闘士の選択
「この勝負……セシルが勝ったのか?」
俺はセシルに問い掛ける。すると、
「……ああ、この戦いは僕の勝利で終わる」
セシルはひどく辛そうに答えた。
「互いに健闘を称え合い、僕らは最高の形でこの闘技大会決勝を終えた……けれど、幸せな時間はこの一日だけだった」
「何が、あったんだ?」
「優勝した翌日、僕の所に使者が来た」
「使者?」
「国からの使者だ……僕を、闘士として王室が迎え入れたいと」
特例――俺は先ほど大臣が発した言葉を思い出す。
「本来、ここで成された会話はエリッカに対するものだったはずだ……けれど、彼らは決勝で勝利した人間を受け入れるという形にすり替えたんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それはつまり――」
「もしエリッカがこの決勝で勝ったなら、きっと彼女が今の僕の立場に収まっていた……と、思う」
引っ掛かる物言い。一体どういうことなのか?
「……ここからは、あくまで伝聞に基づいた推測だ」
セシルが言う。事の核心――
「結論から言えば、彼らはエリッカのことを口実にして、僕を城に迎え入れたかった」
「……え?」
「騎士団長や防衛大臣の目は、節穴ではなかったということだよ。彼らはいち早く僕の技量を把握し、エリッカよりも僕を迎え入れるべく算段を立てた」
「それが……さっきの話?」
「僕を迎え入れるために、上手い事口実を作ったといったところだろう。ナーゲンさんはお願いする立場であったため、受け入れるしかなかったんだ」
両の拳を握りしめるセシル。その表情は、悔しそうだった。
「僕は……決勝でエリッカと戦った時、感じたんだ。この時僕らの技量は互角だった……試合が始まるまでは」
「始まるまで……ってことは――」
俺が問おうとした時、セシルは深く頷いた。
「エリッカは確かに強い……けど、僕の成長速度がエリッカとの戦いを通じて、彼女を一歩追い越してしまった」
「それで、勝ったのか?」
「ああ……僕は無我夢中で剣を振った。結果、エリッカを倒した。そして――」
セシルは騎士団長達の背中を見つめる。
「本来ならエリッカが手にするべきだった特権を、僕が手にし……彼女は、自殺した」
「自殺……!?」
「決して心が弱い人じゃなかった。けれど……きっと、ナーゲンさん達が何をやっていたのか、話をどこかで聞いてしまったんだろう」
「知ったからこそ……?」
「彼女がどう考えていたのかは、僕もわからない……使者が来た段階では僕の事を祝福するような素振りもあった。あれは演技だったのかもしれないけど……」
セシルは俯きながら語る。その言葉全てに、重みがある。
「ナーゲンさんは、こうした密談の経緯があったから後悔しているのかもしれない……本人に訊いてみなければわからないけれど、自殺の原因は自分にあるのではと考えているのかも」
「……そうか」
俺は相槌を打ちつつナーゲン達を見る。なおも話をしていて、ナーゲン自身大臣達の要求に対し不服と思っている様子。
あるいは、この時点でナーゲンも彼らの目的に気付いたのかもしれない……俺が視線を送り続ける中、さらにセシルが口を開いた。
「ナーゲンさんを解放する手段としてはいくつもあるけれど……どうするか」
「接触させて、違和感を覚えさせるのが一番かな? セシルとしては、それでいいと思うか?」
「……どうだろうね」
腕を組むセシル。
「僕らがここに到達したのは闘技大会決勝だったわけだけど……それよりもずっと前から幻術が始まっていると思う。僕はエリッカと共に剣の指導を受けていたから、ナーゲンさんとエリッカがスキンシップでボディタッチくらいしていたのは見ていたし……そういう光景を経ても解放されないというのなら、単純に接触させただけでは難しいのかもしれない」
「となると、何かアクションを起こす必要があると?」
「うん……レン、一つ疑問なんだけど、この闘技大会はどちらの勝利で終わると思う?」
「……え?」
思わず聞き返す。それにセシルは表情を変えぬまま話す。
「これがナーゲンさんの望む世界を形成するのだとしたら……この戦いの結末は変わる可能性がある」
「そっか……場合によってはエリッカさんが」
「そう。勝つ可能性がある……そこからは、僕自身どうなるか予想もつかない」
……なるほど、ここで決断に迫られるというわけだ。
魔法を使うことで、試合に干渉することは可能なはず。となれば、決勝戦の戦いを俺達が望む方向に持っていくことはできる。
問題は、この幻術世界でナーゲンがどのような結果にするのかということと……彼を目覚めさせるには、どちらの方がいいのか。
「もし決勝でエリッカが勝てば、ナーゲンさんの目覚める可能性は上がる、かもしれない」
セシルが言う。どういうことだ?
「エリッカが勝ったとしたならば、ナーゲンさんにとっても……そして僕にとっても見たことがない世界となるわけだ。そういう世界に違和感を持つ可能性は、十分あると思う」
「でも例えば、フィクハなんかは望んだ世界の中で特に違和感なく暮らしていたけど」
「そう? でも、彼女がその後勘付いた可能性は否定できないな」
「なぜだ?」
「僕が、そういう風に突破したから」
セシルの言葉は、とても明瞭なものだった。
「言ってみれば、幻術世界の中が現実と大きく異なり始めた……僕はそうした違和感をきっかけにして、最終的に抜け出した。僕ができた以上、ナーゲンさんの強靭な精神力が違和感を気付けないはずがないと思うんだけど」
確かに、ナーゲンさんなら……そういう考えもできる。
「とはいえ、どちらを取るべきか断定はできない……エリッカを勝たせるのがいいのか、それとも僕を勝たせるのがいいのか」
「その時点で介入し、違和感を抱かせることのできる可能性は?」
「どうだろうね……」
肩をすくめるセシル。これに関してはどちらも可能性があるとしか言いようがないか。
ここで考える。セシルを勝たせた場合は、ある程度未来を予測できるのが利点……ナーゲンがどういうことでこの件について後悔しているのかはある程度理解できた。だからナーゲンの動向を観察しつつ、魔法で干渉するというやり方はある。
エリッカを勝たせる場合は、話がどう転ぶかまったくわからない……ただ、ナーゲンにとってそれは違和感のある光景には違いないので、彼が自然と勘付くという可能性もある。
ただフィクハの件もあるからな……ここで俺は、セシルが語ったことを思い出す。
「セシル、さっき幻術の内容に関する話をしたよな?」
「話……ああ、願望の内容について判断するということ?」
「ああ。セシルの場合は過去の事例というわけじゃないんだろ?」
「まあ……そうだね」
俺の問い掛けに、セシルはナーゲンに視線を送りつつ思考する。
「確かに、これは過去の事例……となると、僕のように抜け出せる可能性は低いのかもしれない」
「それを考慮した方がいいと、俺は思う」
「そうだね」
「で、セシルとしてはどちらが有効だと思う?」
これについては、事情をよく知るセシルに聞いた方がいい……そう思い問い掛けると、彼は無言で考え始めた。
時間が掛かる様子……俺は待つ構えを取る。ただ、直に試合が始まる。あまり悠長にもしていられない。
だから俺は再度問い掛けようとした……その時、
「――僕の考えを、述べさせてもらう」
セシルは言い、俺にどう動くかを伝えた――