英雄達の密談
翌日、俺達はセシルの方針に従い二手に分かれる。
「ルルーナとノディは、彼女の行動に注意していてくれ……で、様子がおかしいと感じたら、集合した時に報告する事」
ひとまず夕方にセシルの屋敷前に集合するということにして、俺達は歩き出す。赴くのは闘技場。ちなみにルルーナ達はセシルが案内した、エリッカの自宅へ。
「なあセシル。結局事情を話さなかったけど……何か、あるのか?」
俺は共に歩く間に一つ質問を行う。ルルーナが説明してくれと言っていたが、彼は結局深くは話さなかった。
「正直、僕の話す内容も推測が多く含まれているからね」
セシルはそう返答し、俺に首を向けた。
「エリッカがどういう結末を迎えたのかは、僕自身理解できている。けれどそこに至るまでの過程については伝聞も多く、推測の部分もある。だから、先入観を持たれるのが怖かった」
「だからルルーナ達には何も話さなかった、と?」
「そういうこと……ある程度状況が理解できたなら、僕も話すつもりでいる」
「そうか……で、闘技場では、どこに行くんだ?」
「レン達が大会を観戦していた、あの部屋だよ」
セシルの言葉と同時に、俺達は闘技場に辿り着いた。そこから一切迷わず俺達は目的の部屋へと向かう。
この時点でかなり人が多く、普通なら衛兵とかに止められそうなものなのだが……俺達の姿は人々に見えていないので、完全なフリーパス……改めて考えると、なんだか奇妙だ。
「さて、到着」
セシルは呟きつつ目的の扉をすり抜ける。続いて俺が入り込むと……そこには、
「おお、そうそうたる面々だな」
セシルが言う……この場には、ナーゲンさんを含め六人存在していた。
一人は見覚えがある金髪に貴族服……ベルファトラスの王である、ノウェルだ。さらにその隣には黄金色の鎧を着た白髪混じりに騎士と、青い鎧を着た若い騎士。白髪混じりの方は騎士団長とか、その辺りの人だろうか?
さらに、白いローブを着た初老の男性と、黒いローブを着た茶髪の男性。こちらは結構若い。そしてナーゲンの六人が、この部屋にいる面々。
「えっと、セシル。誰が誰だか知っているのか?」
「もちろんだよ。黄金の鎧を着ている人が騎士団長で、もう一人が側近。そして白いローブが防衛大臣。黒いローブの人が宮廷の魔法使いにおけるトップの人だ」
それはそれは……俺はゴクリと唾を飲む。
「それでは、行くとしようか」
ノウェルが告げると、若い騎士を伴って退出する……ふむ、ここでも実況を行うということか。
「セシル、この大会も王様が実況を?」
「そうだね。この時から遡り、数年前から実況を行っている……非常に評判がいいよ」
そこでセシルは王が去った扉を見る。
「実況が王様なのは、この大会で僕も初めて知ったんだよ」
「驚いただろうな」
「それはもう……緊張しっぱなしだった」
苦笑するセシル。その時の光景を思い出している様子。
「さて……ここにこれだけのメンバーが集まっている以上、少なくともエリッカのことは伝わっているはずだ」
セシルがナーゲン達に向き直る。眼差しは、ひどく真剣。
「レン、今から僕らはナーゲンさんを救い出す手段を考えるわけだけど……何か方法が浮かんだら、遠慮なく言ってくれよ」
「もちろんだ」
エリッカが鍵なのだとしたら、まず彼女と接近したタイミングを見計らう方がいいと思うが……考えつつ、ナーゲン達の会話に耳を傾けた。
「ふむ、君の言いたいことは理解できるよ」
やがて、騎士団長が話し出す。声の向け先は、ナーゲンのようだ。
「君の一番弟子と二番弟子……もっともどちらが一番かは、今日の決勝で決めることになると思うが」
「はい……それで」
「英雄の申し出は確かにありがたくもある……最近、騎士の中で実力を持った人間も少なくなっている。闘士であるエリッカ君は技量も群を抜いており、なおかつ騎士になりたいという強い意志を持っている……騎士として、有望だろう」
好意的な言葉。なるほど、ナーゲンはおそらくこの決勝の舞台に用心を招き、エリッカを騎士として採用することについて根回ししていたということなのか。
「最近の人間は、魔王という存在を知らない……私達はその時の光景をはっきりと憶えている。ああした惨劇を繰り返さないために……戦力を揃えるために、彼女を採用してもいいかもしれない」
騎士団長はずいぶんと評価している。これなら……そんな風に思いつつ俺はセシルに視線を送り、少し驚いた。
彼の顔が、かなり険しくなっている。
「セシル?」
「静かに」
俺の言葉にセシルは短く告げる。会話に耳を澄ませている様子。俺もその雰囲気に圧され、耳に意識を集中させた。
「私も、準決勝までの戦いを観る限り、その資格は有していると思う」
今度は防衛大臣が話し出す。
「まとう雰囲気も非常に良い。将来良い指揮官になることだろう」
「それでは、エリッカについては――」
「だがな、ナーゲン君」
そこで大臣は、ナーゲンの言葉を遮るように話し出す。
「以前君は、エリッカについて騎士としての採用を考えて欲しいと言っていたな……? そして、その条件は彼女がその資格に足る実力を持っていることだと私は言った」
「はい、そうです」
「決勝の舞台……確かに力は有している。だが闘士から採用するのは、私達としても非常に判断が難しい。そうした採用は例もある。だが現在は、昔以上に難しくなっている。よって――」
そこで、大臣はナーゲンに視線を送る。
「決勝で勝利したからといって、確約はできない」
「それは――」
「陛下に打診したならば、おそらく二つ返事だろう。しかし、それでは王室の権威が成り立たないと思う。加え、こうして話をしているという裏事情がある。英雄が頼み込んで弟子を騎士にさせた……決して悪い話ではないと思うが、それでも反発はあるだろう。その中で悪者とされるのは、私達かそれとも君達か……」
「エリッカを受け入れることの余波を気にしているんだな」
セシルが呟く。俺は彼の見解を訊こうか迷ったが……会話を聞き続けることにした。
「ともかく、例外的な処置はかなりのリスクが生じるということは、認識してもらいたいのだよ」
「もし何かあったなら、責任は私が――」
「そもそも、こうして私達が話をしているのは、彼女は知っているのか?」
騎士団長が問う。それにナーゲンは沈黙した。
話してはいないのか……エリッカの胸中としては、どうなのだろう。
そして城側としては、エリッカを受け入れるメリットよりもデメリットの方が大きいのかも……だからこそ、ナーゲンに話をされても懸念を表明している。
「……どうすれば、よろしいのですか?」
ナーゲンが問う。それに、騎士団長が反応した。
「私達は、決して採用しないというわけではない……実際、強者を受け入れたいというのもまた事実」
「だから、今回は特例という形で処理をさせてもらいたい」
大臣が言う……もしかすると、それを伝えるためにここを訪れたのかもしれない。
「特例、ですか?」
「詳しくは後で話す。やはり純粋な騎士というのは、難しいかもしれない。だがこうして決勝を勝ち残った英雄の弟子ならば、特例とした形で……人々も、納得するだろう。ただしそれは――」
と、大臣がナーゲンに視線を送る。
「この舞台で、しっかりと力を見せた場合だけだ」
「……つまり、エリッカが勝たなければならないと」
「そうだ」
頷く大臣……セシルとエリッカは全力で戦うと言っていた。つまり――
俺はセシルを見る。彼は無念に目を伏せていた。




