闘都の状況
ひとまず幻術世界のベルファトラスを見回り、鍵も幻術に捕らわれたそれらしい人物も見当たらなかったので、二手に分かれ調べることにした。
「どう分かれる?」
「セシルとは勘弁してください」
ノディが懇願した。まあ……当然だろうけど。
「僕もできれば……」
話しにくいんだろうと思いつつ、俺は「わかった」と答え、ノディとペアを組む。普段ならセシルの物言いに突っかかるノディのはずだが、さすがに今回ばかりは大人しかった。
鍵を含め、ひとまずこの幻術に誰が取り込まれているかを確かめるべく、俺達はそれぞれ別の道を歩む。セシルとルルーナは闘技場と城。そして俺とノディがセシルの屋敷や街を確認することとなった。
「はあ……」
セシルと分かれた途端、ノディが深いため息をつく。
「どうしよう……」
「声、ずいぶんと複雑だな……」
「当たり前だよ……はあ……」
がっくりと肩を落とす。
個人的には、なぜセシルを――というは聞いてみたかった。けどプライベートな事である以上、ぐっと堪えることにして、屋敷へと歩む。
もしセシルの屋敷に俺などの仲間がいるとすれば、おそらくこの幻術に取り込まれているのは俺達の仲間か、事情を把握しているナーゲンやマクロイドに絞られてくるだろう。俺達の仲間もそこそこ抜け出しているし、場合によっては屋敷を確認した時点で誰なのか判断できる可能性もゼロではない。
ただ、仮にここが未来の世界とかである場合は、屋敷に赴いても誰もいないかもしれない……考える間に、屋敷に到着。早速中に入ろうとするのだが、
「あれ?」
一目見て、呟いた。外観が――
「なんだか、雰囲気が違うね」
ノディも違和感を抱いたようで口を開く。
目の前にあるのは確かに屋敷……なのだが、どことなく空気が違う。
現実の屋敷とは異なり、どこか新しい……これは、もしや。
「入ろう」
俺は告げると同時に門をすり抜け屋敷の敷地へ。左右を見回すと、草などは生えておらず整備はされているが、花などが植えられているというわけではなくどこか物寂しい。
玄関扉を通過し、室内へ。玄関ホールだが、一切生活感が無く、ましてや人がいるはずもなかった。
「……無人?」
「それだけじゃない。完璧な新築……だな」
できたばっかり、ということだろう。見た目雰囲気が違っていたのも当然だ。
「つまりここは、セシルが住んでいるわけじゃないということだな……でも、屋敷に誰も暮らしていない……新築だということが引っ掛かるな」
「誰かの幻術世界だとしても、ここまで真新しいと変だよね」
ノディの言葉に俺は無言で頷く。
幻術世界は細部に至るまでかなり精巧にできている。これは幻術に取り込まれた人物の記憶から世界を生み出すだけでなく、きっとその人物の都合のいいように改変させられているとは思うのだが……にしても、ここに誰もいないというのは引っ掛かる。
セシルがこの屋敷に住み始めたのは、闘技大会に優勝したからのはずだが……仮に別の人物が優勝しているとしても、その人物が入っていてもおかしくない。
それに、新築という点も……そこまで考え、俺はノディに視線を送った。
「もしかして……俺達の世界と比較して、過去なのか?」
「その可能性、十分あるね」
ノディが同意する。ここが新築である事を踏まえれば、時間軸的に俺達が暮らす世界より過去だと解釈した方が良いかもしれない。
とはいえ、これだけでは情報が足りない……ひとまずセシルと合流してみた方がいいかも。
「とりあえず、大きな変化だと思うし、セシル達と合流し報告しよう。街中を調べるのは、話しあってからでも遅くはなさそうだ」
「そうだね……じゃあ行こっか」
ノディの言葉に「ああ」と答えつつ、俺は一度屋敷を見回す。
新築で生活感のない空間……だが、セシルが住んでいた時も、そう古いというわけではなかった。
「仮に過去だとしても、セシルから事情を聞かないと正確にはわからないが……おそらく数年くらい前の時期だとは思う。セシルの屋敷自体、建てられてそう古いわけではなかったから」
「そうだね」
同意するノディ。それを見つつ、俺はさらに意見を加える。
「それと、この幻術世界のセシルの動向も気になる。もしかすると幻術に捕らわれている人と関係があるのかもしれない」
俺はさらに呟いた後、ノディと共に屋敷を出る。目指すは……セシル達は先に闘技場に行くと言っていた。よって、そちらへまず向かうことになる。
「ノディ、他に何か気になることはあるか?」
確認を取るが、彼女は首を左右に振る。
「ううん、ないよ……とりあえず、合流しよう」
彼女の言葉に俺は頷き、一路闘技場へと向かった。
闘技場に赴くと、セシル達は入口で話しあっている最中だった。よってすんなりと合流完了し、俺達が得た情報を伝える。
「……と、いうことなんだが」
「僕の屋敷が……か。確かに過去の世界である可能性はあるな。屋敷が建てられていることを考えると、数年前くらいの話じゃないかな」
セシルは言いながら闘技場へ視線を送る。
「訓練場に行ってみたけど、今日は休みなのかほとんど人がいなかった……ナーゲンさんくらいはいそうなものだけど、その姿はない。まずあの人を探してみるのもいいし、別の場所を見て回ってもいいと思うけど……」
「そっか……ルルーナはどう思う?」
「過去に未練があり、その時のことに捕らわれているという可能性は十分あるな。ただ、だからといって誰なのか推測するのは無理だな」
「うーん……方法としてはひとまずナーゲンさんやマクロイドがいないか確認するか、ここは一旦引き下がるかだと思うけど……どうする?」
問い掛けると、三人は黙り思考し始めた。その間に俺は闘技場周辺を確認する。
見た目上、現実世界のベルファトラスとそう変わってはいない。セシルの言葉通り過去だとしても、やはり数年前くらいの話なのだろう。
「鍵は見つかった?」
俺は再度問い掛けるが、セシルとルルーナは同時に首を左右に振る。
「それもまだだね……仮に鍵が人だとすると、捕らわれている仲間の近くにいる可能性もあるな」
「……それもそうか。で、ここで選択だが……ひとまず仲間がいないか探すか、それともここは保留にして別の場所に行くか」
「……レン、確認だけどこの幻術の中で一日経過しても、現実世界ではさほど時間は経っていないんだよね?」
セシルが質問。俺は小さく頷き、
「ああ、フィクハの時そうだったから」
「なら、一日くらいはこの中で調べてみてもいいんじゃないか? まだ時間はあるだろうし」
ルルーナやノディは判断がつかないためか微妙な表情だが……まあ、どういう選択がベストなのかもわからない以上、ここは勘で動くしかないだろうな。
で、俺としては調べてみてもいいのではないかと思う……セシルの屋敷の状態が現実と違っているため、少し調べれば明確な違いがわかるかもしれないし。
「……俺としては別に構わないと思う。だけど探す場所の心当たりとかはないぞ?」
「その辺は任せてくれ。城をまずは訪れ、ナーゲンさんなんかの自宅の場所はわかるから、その辺りを調べよう」
なるほど……俺は彼の意見を聞き「わかった」と了承。他二人も同意し、ひとまずこの幻術世界を調べることにした。