闘士二人
俺達がセシルと共に辿り着いた先は、空き地。セシルの説明によると、ここはよく子供が来て遊び場になっているらしい。
移動を重ねた結果、時刻は夕方を迎えそうになっている……そうした中子供の姿はない。
「やっぱり……か」
セシルが呟く。視線の先、空き地のやや奥の方に、二人の人物がいた。
共に一般的な市民服を着た、男女。一人はセシル。近づいてみると、少し過去だからなのか、幾分子供っぽい気もした。
もう一人のほうはやや波打った銀髪を持ち、鼻筋の通った「かっこいい」という形容が似合うような女性。一般的な服ではあるが腰に剣を差している所を見ると、やはり闘士か、などと思ってしまう。
そして俺の目から見て、女性から魔力が感じられた……間違いない。彼女が、鍵だ。
「誰の幻術世界であったとしても、ここで話した光景は僕の中にしか記憶はない以上再現されないはずなんだけど……もしかすると、最初全員が魔法に取り込まれた時、幻術は他者の記憶を混ぜ合わせ、補完しているのかもしれない」
そんなことをセシルが語る……その間に、幻術世界のセシルが口を開いた。
「いよいよ明日、決着をつけることになりそうだな」
「そうね」
肩をすくめる女性。声も見た目同様かっこよく、どこか中性的。
「彼女が鍵のようだが、セシルとはどのような関係だったのだ?」
ルルーナが問う。するとセシルは苦笑し、
「名はエリッカ。僕と同じナーゲンさんの弟子であり、この当時は僕よりも名がベルファトラスでは知られていた……戦績も、僕よりずっとよかったし」
「強かったのか?」
「正確無比の剣術がウリだったよ……僕は相手の癖などを見極め攻撃するけれど、彼女の場合は違った。彼女の場合は、相手の攻撃のリズムを見極め、それをわざと乱して攻撃を仕掛ける」
「乱す……?」
イマイチ理解できず聞き返すと、セシルは俺に首を向けつつ説明。
「攻撃のパターンというか……流れを彼女は見極め、まずは相手の攻撃リズムに合わせ戦う。そしてそれをわざと乱すことで、相手に隙を生じさせ仕留める……彼女もまた、僕と同様この技法を用いて強敵と戦い、勝ち続けた」
「ふむ、エリッカか……」
ルルーナは口元に手を当て思考し始める。
「そのような名、聞いたことがないな……今はどうしている?」
「明日行われる闘技大会決勝をきっかけにして、亡くなった」
言葉に、俺達は一斉にセシルを見やる。
「それは――」
「決勝でどうにかなったわけじゃない……けど、そうだな……僕がその原因の一端を作ったというのは、事実だろう」
無表情で語るセシル。どこか苦悶の表情にも見え……辛い出来事だったのだろうと察することができた。
「彼女は僕と年齢も近く……彼女の方が二つばかり年上だったから、姉代わりの人だった。年齢の分だけ闘士としての期間も長かったから、色々とベルファトラスに関することも教えてもらえたよ……実際、僕がよく行く店は彼女の紹介だったりする」
「そう、なのか……」
原因の一端、ということは直接セシルが殺めたというわけではなさそうだ。けれど、セシルの表情からすると、後悔しているのが明確にわかる。
「……僕は、それなりにこのことについて折り合いをつけていたし、エリッカからも色々と話を聞いて、前だけを見て進んだ……けれど、ナーゲンさんはこれにずっと捕らわれていた……というわけなんだろうね」
「それについては、どう思うの?」
ノディが問う。セシルは一度空を見上げ、
「……正直、僕もそういったナーゲンさんの気持ちに気付けなかったというのは、反省すべきなのかもしれない」
「何があったんだ?」
こちらが問うと、セシルは首を戻し、
「……彼女は、ベルファトラスで騎士を目指していた」
「騎士……」
「士官の道を進んでいた、とでも言うべきか。僕の場合はそれこそ闘士の中で一番になる、という目標しかなかったけど、エリッカは違った……闘技大会決勝は、彼女にとって士官に通じる大きな一歩になるはずだった」
「決勝まで残れる技量があれば……ナーゲンさんの弟子であれば、騎士としての素養は十分にあると思うけど」
俺の言葉に、セシルは首を左右に振る。
「ベルファトラスは、騎士と闘士の存在は明確にされているからね……騎士から闘士はあり得るけど、闘士から騎士というのは、歴史的に見てもそう多くないんだ」
「そうなのか。意外だな。てっきり闘士から優秀な人物を騎士にしていると思っていたんだが……」
「ベルファトラスは城と闘技の立ち位置が並び立っている。今回の魔王との戦いみたいに協力することはあっても、城側としては並んで立つ闘技という存在と対等にいるためには、そうして人を受け入れず自分達の力で並び立てる、ということを証明する必要があるんじゃないかな」
「闘技に対し権威を持たせる、ということか」
「そうだね」
こちらの言葉にセシルは頷いた後、エリッカについて言及。
「けれど、ゼロというわけじゃなかった……なおかつ彼女は士官するために相当な勉強もしていた……孤児であった彼女が一から騎士になるのは、それこそ実力もお金も足らなかった。だからこそ闘士となり、例がほとんどないにしても、闘士として実績を積むしか手段がなかった」
「それが、決勝で頓挫したのか?」
今度はルルーナ。するとセシルはどこか辛そうな表情となり、
「……僕が、彼女を追い込んだ最初のきっかけを作ってしまった」
「ふむ、決勝で怪我をした、などというわけではないのか」
「怪我くらいなら、魔法で治療できるからね……」
言って、セシルは幻術世界の自分自身へ目を移す。釣られて俺も見ると、エリッカに対し幻術世界のセシルはおどけたように両手を広げる。
「明日、どういう結末を迎えることになっても……文句はないよね?」
「セシルは、闘士の中で一番になるという目標があるんでしょ?」
エリッカが問う。セシルは「もちろんだ」と返すと、
「なら、それで全てよ。私も全力で戦う……手加減は、許さないから」
「わかった。なら、明日どちらが強いか、闘技場で決めようじゃないか」
「ええ」
視線を重ねる両者。火花をバチバチと散らすような状況なのだが、二人の瞳はどこか暖かいものだった。
「この時は、こんなやり取りが続くと思っていたんだよ」
セシルが、過去を振り返るかのような遠い瞳を見せつつ語る。
「どういうことなのか……説明してもらえるか?」
ルルーナが言う。それにセシルは頷き、
「そうだな……鍵が彼女である以上、ここがナーゲンさんの幻術世界なのはほぼ確定だろう。なら話すけれど、やらなきゃいけないことがある」
「やらなきゃいけないこと?」
聞き返したルルーナに対し、セシルは小さく頷き、
「ここからどういう経緯を経て彼女が亡くなるのかは……理解できている。けれど、正直エリッカとナーゲンさんを鉢合わせれば全て解決……とは、事情を知る僕からは考えられない。そして僕自身。事の顛末については伝聞も含まれている」
「彼女が亡くなった経緯を、調べたいというわけだな?」
俺が問うと、セシルは大きく頷いて見せた。
「明日、闘技大会決勝が行われる……そこで二手に分かれて欲しい。エリッカの近くにルルーナとノディ。そして僕とレンは、ナーゲンさんの近くに」
「いいだろう。魔法を使うタイミングは?」
「僕自身、まだどのタイミングにするか決まっていない……少し、考えさせてもらえないかな?」
セシルの問いに、俺達は頷く……どうやら今回は、かなり手の込んだ救出劇になりそうだった。




