勇者と仲間
部屋に入った先はやはり白い光の塊。フィクハはそれに驚いたりもしたが、俺はそれを指差し冷静に告げる。
「あの中に入る」
「わかった……難しいようなら、退くことも考えてね」
「了解」
俺は答えた後フィクハを先導し、中へ。光が視界に満ち――やがて、見知らぬ場所に出た。
「ここは……」
目の前には街が見える。結構大きめで、なおかつ街の奥には城が見えた。
城の外観は灰色っぽく、威厳などはやや少なめではあるが、代わりにどこか牧歌的な、平和的な空気を漂わせている。
「あ、ここ知ってる」
フィクハが声を上げる……知っているのなら、誰が捕らわれているか察することができそうだ。
「レキイス王国の首都だね」
「レキイス……ってことは……」
仲間で関連があるとすればグレンだな。とはいえ、他に縁のある人だっているかもしれないので、結論付けるのは早計だが。
「とりあえず街に入るか」
「そうね……っと、ちょっと待った」
フィクハは言うと、俺の袖を引っ張る……今気付いたが、幻術にこうやって入った者同士は触れるらしい。
「どうやら、相手の方から来たみたい」
「え?」
聞き返すと、彼女が後方を見ていたため、そちらに視線を移す――
「グレン?」
魔王城の時とまったく同じ格好をしているグレンが、戦士と共に街道を歩く姿が視界に入れる。
「仲間、ってとことかな」
フィクハが述べる間に、彼らが近づく。グレンの周囲にいるのは男女や年齢もバラバラな面々だったが、装備がどこか小奇麗であったため勇者なのだろうと推測することができた。
「……グレン、今日の仕事に関する報酬はどうするんだ?」
男性の一人が問う。ヒゲをずいぶんと蓄えた、メンバーの中ではおそらく最年長らしき勇者。
「参加した人数だけ報酬を支払うと国が言っている以上、均等に山分けだろう」
「貢献度を少しくらい考慮してくれてもいいんじゃねえか?」
「ちょっと、役に立ったと主張するわけ?」
次に声を発したのは、ややキツイ口調の女性。
「正直、あんたが目立った活躍をしたとは思えないんだけど」
「言うじゃねえか。それじゃあグレンに審判してもらおうじゃないか。どうだ?」
「……私としては、貢献度は全員が同じくらいだと思っているが」
グレンが言及すると、ヒゲの男性が言い募る。
「おいおい、そりゃあねえだろうよ」
「前にそうやって話をした結果、揉めに揉めたことを忘れたのか?」
「……忘れてねえ」
「なら、均等にだ」
グレンの言葉にヒゲの男性はしょんぼりとする。とはいえ、それ以上異を挟むことはなかった。さらに言えば、俺の目から見て不満を抱いているようにも見えない……さっきのやりとりも、どこか冗談めかしいものだった。
「ふむ、なるほどなるほど」
そして横にいるフィクハは、会話を聞いて何やら推察したらしい。
「グレンはとりあえず幻術の世界でも勇者をやっている……で、彼らはその仲間というわけね。会話からするとグレンはリーダーかな」
「彼らに対し、過去何かあったのかな……」
「さあね。けど、勇者として切った張ったしている以上、そうであってもおかしくないとは思うよ。私も認可勇者として色々仕事をしたから、わかる」
フィクハがそう述べた時、俺は彼女と視線を合わせる。
「とりあえず、彼ということで確定だろうな……追うか」
「そうだね。でも、鍵は……」
「グレンの行動を見て、色々と推察するしかない」
そう言うと、フィクハは複雑な表情を浮かべる。
「なんというか、やりにくいね、こういうの」
「俺もそう思う」
「しかもグレン達の態度から見れば、私達はいないものとされている……変な気分」
と、そこでフィクハは何かに気付いた様子で、俺に顔を向ける。
「……これ、じっと観察していれば何でもできるんじゃないの?」
「何でも、とは?」
「例えばレン、覗きとかは――」
