様々な理想
俺達はそこから適当な部屋に入る……が、光が無い。どうやら外れの部屋もあるらしい。
「セシルが出てきた以上、他の人だって出てくる可能性はあるよね」
フィクハの言葉に俺は頷き、
「ああ……敵の気配なんかはまったく感じられないけど、さすがに単独行動にさせておくのはまずいよな。その辺りフォローは入れたいところだけど……」
「城内の構造すら把握できていない段階だからね」
「二手に分かれる?」
フィクハの言葉に対しセシルが問う。しかし、彼女は首を左右に振った。
「今はとりあえず、人を集めましょう……ところで、もし次光に入ったとしたら、誰が魔法を使う?」
「誰が……って?」
「レンが魔法を使える回数は残り二回……けど、私としてはこれ以上無駄に使用すべきではないと思う」
フィクハの意見に、俺は眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「魔法が失敗する可能性を考慮する必要があるってこと。残り二回……私はそれをルルーナさんやイーヴァさんに使って欲しいと思うわけ」
「二人が、魔王を倒せる力を所持しているからか?」
「そういうこと……それに、セシルが自発的に外に出たのも大きい。レンの魔法はしばしとっておいて、私達三人の誰かが魔法を使うというのもアリじゃないかなと思う」
「問題は、誰がそれをするかだけど」
セシルが言う。この場にいる三人は全員が魔力を制御できる以上、幻術に干渉できる……が、誰と引き換えに仲間を救うのかは……一考の余地がある。
「もし選ぶとするなら、私かセシルだろう」
声は、グレンからのものだった。
「フィクハはどうやら何か策がある様子……それができるかどうかはわからないが、確かめるまでは保留でいいだろう」
「ありがと……なら二人で相談する?」
「ここは無難に私の方がいいだろうな……戦力的には」
さらにグレンが言う。それに対し今度はセシルが眉をひそめた。
「あっさりと身を引くんだね」
「状況的にそう思ったまでだ……玉座に入れるのは五人。現世代の戦士などの戦力を考えれば……いや、魔王を倒せる力を持つ人物が三人とも前衛である以上、残り二人は支援役などを選んだ方がいいかもしれないだろう?」
「そうかもね……ま、確かに三人魔王と戦う前衛がいるわけだし、僕らの優先価値は低くなっているね……鍵がどういう物なのかを考慮しつつ、僕とグレンどちらが干渉しやすいかを考え、対応することにしようか」
「わかった……それでいこう」
決定し、俺達は別の部屋に入る。そこには光が存在しており――俺を先頭にして、中へと入った。
そして次に見えたのは、庭園。中庭らしく、四方には廊下が伸びていて、人が歩く姿を見ることができる。
「……城、かな?」
俺は呟きつつさらに視線を巡らし――
「どうやら、騎士の訓練らしいな」
グレンが言う……同時に、見覚えのある顔が俺の目に飛び込んできた。さらに、ここがどこなのかも思い出す。場所は……一度だけ、聖剣護衛の後訪れたルファイズ王国の城だ。
そして庭園には鎧姿の騎士達……その中に、ノディやジオ。さらにイーヴァの姿があった。
どうやらイーヴァが騎士達に教練を行っているらしい……甲高い金属音が耳に入り、さらにイーヴァの指導する声が俺の耳に届く。
「騎士団の訓練か……とすると、この幻術内に捕らわれる人の理想は、こうして騎士の役目をまっとうすること、かな?」
セシルは呟きつつ、口に手を当てつつ訓練風景を眺める。
「で、一つ問題だけど……」
「ああ、わかってる」
俺は頷いた……最大の問題は、目の前にいる騎士三人……この中の誰が捕らわれているか、だ。
いや、そもそもルファイズ王国の騎士は他にいたのではないか……そう考えると選択肢は多い。今までとは異なり判断に迷うケースだ。
「……これは、後回しにした方がいいかも」
フィクハが言う……俺としては内心不服だったが、誰なのか判断できそうにない以上、仕方がない。
「せめて鍵だけでも見つけない?」
セシルが言う。フィクハはそれに短く唸り、
「うーん……セシル、何か感じる物とか人はいる?」
「いや、僕は何も」
「レンは?」
「俺も……違和感は見当たらない」
「私もだ」
グレンが言うと、フィクハは一度大きく頷き、
「今回の戦いにはルファイズの騎士も混ざっていたはず……そういう人がこの幻術に捕らわれているとなると、私達としては鍵を見つけるのも難しいと思わない? それに、鍵が魔力を発している、という可能性が無い場合だってあるだろうし」
「そうか……ま、リスクが高いことは認めるよ」
セシルは言うと、俺達が通過してきた光を指差す。
「ということは、戻るということでいいんだよね?」
「そうだな……ある程度誰なのか検討がついた段階で戻って来てもいいだろうな」
俺は賛同し、悔しいが一度退くことにする。光に再度入ると、そこは先ほどの部屋。外に出ると、魔王城の廊下。
「別の部屋に入ろう」
俺は提案しつつ、そこから隣の部屋へ。開けるとまたも光。一度仲間達に視線を送ると、三人とも小さく頷いていた。
では――俺は先頭で足を踏み入れ光の中へ。そして次に見えたのは、農村だった。
「あれ……」
そして一目見た時、またも見覚えのある場所だとわかる。
「ここは……フロディアさん達が暮らしている」
「みたいね」
フィクハが同意。するとセシルが感嘆の声を上げた。
「へえ、実は僕、彼の村に来たのは初めてなんだよね」
「実際村に赴いたわけじゃないけどな……ともかく、フロディアさんが暮らしていた村か。あの人は魔王城の外にいるわけだから、ここにいるのは当然――」
「アクアさんだね」
フィクハの言葉に俺は頷き、アクアを探し始めることにした。
記憶にある場所で、なおかつ村の構造なども変わっていない。だから俺達はいの一番にフロディア達の家を訪れたが……誰もいなかった。
「外に出ているのかな?」
俺は部屋をぐるりと見回しつつ言及。前訪れた時よりもずいぶんと小物が増えているのだが――
「あ……」
フィクハが呟く。どうしたのかと俺が反応しようとした矢先、家の扉が開いた。
「すみません、急に」
「いえ」
入って来たのは若い女性と、アクア。今の彼女は全身を覆うようなゆったりとした衣服で……ちょっとだけ、ふっくらしている。
見た目に少し変化があるとなると、何かあったのか? とはいえ彼女の表情は明るいため、幻術の中で幸せそうに暮らしているのがわかる。
彼女は一度部屋の奥に行くと、何かを持ってくる。小さな容器みたいだが……?
「はい、どうぞ」
「本当にすみません」
「いえ、早くお子さんに塗ってあげてください」
会話から、傷薬か何かだろうか。女性の子供が擦りむいたか何かして、その薬を取りに戻ってきた、という感じだろうか。
「手がずいぶんと汚れているね。農作業をしていたのかも」
セシルが言う。確かによくよく見ると、手には土色が。
「こういう平穏が、彼女の求めるものということかな……」
さらに続けられた彼の言葉に、俺は神妙な顔つきとなる。早く平和になって欲しい――そういう願いが心の深くにあるのかもしれない。
「どうしたんだ?」
そこへ、別の声。フロディアだ。
「ああ、ごめんなさい。どうもお子さんがこけてしまったみたいで」
「そうか。大事にならなくて何よりだ」
声と共に家へと入ってくる――そこで、俺達は彼を凝視し、固まった。
格好は今と一切変わっていない。しかし、杖は持っていなかった……というより、持てない様子。
なぜか――彼の腕には、赤ん坊が抱えられていたからだ。