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彼女の望み

「なるほど、これがアクアさんの望みなのか」


 フィクハがどこか納得したように呟く。フロディアが抱える赤ん坊を見つつ……俺は、彼女に問い掛けた。


「子供が欲しい、ということか?」

「そうだと思う。家に入った直後、赤ん坊に使うような小物が目に入ったからもしやとは思ったんだけど……こうした望みが叶えられないのは現世代の戦士として戦わなければならないためか。あるいは――」


 その続きを、フィクハは飲み込んだ。何か問題があって……そう言いたいに違いない。

 彼女の言葉に、俺を含めた他三人は押し黙る。望み――もし問題があったとしたら、望みとしてはひどく重い。


「……魔力は、感じられないけど」


 セシルが言う。確かに彼の言う通り、赤ん坊からは魔力を感じられないが……いや、赤ん坊が鍵であるかどうかも不明だ。これは観察する必要がある。


「しかし、これどうやって彼女に干渉するんだ?」


 さらにセシルが問う。それも問題だ。


「ひとまず、一両日中は様子を見た方がよさそうだな……とりあえず――」


 そう呟いた時、アクアがキッチンへと向かう。そして手を洗い始め、その間にフロディアが椅子に座る。


「アクア、作業の方は?」

「目途はついたから、今日はもう終わり」

「そうか」

「ごめんなさい、面倒見てくれて」

「当然だろう。研究を阻害していると言っても、私の方が時間があるわけだから……」

「ありがとう」


 アクアは手を振って水を切ると、フロディアに近づいた。


「代わるわ」

「すまない」


 アクアが赤ん坊を抱える。そこで俺はにわかに緊張した。もしやこの行動で……と思ったのだが、赤ん坊を抱いてもアクアは反応を示さない。


「やっぱり、違うのか?」


 セシルが呟く。他の面々を見るとフィクハは渋い顔。次いでグレンは思考しているようで口元に手を当てている。

 視線を戻すと、今度はフロディアが外に出た。残されたアクアは赤ん坊を抱え、椅子に座りしばし佇む。


 赤ん坊は泣くこともせず、ただすやすやと眠っている。母親に抱かれ、腕の中をゆりかごにして、ただひたすら――


「レン」


 呼び掛けられた。セシルの声。


「魔力は感じられないけど、やっぱり赤ん坊が鍵なんじゃないかな」

「でも、魔力は……」

「でも、干渉するにしても方法はどうしようか?」


 フィクハが問う。それに今度はグレンが答えた。


「赤ん坊を抱いている以上、触れただけでは難しいということだろう。となれば、手段としては――」

「……私は」


 ふいに、アクアから声が発せられた。全員が視線を注ぐと、赤ん坊を抱えながらどこか自嘲的な笑みを浮かべる彼女の姿。


「いつまでも、こうしているわけにもいかないのでしょうね」


 さらに呟く……その言葉によって、俺達は一つの可能性を導き出す。


「もしかして……気付いているのか?」

「かも、しれない。様子を見よう」


 俺の言葉に合わせフィクハが言う。するとさらにアクアが口を開く。


「望んだ世界を見せる魔法、といったところかな」


 どこか悲しそうに……やはり彼女はここが幻術の中だと理解できている。

 しかし、アクアは故意にここから抜け出ないようにしていたのかもしれない。望んだ世界を見せられたことにより、わかっていても誘惑に負けた……だからこそ、


「私は、どこまでも弱い人間ね」


 アクアは立ち上がる。胸に赤ん坊を抱えたままだが、それでも瞳の強さは相当なものだった。


「大丈夫そうだな」


 セシルは言い……俺が同意するように頷いた時、アクアは歩き、部屋の片隅にあるゆりかごにそっと、赤ん坊を降ろした。


「ごめんなさい……私はもういかなくちゃ」


 アクアは言う。その瞬間、ピシリとヒビが。


