幻術の種類
俺達は廊下を移動し、大きな広間へと出た。いや、正確に言えばそこはエントランスとでも言うべきか……城の入口らしき場所があるし。
「あそこは私達が通って来た入口だな」
ルルーナが言う。廊下から出て左側に入口。そして正面には両開きの扉が一枚。
「この奥が玉座か?」
「試しに開けてみたら違ったよ」
「……少しは警戒した方がいいと思うんだが」
「もちろん慎重に行動はしている」
フィクハは言いつつ扉に手を掛け、開ける。軋むような音と共に開き――その奥を視界に捉える。
左右に絨毯が敷廊下に繋がると思しき道が見えているのだが……問題は正面。階段があり、その上にも両開きの扉。しかし、そこから発せられる気配というか雰囲気というか……それがひどく重苦しい。
「あそこが玉座に繋がる場所ってことか?」
「たぶんね。さすがに近くまで行く勇気はないし、とりあえず遠巻きに確認しただけだよ」
俺の質問にフィクハは答えた後、さらに報告を進める。
「で、別の通路にはさらに廊下があり、小部屋に繋がっていた。まだ確認はしていないけど、おそらく誰かが捕らわれていると思う」
「俺達がいた廊下の部屋数では足りないし、当然だな」
「加え、入口を調べてみたけどビクともしなかった。きっと私達が出るまで内外を遮断しているんだと思う」
「脱出できる可能性は……魔法が使えない以上、無理か」
魔王の居城である以上、生半可な強度ではないだろう。俺は魔法をまだ使用できる立場だが、さすがに貴重な一回を使うわけにもいかない。
「そして大きな問題が一つ……窓もないから、外がどうなっているか確認しようもない」
「実際、アクアも無事に帰っているかどうかわからないんだよな……」
俺は頭をかきつつ言及。すると今度はイーヴァが言及した。
「そのように不安を煽るのも敵の策略だろう……確かに不安があるのは事実だが、今は信じるしかないな。それに、このまま手を手招いていることもできない」
「そうですね……」
俺は賛同しつつ、さらにフィクハへと質問。
「フィクハ、他にわかったことは?」
「ざっと歩いてみたけど、入れない部屋とかもある……おそらくだけど、私達の行動範囲を限定しているんじゃないかな。あくまで私達が動けるのは、魔王城の一部だけ」
「さすがに全部を晒すわけにもいかないだろうから当然だな……ってことは、現状俺達は魔王城でも入口付近しか歩き回れないわけか」
「そういうことになるね」
「敵とかは?」
「いない。気配すら感じられなかった」
配下がいないはずはないのだが、ゲームの邪魔をしないように魔王が配慮しているのか……いや、この場合は俺達が動き回っている様を鑑賞し嘲笑っているとでもいえばいいか。
「そこまでわかれば十分だな……とりあえず城内で魔族の襲撃に遭遇する可能性は低そうだ。外も……シュウさんが生み出した結界がある上残っているのも精鋭だ。フロディアさんもいるし壊滅なんてことにはならないだろう」
懸念は多々あるにしろ、仲間を救うこと自体に支障はなさそうだ……ひとまずまとまったので、次は今後について話すことにする。
「自力で脱出する人間も出てきた……方針を変えるか?」
「私は、少しやりたいことがある」
フィクハが手を上げる。同時に小さく手を上げた。
「レンにも話したけど、魔王との戦いの時、対策できるかもしれないから」
「わかった。俺の方こそぜひとも頼む」
「なら私は玉座近くのこの場所で作業しているから」
「……護衛とかいるか?」
「別にいいけど……まあ、作業する上では誰かが傍にいた方が安心はできるかな」
「なら、私が」
イーヴァが手を上げる。
「後は、この入口付近を中心にして連絡役を用意すればいいだろう。左右に一人ずつ……騎士と、もう一人欲しいな」
「なら私がやろう」
グレンが手を上げた。
「そして幻術に捕らわれている人物によっては、各々交代するということでいいだろう」
「よし、それで決定だな……残りの俺とルルーナ。そしてセシルは仲間の救出を行うということで」
俺はそうまとめた後、改めてフィクハに問い掛ける。
「フィクハ、突入してからどのくらい経過している?」
「ん? ちょっと待って……えっと、一時間と少しかな」
懐中時計を取り出しフィクハが言う。ならばと、俺はこの場にいる面々に別の質問。
「確認だけど、今回突入した面々でアクアと同様に所持する魔力量が低い人物に心当たりはあるか?」
問い掛けるが一時沈黙が流れる。いないというよりはわからないと言った方がいいのか……そう思った時、イーヴァから言及が。
「参加した騎士や魔法使いでは、そのような人物はいなかったはずだ」
「そうですか……勇者達も呼ばれた以上は魔力量は多いと考えていいですよね?」
「それでいいはずだ。アクア殿は例外と捉えて構わんだろう」
「わかりました……というわけで、ある程度態勢も整ってきたけど、油断せず気を引き締めていこう」
俺の言葉に全員頷き、各々行動を開始した。
俺とセシル、そしてルルーナは先ほどまでいた廊下とは別方向へ進む。一度幻術の光がある部屋をピックアップすべきだと判断し、ひとまず光の所在について確認することにした。
「ふむ、この部屋だな」
ルルーナがメモを取りつつ呟く。一方俺とセシルはその後方に控え、完全に彼女が先導する形となっている。
「魔王城に踏み込んだ人数についてはひとまず把握している。まずは全員分の光があるかの確認から始めよう」
「そうだな……その間に自力で出てきてくれる人がいればいいけど」
呟くとルルーナは「そうだな」と応じる。そこで、
「ねえレン。一ついいかい?」
「……どうした?」
「答えてくれるのならでいいんだけどさ……幻術の中はどういう世界だった?」
「そういう質問はご法度ではないのか?」
ルルーナが指摘。するとセシルは肩をすくめ、
「いや、ほら……もし答えてくれたらという話で」
「俺について別にいいよ。まあ、隠したいことでもないし」
「いいのか?」
ルルーナの問い。俺は小さく頷き、
「ま、気になるならそれを払拭しておいた方が探索にはいいだろうし……俺のはひどく単純で、元の世界で生活していた」
「つまり、戻りたいってこと?」
「心の片隅ではそう思っているのかもしれないけど、結論は保留にしておくよ。今はそれどころじゃないし」
「そっか」
そっけない返事。セシルとしても予測できていたのかもしれない。
「ちなみにセシルは? 嫌なら答えなくても――」
「僕の方も単純だったよ。統一闘技大会で優勝したという世界だ」
「わかりやすくていいな」
「そうだね……ま、あの大会について心残りはあるのは事実。けど幻術を抜け出して考えたのは……もっと強くなって、いずれ統一闘技大会で優勝すれば、その辺も払拭できるんじゃないかなということ」
「確かにそうか」
「この幻術では、僕みたいな人間は突破しやすいかもしれない」
「みたいな? どういうことだ?」
こちらの問い掛けに、セシルは肩をすくめる。
「統一闘技大会優勝という言葉だけをとれば、未来で実現可能というわけ……この幻術で危ないのは、過去に捕らわれそれに基づいて幻術を受けている場合」
――フィクハやグレンの場合はそうだった。あれは現実世界では決して敵わない出来事のはず……言われてみれば確かに、そっちの方が厄介そうだ。
「その願望次第で、自力で突破するのを待ってみる判断をしてもいいかもしれないな」
ルルーナが言う。確かに突破できそうな雰囲気を見極め対応するのも、一つの手かもしれなかった。