりセシルの勝利を心から望んでいないようにも見え――
「大丈夫」
セシルは言う。俺の懸念に対し、答えた。
「別にショックではないよ……けど、幻術世界から抜け出したら、少しばかり話をしないといけないな」
「……そうだな」
やがて、実況の声が聞こえ始める。表彰式が始まったらしく、歓声も聞こえる。
その中でナーゲンは一人、廊下を歩いている。その顔はどこまで苦悶であり……これからのことを憂慮している風にも見えた。