対峙した結末
「ぐ……!」
交錯直後、最初感じたのは激痛だった。
俺の刃が襲撃者の左肩に。そして襲撃者の刃は俺の左腕に食い込んでいた。襲撃者に入った刃は衣服を噛んではいるが、出血などの様子は見られない。やはり、通用していない。
そしてこちらは痛みを感じている以上、相手の短剣は俺の皮膚まで到達している。
痛みの根源は左腕の上腕。襲撃者はさらに刃を食い込ませようとして――俺は全力で押し返した。
左腕が痺れ始める。ロクに動かないのを自覚すると共に、頭の中がかき回されるような感覚に陥りそうになる。
けれど俺は懸命に、剣をかざしながら後退した。
「リミナ!」
後方にいる彼女に叫び、俺はさらに下がる。
襲撃者は血の付いた短剣を揺らし、俺を見据えている。銀の瞳が顔と左腕を交互に眺め、どうしようか吟味している様子。
今攻撃されれば耐えきれる保証はない――俺は確信しつつも痛みを堪え襲撃者を睨みつける。できることと言えば虚勢を張り、効いていないというフリをするしかなかった。
襲撃者が、動く。一歩で迫り、手負いの俺に剣を繰り出す。
「くっ!」
俺は必死に攻撃を打ち払う。激痛が腕を伝い全身に駆け巡る。けれど、体だけはどうにか反応した。
次に直感したのは、このまま戦っていれば間違いなく殺されるという事実――全力で移動を開始する。
扉を抜ける。襲撃者は俺を追い廊下に出ようと足を向け――
「精霊よ! 盾となれ!」
リミナの援護が入った。
開け放たれた扉に代わるように、部屋と廊下を繋ぐ空間を緑色の結界が閉ざす。
襲撃者は即座に短剣を振り破壊を試みる。だが剣は弾かれ、そう簡単に突破しそうになかった。
このまま退却を――そう決断し俺はリミナに言おうとした。直後、後方から複数の足音が聞こえ、咄嗟に振り向いた。
そこには兵士が数名。俺達の姿を認め驚いている様子。
「大丈夫ですか!?」
兵士の一人が怪我に気付き声を掛ける。
俺が小さく頷いた時、結界の奥からトンッ、という跳ぶ音が聞こえた。
すぐに確認。襲撃者が横に移動し、俺達の死角に入る。そして音がしなくなり――逃げたのだと悟った。
「勇者様!」
リミナもそう判断したようで、結界を解除し俺に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
傷を見て問う。俺は痛みを堪えつつ剣を鞘に収め、どうにか頷いた。
「すぐに部屋へ!」
兵士が叫ぶ。俺はそれに従い元来た道を進み始めた――
「魔法を使ったとはいえ、少しの間は安静にしていて」
ベッドで横になっている状態で、クラリスに言われる。
俺は「わかった」と応じ、天井を見上げた。
王子に報告をした後、俺は宛がわれた客室で休むことにした。現在は上着を脱いで肌着姿となり、患部には包帯が巻かれている。
傷自体はそれほど大きいものではなかった。ただ骨まで到達していないにしろ深く刃が入り込んだらしく、腕の痺れは魔法による治療以後も続いている。
そして部屋には俺とクラリスのみ。部屋の外には兵士がおり、いざという時に備えている。
リミナは最初付き添っていたのだが、王子の護衛をする以上、そちらに戻っていた。
「なあ、クラリス」
俺は血が滲む包帯を見ながら彼女に問う。
「どのくらいで元の状態に戻れる?」
「明日にはたぶん大丈夫」
「そうか……けど、傷を癒してすぐ元通りにはならないんだな」
「そこは治癒魔法に関する技量と相性によるわね。私はあいにく、そこまでの技量はないし」
クラリスは申し訳なさそうに俺へと語る。
「魔法の中で治癒というのは、はっきり相性があるから。実際リミナやラウニイさんは使えないし、聞いた話によるとレンも無理だそうだから」
「そうなのか……何か理由が?」
「自分の魔力を他人に分け与えるというのは、魔力の質に依存する上、調整しないと使えない。さらに技術の習得は結構な年月かかる上、コストも高いからやろうとする人が少ないわけ。私は教官をやっていたから覚えているわけだけど、レンみたいに流れ者をやっている人には縁遠い魔法ね」
――ゲームとかで回復魔法を使っていたため、この世界でも安易に使えると思っていたが、違うらしい。
「だからまあ、私みたいな人間が重宝されるわけだけど……あ、解毒とかは別の技術が必要になるから、私は無理よ」
「わかった……と、そうだ」
毒、と言う単語に俺は一つ疑問を提示した。
「相手の武器に毒とかは?」
「私が患部を見た限りは何もなかったよ。そうだったら今頃泡を吹いていてもおかしくないし、大丈夫でしょ」
「そっか」
楽観的なクラリスに、俺も納得した。
「で、レン。今後の方針だけど……」
「方針?」
「うん。夜の間は現状維持で警備をするって」
「そっか」
聞いた瞬間、なんだか申し訳ない気持ちになった。
「王子には後で謝らないと」
「そう気負う必要、ないと思うけどね」
クラリスが発言した――その時、ノックの音が舞いこんだ。
「はい?」
クラリスが答え、扉が開く。現れたのは不安げな顔をするリミナ。
「あ、クラリス……その、王子がルファーツさんが帰って来たから、様子を見にと」
恐る恐るという調子で言う。彼女の態度にクラリスは笑い、
「入りなよ」
優しく言ってみせた。
部屋に入り扉を閉めるリミナ。クラリスは彼女のすれ違うように歩み、
「私は外で待っているから」
気を遣ったのか、出て行った。
訪れたのは静寂。リミナはベッドの傍に近寄り、近くに置いてあった丸椅子に座る。
「勇者様……」
「ああ」
気まずい。俺はどう声を掛けたら良いかわからず、口が動かない。
リミナは俯き、落ち込んでいる。なんだか泣き出しそうな様子なので、どうにか言葉を紡ごうとするが、
「……あの」
リミナが先に、口を開いた。