「私達は必要なかった……ってところか」


 フィクハがそう述べた瞬間、光が生じる……目を瞑り、次に目を開けた時、俺達は魔王城の廊下に立っていた。


「へえ、部外者は廊下に戻るのか」


 セシルは言いながら廊下を見回す。


「で、どうやら僕らは必要なかったみたいだけど……次は?」

「ひとまずアクアが出てくるのを待とう」


 俺の指示にセシルは「わかった」と同意。やがて扉が開いたのだが……その動作が、ひどく重かった。


「ん?」


 グレンが眉をひそめ声を上げた時、アクアがその姿を見せる。俺と視線が合った次の瞬間、彼女はゆっくりと膝をついた。


「……アクア!?」


 何が――俺達が一斉に駆け寄ると、彼女は小さく息をつきつつ、自身の額に手を当てた。


「幻術にかかった、というのは認識しているみたいね」

「この場にいる面々は全員脱出したんだけど……」

「どうやらこの幻術は魔法に掛かっている人間の魔力を吸い出して起動するみたい……元来魔力が少ない私にとって、幻術発動はかなり体を酷使していたということ」


 それは――つまり、アクアと同じように魔力量が少ない人物は、この短時間でも危なかったということか?


「おそらく、魔法を最初強制的に発動させる段階でそれなりの魔力を必要とするんだと思うわ。その時点で私はかなりの魔力が削られた、ということ」


 言いながらアクアは懐を探り、薬を取り出した。魔王城突入前に渡された、魔力を回復させる薬。

 彼女はそれを一気に飲み干す。そして再度息をつくと、ゆっくりと立ち上がった。


「ごめんなさい、心配をかけた……ひとまず私は大丈夫。それで、状況は?」


 ――俺としてはアクアの容体も心配だったが、一通り説明を済ませる。すると彼女は事情を理解したようで、


「そう……私の部屋の前にいたということは、レン君達は私が取り込まれた幻術の中に?」

「すみません」


 フィクハが謝ると、アクアは首を左右に振る。


「仕方がないと割り切りましょう……で、その表情だと、私が見ていた幻術に対して思う所がありそうね」

「それは、まあね」


 セシルがちょっとばかり硬い口調で返答すると、アクアは笑った。


「難しい話じゃないわ。戦い続けた結果、外面は取り繕っても内面……体の内側は色々と問題が出てきている。それだけのこと」


 アクアはそこで微笑を見せる。


「子供が生まれない、とまでは言われなかったけれど……難しいと何度も言われた。もちろん今だってあきらめているわけではないけどね……でも、もしかすると心の奥底では絶望していたのかもしれない」

「アクア……」


 俺の言葉に彼女は「大丈夫」と応じる。


「気になるだろうけど……今は魔王との戦いに集中して」

「……わかった」

「それと、私くらい魔力の少ない人は城に踏み込んだ人にはいなかったはず。だから私以外の人達はまだ余裕があるのは間違いない……焦らず、確実に仲間を救っていけばいいと思う」


 助言に俺は頷き……ひとまず、心を落ち着かせた。

 ここまでは比較的順調に仲間を救出できている……しかし、先ほど誰の幻術世界なのかわからなかったケースもあるため、決して楽観視はできない。


「この辺りで二手に分かれる?」


 フィクハが提案。人数は五人……確かにそろそろ別行動を行う面々を作り城の中を調べるのもありか。


「私は誰かの術に干渉して城から出ることにする」


 アクアが言う。魔力量的な問題もあるのだろうと思いつつ……俺は彼女の言葉に承諾し、大きく頷いた。

 そこから簡単な話し合いを行い、メンバーをどうするか決定。幻術に入るのは俺とアクア。そしてセシルに決まり、フィクハとグレンは城内を調べることにした。


「二人とも、気を付けろよ」


 俺の言葉にフィクハ達は頷き――それぞれが、行動を開始した。


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