そういえば確認していなかった
戦闘後、しばらくは双方無言だった。俺はその間に自分の能力について考える。
湧き上がる力をそのまま使った結果ああなった。制御できていないにしろ、もし本気で使った場合、すごいことになるのでは。
もしかすると、俺は相当な勇者なのかもしれない。それを思うと少しばかり強気になってくる。なんだか、ドラゴン討伐だって簡単にできる気が――
「……いやいや」
首を左右に振った。
さすがにドラゴンと聞くとちょっと気が引ける……いや、待った。俺はあくまでドラゴンと聞いただけだ。もしかすると小さいドラゴンだとか、想像しているものとは全く違うかもしれない。
ゲームや小説などでドラゴンの姿形は色々あった。さらには種類だってたくさんある。だから想像しているような巨大かつ、火を吐くような姿でないかもしれない――
「なあ、リミナ」
気付けば俺は、彼女に尋ねていた。
「今回の仕事で関わる……ドラゴンというのはどういう奴なんだ?」
ちょっとだけ婉曲的に訊いてみた――決して直接的に訊くのが怖いというわけじゃない。
「ドラゴンですか?」
聞き返す彼女に俺は頷く。
「ああ。ドラゴンのイメージというのは俺の中にあるんだが……それと一致しているのかどうか」
「思い浮かべている容姿はどういったものでしょうか?」
問われ説明を始める。見上げるほどの巨体に、爬虫類のようなウロコを持ち、火を吐き出し空を飛ぶという内容を伝え――
「大体そんな感じです」
想像通りだと言われてしまった。
「ただ、一つだけ言わせて頂くと」
しかしリミナの話には続きがあった。
「私達人間よりも長寿かつ賢者のごとき知恵を持つ、大いなる存在です」
「その口ぶりだと、神格化されているのか?」
「崇めている国もありますね。あと、ドラゴンが治めている国もあります」
「へえ、そうなのか」
相槌を打ちながら、またも考える。
俺の世界でもドラゴンの扱いは多種多様だった。そうした様々な考え方がこの世界でも広がっているのだろう。
「気になりますか?」
リミナは問う。俺は「多少は」と言葉を濁しつつ、それ以上の言及は避けた。
言っておくが、決して内容を聞くのが怖いからじゃないぞ。
そこからまた沈黙し、草原を進み続ける。自分でも驚くくらい体が軽く、すんなりと足が前に進む。
昨日までの俺は高校まで電車通学かつ帰宅部ということもあり、運動なんてあまりしなかった。もし体ごとこの世界に来ていたら、今頃ヒーヒー言っているだろう。
けれど、さすがに喉は渇いてきた。そういえば、水とか持っていたか?
「あ……少し休憩できますね」
そこへリミナの声。正面を見ると、草原の一角に泉があった。
「地下水が湧き出ているのでしょう」
彼女は一目見てそう判断し、歩み寄っていく。俺もまた足を向け、泉の傍で立ち止まった。
「そういえば、渡していませんでしたね」
リミナは言うと、ザックから木製の水筒を取り出し俺に渡した。それを受け取ると、中身がチャプチャプと鳴る。
「入っているのも水?」
「村の井戸水ですね」
「そっか……ここで補給できるな」
言うと、俺は水筒の蓋を開けて飲み始めた。補給できるとわかれば気にすることなく飲める。
「お腹に溜まるので一気に飲むのは……」
リミナが警告してくれる。俺は頷きつつ口を離し、息をつく。
「わかっているよ……と」
座り込んで水筒を泉に近づける。するとリミナから待ったがかかった。
「あ、ちょっと待ってください」
制止されて、手の動きを止める。
首をやると、彼女は小さく口の中で何事か呟いた後、右手を泉へかざした。
「――留まれ」
瞬間、手先から何か放たれ泉に当たった――ように感じた。
「そのまま汲むと土が舞い上がりますから。それを防ぐ魔法です」
「へえ……」
俺は感嘆の声を漏らしながら、水筒を水につけた。
泉の下はやわらかい土砂が堆積しているが、沈殿しているそれらは一切動かない。
「便利な魔法だな……と、待てよ」
ふと、思い浮かんだ疑問をリミナにぶつける。
「魔法とかで、水を作り出すことはできないのか?」
「可能ですが、極力外部から摂取したほうが良いです」
「なぜ?」
「水を作り出す分だけ魔力が減りますから。こういう旅路では節制が大切です」
「なるほど」
納得し、水筒を上げた。中身が一杯に入り、その状態で蓋をする。
「これでよし――」
と、言った時ふいに水面を見た。そこには俺の顔が映っていたのだが――
「……え?」
一目見て、絶句した。
そういえばこの世界に来てから自分の顔を確認していなかった。だから改めて観察し、驚愕する。
一言で表すなら、地味。黒髪に黒い瞳。少しばかり目が大きい以外は、取り立てて特徴のない顔。頭のてっぺんで髪が立っているのは、きっと寝癖だろう。試しに触れてみるとあっさりと元に戻った。
だが、驚いたのはそこじゃなかった。見覚えがあった――というか、昨日まで高校生をやっていた俺の顔、そのものだった。
「勇者様?」
水面を凝視する俺に、リミナが問い掛ける。けれど、返答できない。じっと自分の顔を見続ける。
これは一体、どういうことなのか――色々と考えを巡らせるが、答えは出ない。
顔まで同じとなると体ごと変化したのか。いや、それならリミナが付き従うことはないだろう。やはりこの世界でも、この顔で間違いないはず。
またもや難問が出てしまった。とはいえ解答が得られることは無い。だから俺はリミナに「ごめん」と言いつつ、立ち上がった。
「顔に怪我とかないか確認しただけだよ」
「そうですか……もし気分が悪くなったら言ってくださいね」
「うん。ありがとう」
礼を告げ、移動を再開する。
とりあえず、顔の件は考えないようにしよう――そう思った。