彼女への伝言
「どうし――」
カインは言い掛け、ルルーナの指輪が砕け地面に落ちたのを目に映す。
「……これは――」
「わからない、突然壊れた」
ルルーナは少しばかり動揺しながら、砕けた指輪を拾おうと屈む。しかし次の瞬間、
「……え?」
ルルーナは指輪を見据え、呻いた。
「ふむ、どうやらルルーナだったみたいだね」
「そのようだな……」
解放された時どう説明したらいいんだろうと俺は悩みつつ、事の推移を見守る……すると、
「あ……これは……」
苦笑。それと共にルルーナの表情が、少しばかり赤くなった。
「どうした?」
小首を傾げカインが問う。それにルルーナは答えず立ち上がると、カインはさらに話す。
「もしかすると、剣を打ち合っていたのが原因かもしれないな。また、新しいのを――」
「いや、いい」
ルルーナは首を左右に振る……その表情は、どこか寂しそうだった。
「理解できたよ……カイン、すまないな」
「何がだ?」
「私にはまだやることがあるんだ……この世界は私にとって非常に理想的だが、それでも踏みとどまることは許されない」
声と共に、空間にヒビが入り始めた。これで解放――そう認識すると共に、俺は光に包まれた。
気付けば、魔王城の廊下。後はルルーナが出てくるのを待つだけなのだが……ここで俺は考える。
「見なかったことにして、自力で抜け出したことにした方がいいのか?」
「アクアさんからの伝言はどうするんだよ?」
「いや、内容からすると別に伝えなくてもいいような気が――」
会話をしている間に扉が開く。俺はギクリとなり視線を移すと、警戒するルルーナの姿があった。
「レン……? それとセシルか」
「あ、ああ」
ちょっとばかり声が上ずった。それに彼女は眉をひそめつつ、扉を閉める。
「どうやら魔王城の中らしいな……二人とも警戒している様子はないが、大丈夫なのか?」
「それについては、今から説明する」
とりあえず俺はゲームの詳細を伝える。するとルルーナは「なるほど」と呟き、
「理想的な世界から抜け出すか否か……ずいぶん面倒なことをしているものだ」
「俺もそう思うよ……で、ひとまず順調に解放はされていると思う」
俺はその言葉と共にルルーナをチラリと見る。彼女の表情に特に変化はない……いや、こちらの視線によりどうやら彼女も気付いたらしく、少しばかり目を細めた後、突如視線を逸らした。
「……あ、ああ。そういうことか」
「えっと、ごめんなさい」
「いや……いい……いや、個人的には良くないのだが」
しどろもどろの彼女。こういう姿はひどく新鮮。
彼女は少しばかり顔を赤くする……そこへ、今度はセシルが言った。
「忘れろと言われたら忘れるつもりだけど」
「そう言っても、知った以上どうすることもできないだろう? ま、いいさ。レンは口が固そうだし、セシルも興味本位で誰かに話すつもりはないだろ?」
「うん、まあね」
「なら、この話はこれで終わりにしよう」
相変わらず視線を逸らしたままなのは色々複雑な感情が胸に宿っているからだろう……けど、俺としてはまだ伝言が残っている。
言わなくてもいい気はするけど、まあ託された以上は――
「あのさ、ルルーナ」
「どうした?」
「さっきも言ったように俺以外が魔法を使うと強制転移する……で、ルルーナを助けたのもそれなんだ」
「……ということは、つまり」
ルルーナの顔が強張る。
「まだ私の幻術を見た者がいると?」
「うん、まあ」
「誰だ?」
「……アクア――」
名を告げた瞬間、ルルーナの表情が驚愕に染まる。反応に思わず口が止まり……その間に、ルルーナは膝から崩れ落ち、地面に手をついた。
「ル、ルルーナ!?」
「……最悪だ」
心の底から漏れ出るような声。するとセシルが頬をポリポリとかきつつ言及する。