「俺はやってないからな」
その点についてはきっちりと主張する。一瞬それが逆に疑われそうな気もしたが――フィクハは、嘆息した。
「ふむ、レンの場合はそういう展開もできると認識した直後、態度でバレないよう自制したってところかな?」
「……よくわかるな」
「何かしら行動していたら目が泳ぐとかしていると思うし。レンって嘘が下手だから」
「だな」
俺は同意しつつ、グレンを指差し告げる。
「後を追うことにしよう」
「そうだね……で、装備品とかに違和感は感じられない。身に着けている物はたぶん今と同じ物だと思う」
「となると、彼に縁のある物を探さないといけないわけだが……」
俺達は会話をしつつ、歩みを進める。そうしてグレン達と共に、レキイス王国首都へと入った。
グレンは宿を間借りして生活をしているらしかった。しかも二人部屋で、別の男性勇者とシェアしているような状況。他の面々もも似たようなものだった。
「そういえば、グレンから聞いたことがある」
フィクハが言う……認可勇者として色々会話をしていた節もあるし、俺よりも彼女の方が彼について知っている。
「グレンはレキイス王国でも結構上位……というより、トップに近い場所にいる勇者だって。だから選抜試験にも参加したし、こうして私達と共に戦っているわけだけど」
「勇者の証の争奪戦の直後、彼は国の要請で呼ばれ、アークシェイドの討伐戦に参加していた……国から、結構信用されているということだろうな」
「そういうこと。で、彼は国内を色々と飛びまわっていたって話を聞いたことがある」
「ってことは、家とか持たないのか?」
「うん。ちなみに宿代も城が負担していた感じ」
となると、私物を保管しておくような場所もないということだろうか……俺は申し訳なく思いつつグレンが使う宿の一室に入っているのだが、鍵となりそうな物が見当たらない。
何かしら物を見つけたのならば考えようもあるのだが……そもそも、物が無い。そうした中でグレンはシェアしている仲間と話している。
「私物って、グレンあんまり持っていないのかな」
「そういえば、セシルの屋敷にいてお茶をしに彼の部屋を訪れた際、物がほとんどなくて驚いたことがあったなぁ」
フィクハが言う……となると、
「身の回りで所持している物、というわけではないのか?」
「どうだろう……私の場合アミュレットだったわけだけど……それを見つけ出すまでに、何かあった?」
「俺はアミュレットから魔力を感じたから、賭けに出たんだが……ふむ、そういう物は見当たらないよな」
「そうね」
「そもそも、魔力を放っているから鍵なのかも確証が持てないんだよな」
というわけで、八方塞がり。一度ここは戻るべきか……という考慮も入れ始めた時、ノックが生じた。
「ああ」
グレンが応じる。扉が開くと――肩に掛かる程度の髪を持った、女性が一人。
上から下まで黒で統一された、ある意味目立つ人物。俺はそこで、眉をひそめた……見た瞬間、多少ではあるが違和感を抱いた。
「次の仕事だけど……内容、聞く?」
「もう依頼を請けたのか?」
「少し緊急性が高い案件のようだったから」
そうは言いつつも、彼女の顔に深刻さは無い。するとグレンは相手を見返しつつ、口元に手を当てる。
「ふむ……俺は構わないが、他の仲間がどう言うか――」
「それなら、私が説得するわよ」
女性が提案。それにグレンはしばし目を細め、
「……いいのか?」
「ええ」
「いつもすまないな」
「大丈夫。グレンは戦闘で頑張ってくれれば」
彼女は部屋を出る……次の瞬間、
「レン、彼女を追うよ」
「え?」
聞き返した時、フィクハは歩き始めていた。
慌てて追う俺。理由を聞こうと思った矢先……彼女から、声が放たれた。
「一目見た瞬間、少し違和感があった……もしかすると、鍵となる人物かもしれない」