英雄の屋敷
城に向かう道中、セシルから闘技場について報告を受ける。ナーゲン達がいないのは先ほども語っていたのだが、
「闘士の面々についてはさほど変わり映えはしていないけど……確かにレンの言う通り過去なのかもしれない。訓練場にいる人達を見回した時、現実では髪が短くなっているのに、ここでは長いままの人がいた……その髪型は以前のものだし」
「となると……リミナではないだろうな」
過去、となれば俺と共に赴いたリミナである可能性は低い。
「確かに、ここにいるのはベルファトラスで暮らす人の可能性が高いだろうね……さて、それは誰なのか」
語る間に城に到着。俺達は中を見回ってみるが……怪しいものは見つからなかった。
それに、仲間の姿もここにはない。となると、考えられるとすれば――
「ナーゲンさんの家を確認してみよう」
次にセシルは提案し、俺達は黙って従う。そういえば俺はナーゲンの家に赴いたことがないのだが……どういう家なのだろうか?
セシルの案内しに従い、どんどん突き進む……セシルの屋敷があった場所から結構離れているが、それでも周辺は大きな家が立ち並んでいる。
「ここだ」
やがてセシルが端的に告げ、確認すると……ややこじんまりとした屋敷が、目の前にあった。
セシルの屋敷と比較しても小さい。とはいえ一軒家などという表現は似合わないくらいの大きさ。建物の色合いは藍色。正直見た目、英雄が住む家にとしては地味な気がする。
「ここ?」
ノディが問うと、セシルは首肯。
「ナーゲンさんは、英雄としては……まあ、屋敷に住んでいる以上質素とは違うかもしれないけど、豪遊していたわけではないよ」
「それは闘技場に入り浸っているのを見ていればわかるけど……なんだかもったいないね」
「弟子である僕もそう思うよ……さて」
セシルは門を見据え、屋敷の外観を眺める。
「侍女が庭園の手入れをしている以上、ここに住んでいるのは間違いなさそうだな……行こうか」
「ああ」
俺は頷き、ちょっと申し訳ない気持ちになりつつも屋敷の敷地内へと踏み込む。門をすり抜け、玄関扉を通過し、エントランスへ。
面白いことに柄物の装飾品が一切ない。色合いも地味で、床に敷かれた赤い絨毯が一番目立っているというような状況だった。
「まずは部屋を確認しよう」
告げたセシルはずんずん進む。ここには来たことがあるようで、彼は迷うことなくナーゲンの部屋に到達した。
中を覗いてみる。するとそこには――
「いよいよ、明日というわけか」
そんなセリフを告げるナーゲンの姿。格好は貴族服。椅子に座り、机を挟んで向かい合う人物と話をしている。
「ええ……正直、こういう対戦となるとは思いもよりませんでした」
一方の人は見知らぬ人物……貴族服かつ、白髪目立つ年配の男性。
「セシル、この男性は誰だかわかるか?」
「……ファンジという貴族の人だね。ただこの人がいる以上、ここが紛れもない過去であるのは確定した」
「何か根拠が?」
「彼は春ごろに亡くなっているから」
春……とすると、俺がこの世界にやって来た時と同じくらいか。
「存命している未来という可能性も無くはないけど、僕の屋敷が新しいとなると、そういうわけでもないだろう」
「だろうな……」
俺は応じつつ会話に耳を傾ける。
「ナーゲン殿は、予見していたのですか?」
「いえ、私も正直……」
苦笑するナーゲン。先ほど対戦、と語っていたから大会か何か行っていて、それに関する話題だろうか?
「ですが、私としては非常に誇らしい結果となりました」
笑みを浮かべ、ナーゲンは返答する。
「明日の試合が非常に楽しみですね……ただどちらが勝つのか、というのは私も皆目見当がつきません」
そう語る……ふむ、誇らしいということは、弟子か誰かが勝ち残ったということなのだろうか。
俺はナーゲンの弟子であるセシルを見る。何か心当たりがあるか――そう問い掛けようとしたつもりだった。
けれど、俺は口が止まる。なぜか。
セシルが会話を聞いたことによって、眼を見開き立ち尽くしていたからだ。
「……セシル?」
様子に気付いたルルーナが呼び掛ける。
「どうした? 何か心当たりがあるのか?」
「……まさか」
どういう状況なのか予測がついたのか、彼は小さく零すように呟いた。
「そうだとしたら……この世界は……」
「何か、重大なヒントがあったのか?」
ルルーナは問い掛ける。するとセシルは俺やルルーナを一瞥。
「……仮に、ここがナーゲンさんの築いた世界だとしたら、の話だけど」
「ナーゲンか……まだ確定というわけではないな?」
「もちろん。けど、鍵がどういう存在なのかを把握できれば、ナーゲンさんである可能性は極めて高くなると思う」
「それは……?」
俺が問うと、セシルはなおも会話を行うナーゲンを見据え、
「……もし、鍵がナーゲンさんの弟子であるなら」
「弟子……? それはセシルのことじゃないよな?」
「ああ。ナーゲンさんは幾人も弟子がいたけれど……その中で、突出した戦績を持つ者が二人いた……一人は、僕だ」
冷静に語るセシル……いつもの彼なら誇ってもよさそうな場面だが、その表情は硬いまま。
「そしてもう一人……実は闘技大会で、僕ともう一人の弟子は、一度だけ対戦した事がある。会話から、もしかすると二人はその大会のことに言及しているのかもしれない……これは、調べる必要があるな」
「なるほど。これは個人的な事情に関わることになりそうだな」
ルルーナは腕を組み、ナーゲンを見据えながら言及する。
「セシル、私達は退場するか? ここがナーゲン殿の捕らわれた世界であると確信できれば、私達は退いても構わない。貴殿が魔法を使えばいいだろう」
「いや……ナーゲンさんを救う確率を高くするため、事情は話しておいた方がいいと思う。それに、僕が失敗したらまずいしね」
セシルはそう語ると、複雑な表情を見せつつ、俺達へ視線を送る。
「でもその前に……ここがナーゲンさんの捕らわれた世界であるかをはっきりさせるため、確認することにしようか」
「鍵となる人物を探すのか?」
「ああ。その人物がどこにいるのかは僕も推察がついている……そこで鍵なのか判明するはずだ」
そこでセシルは、なおも会話を重ねるナーゲン達に一度視線を送る。けれどすぐさま「行こう」と告げ、俺達を誘導し始めた。
俺は追随する寸前に、一度だけナーゲン達の会話に耳を澄ませた。相変わらず男性がナーゲンのことを褒めるもの……闘技大会については話しているのは確定的だが、キーワードのようなものは出てこない。
「セシルの言う通り、向かうとしよう」
ルルーナは告げると、セシルの後を追うべく部屋を出る。続いてノディが無言で部屋を出て……とうとう俺も、部屋から出た。
そしてセシルの案内により屋敷を出て、石畳の道を進む。セシルの足取りはとてもしっかりしており、語った通りどこに行けばいいのかをしかと理解している様子。
「セシル、もう一度確認するぞ」
そこでルルーナが問う。
「仮にナーゲン殿の幻術世界だとして……さらにセシルは事情を把握している。となれば、この光景はセシルの内心にも触れることになるが――」
「隠しておくか、それともナーゲンさんを救う可能性を少しでも上げるかという二択なら、後者の方がいい」
セシルは断言し、俺達へ一度視線を流した後語り始める。
「その場に当該の人物がいたら、事情を説明するよ……そしてこれは、ルルーナの考え通り僕も深くかかわっている問題ではある――」