解放されし者達
翌朝、グレン達が準備を始める中で俺は剣の柄に手を掛けながら考えていた……いくつか方法はピックアップした。問題は、それが通用するかどうか。
魔法でこの世界に干渉できることはわかっている。フィクハの時使った魔法は雷撃だが、おそらく魔力が発するものならば触れることができる……はずだ。
俺がやろうとしているのは雷撃とはまったく違う手段。同じように魔力を生み出すやり方だが、それが果たして通用するのか――不安を抱えつつ、俺達は宿の前へ移動する。
そこにはグレンと仲間達……向かいあうように、マイがグレンの真正面に立っていた。
「レン、これは間違いなく――」
「わかってる」
俺は頷き……剣を鞘ごと引き抜いた。
「見送り、悪いな」
グレンが言う。それにマイは「平気」と答え、
「気を付けて……怪我したら承知しないから」
「わかっている」
互いが笑い合う――フィクハの視線に対し俺は頷き、マイの後ろへ立った。
そして……剣の柄に魔力を込め、その先で少しばかり勢いをつけ、小突いた。
通用するのか……純粋な魔法ではなく武器を使った手法。不安は大いにあったが鞘の先端がマイの背中に触れた瞬間、その感触がはっきりと腕に伝わって来た。
「っ!?」
マイは驚き、大きく足を前に踏み出す。俺に小突かれたために勢いよく飛び出し、あまつさえグレンに寄りかかる結果となった。
「おい、大丈夫か?」
グレンが問う。周囲の仲間からは心配する声とちょっとばかり冷やかす声が半々……そこに、
「ご、ごめんなさい」
マイの声……彼女はグレンと目を合わせ、
「怪我の調子のせいかな……ともかく、ごめん」
謝り身を引こうとした……その時、グレンが彼女を凝視していることに気付く。
「……レン」
「成功だ」
やはり、鍵は彼女だった……心の中で確信した時、グレンの口から声が。
「……マイ」
「ええ、何?」
微笑む彼女。それを見たグレンは、目を見開き驚く。
「なぜ、君が……」
「なぜって……グレン、何を言っているの?」
首を傾げるマイ。そして他の仲間達が訝しげにグレンを見る。
けれどグレンの表情は変わらない。それどころか、何か確信を伴った光が瞳に宿る。
「……なるほど、な」
納得の声。そして彼は天を仰ぐ。
「幻術に取り込まれたわけか」
はっきりと――フィクハが隣でガッツポーズするのを横目で見つつ、俺はグレンを観察する。
直後、ピシリと空間にヒビが入った。幻術が解かれる……そう認識すると共に、周囲が白い光に包まれた――
そして気付けば、俺達は魔王城の廊下。二回目の俺は冷静に鞘を腰に差し、フィクハに向き直る。
「これで終了だ」
「最後はあっけないわね」
神妙な顔つきのフィクハ。目線は、正面の扉。
「で、目の前の扉がグレンのいた……」
フィクハが語る間に扉が開く。中から、グレンが現れた。
「レンと……フィクハか」
彼は俺達の名を呼んだ後、左右を見回す。
「ここは魔王の城だろう? 敵もいないのか?」
「理由があるんだよ」
そう言いつつ、俺は説明を行う……これについては簡略化する必要があると思いつつ、一通り語る。
そしてグレンは、何度も頷いた。
「そうか……だからさっき……」
言いながら、グレンは俺達に視線を送る。
「見ていたのか?」
「……ごめん、マイさんにちょっとばかり干渉してグレンを解放したんだ」
「そうか……この城は、ずいぶんと変わった機能を備えているようだな」
グレンは小さく息をつき、再度俺達へ視線を――
「聞きたそうだな?」
「え……いや、その」
「まあ、ちょっとくらいは」
狼狽える俺に対し、フィクハはあっさりと返答する。
「――って、フィクハ」
「けどまあ、話したくないというのなら、今後私達は口外することなく、今まで通り接するつもりでいるけど」
「……それで納得できる表情には見えないが」
グレンの言葉にフィクハは無言で肩をすくめた。
「まあいい。助けてくれた礼という意味合いもあるから、簡単に説明しよう。あれは私が認可勇者になった当時組んでいた仲間達だ。そしてマイ……彼女は、二人が見たようにサポート役が多かった」
「何か理由が?」
問い掛けると、グレンは肩をすくめる。
「単に実務能力が優れていたからとしか言えないな……いつのまにかああした形となった。そして、私達は共に認可勇者として剣を振っていたが……」
そこでグレンは一拍置き、
「――マイが死んだことで、状況が一変した。幻術の中では、単に怪我をしただけという風に改変されていたが」
少しばかり、ドキリとなる。彼女が――
「モンスターと戦う認可勇者である以上、死は誰もが覚悟していたし、彼女が死んでも仲間達は何も言わなかった……しかし、彼女が死んだことで仲間は散り散りになった。あの幻術の中にいた仲間の中で死んだ者もいる。引退し結婚した者もいる……そして」
そこでグレンは、自身のことを指で示す。
「私のように、今も剣を振り続けている者もいる」
「それは、グレンとしては良い結末とは言えなかったわけよね?」
フィクハの質問。それに彼は歎息する。
「折り合いをつけたつもりではいた……けれどこうして幻術に捕らわれた以上、心の奥底では認められなかったのかもしれない。とはいえ、私自身あの世界にすがり続けるつもりはない……レン」
彼は俺の名を呼ぶと、真っ直ぐな視線を向けてくる。
「今は、新たにできた仲間達と共に、戦うことが大切だ」
「……ありがとう」
礼を述べると一転、グレンは苦笑して見せる。
「ただ、この魔王との戦いで役に立てるかどうかはわからないが」
「ま、やれるだけのことはやりましょ」
フィクハは言うと、手を鳴らし俺達へ告げる。
「さて、話はこれくらいにして次に行きましょうか」
「そうだな……私も協力できるのか?」
「ああ。けど現段階で俺は二回魔法が使える。まだ仲間も少ない状況だから、ひとまず俺が魔法を使用することで幻術に介入を――」
そう述べた矢先、別の部屋の扉が開いた。俺達三人は音に気付きそちら――右方向へ注目する。
そして、出てきた相手と目が合った。それは――
「セシル!」
俺が呼び掛けると、彼はこちらを見返し、
「レン……と、グレンにフィクハ。無事かい?」
「まあね」
「私の方も大丈夫だ」
これで仲間が三人……しかも、セシルは幻術を自力で抜け出した。これはかなり大きい。
セシルが周囲に目を向けている中で、俺達は近づき説明を行う。グレンの時よりは簡潔にまとめられたかな……などと思っていると、セシルからコメントが。
「幻術ねえ……しかもゲームときた。ずいぶんとまどろっこしいな」
「油断はしないでくれよ。俺達は現在敵の術中なわけだから」
「わかっているよ……で、今から別の人の所に行こうというわけか……」
呟きつつセシルは俺達を一瞥。
「……あんまり良い顔はしていないね」
「仲間の心に踏み込んでいるわけだからな……ちょっとばかり罪悪感はある」
「それ自体が敵の計略なのかもね……ま、助けなければならない以上仕方ないと割り切ろう。これに関する話は魔王や、英雄シュウ達の戦いが終わってからでもできる」
「そうだな」
同意してから、俺達は移動を開始する。思う所はあったが――とにかく今は、全員を助けることだけを考えるべきだった。