「その感じだと、あの人ってこういう話題に敏感だったりする?」
「……彼女は主婦だからな」
ああ、確かに主婦と聞くとこういう話が好きそうだ。
「フロディアに報告に行ったわけだな? 絶対、伝えているに決まっている……」
ため息を漏らすルルーナ。こんな姿初めて見たので俺としてはただただ驚くだけ。一方のセシルは彼女を見つつ、さらに言及する。
「……ショックなのはわかるけど、とりあえず伝言を受け取って欲しい」
「……伝言? アクアからか?」
「そう。どうぞ、レン」
俺に振るのかよ……まあいい。俺はルルーナに視線を向け言及。
「えっと、アクアから……頑張ってねと」
「……まったく」
彼女はゆっくりと立ち上がる。そして大きく息を吐き、
「好き勝手に言ってくれる……まあいい。狼狽えるのは後にしよう」
「落ち着いた?」
「どうにか、な」
ルルーナは歎息し、廊下を見回し始める……もしかするとアクアは、伝言内容からすると誰が捕らわれていたのかわかっていたのかもしれない。だからこんな伝言を俺に託したのでは。
「すまない、話を戻そう……私はアクアと入れ替わりで幻術から解き放たれたということだな……レン、アクアが魔法を使用したのは理由があるのか?」
「指輪という小さい対象を破壊するために魔力制御が優れたアクアがという理由もあるけど……一番は彼女自身幻術に取り込まれたことにより、魔力をずいぶん消費したから、連絡役に回ったんだ」
「そうか……わかった。ひとまず私は魔王と戦うメンバーの一人ということでいいんだな?」
「もちろん」
俺は同意し、さらに別の点に言及する。
「現在、フィクハとグレンが城内を見回り、騎士の一人が連絡役として待機している……ルルーナはどうする?」
「私は……そうだな、ひとまずレン達と行動を共にしよう。私が魔法を使うわけではないが、捕らわれた人物の鍵が何なのか推察できる可能性もある」
「わかった。それじゃあ頼むよ」
というわけで、俺達は三人で新たな部屋に入ろうと動き出す――その時だった。
突如、やや遠くの部屋の扉が開いた。またも出現……と、待て。そこは確か――
「さっき入った部屋だ。ルファイズ王国の騎士訓練をやっていた……」
セシルが呟いた時、中からイーヴァの姿が出てきた。
「私が話をしてこよう」
ルルーナが小走りでイーヴァへと歩み寄っていく。俺達はそれに追随し、気付いたイーヴァはこちらに首を向ける。
「全員、無事か?」
「ええ。少し事情が」
そう述べてルルーナは彼に説明を行う。すると彼は「なるほど」と呟き、
「ひとまず、仲間の救出か……とはいえ、どの程度力になれるかわからないが」
「ではイーヴァさんには待機していてもらいましょうか。それともフィクハ達と行動を?」
「ならば、城の探索に付き合おうか」
彼が述べた時、今度は後方から声。振り向くと、いったん戻ってきたフィクハとグレン。ふむ、その後方には待機してもらっていた騎士の姿も。
「一度合流ということかな……何かわかったのかもしれない」
セシルの呟きに俺は小さく頷きつつ、フィクハ達を見据える。彼女はアクアがいなくなりルルーナやイーヴァがいることに少なからず驚いている様子だった。
「……レン、セシル」
そこに、ルルーナが俺達へ言う。
「頼むから――」
「何も言わないって」
セシルの言葉。次いで俺が頷くと、ルルーナは再度「頼む」と告げ沈黙した。
やがて俺達は廊下の真ん中で集まり、作戦会議。アクアが外に報告を行っていることを告げた後、今度はフィクハが口を開いた。
「玉座の間に繋がると思しき大きな扉を発見したんだけど……それと共に確認してもらいたいことが」
その言葉に俺は頷き、全員そろって移動を開始した。




