解放と理由
どういうことをすべきなのかを僅かに考え……アミュレットへ注目させるべきだと思い、剣を薙いだ。現在アミュレットは壁に掛けられており、太陽光に反射してキラキラと輝いている。
生み出したのは雷撃――とはいってもアミュレットを破壊するようなレベルでは決してない。それはいわば、音を鳴らして気付かせるくらいのもの。
パアン、と破裂音が響いた。それによってビクリとラナが声を上げ、フィクハも目を見開いた。
「え……? え? 何、今の?」
ラナは声を上げ、音のした方向を見る。やはり魔法だと干渉することができるらしい。
俺の魔法の結果は、アミュレットに雷撃を当て僅かながら揺らしたこと。けれど直撃と同時に俺は一つ気付いていた。アミュレットには、明確に膜のような結界が張られている。これが果たして幻術の仕組みなのかわからなかったが……俺はフィクハに視線を移す。
彼女もまた音のした方向……つまりアミュレットを見る。揺れるそれを見ながら、彼女は立ち尽くす。
「……どうして」
「え? フィクハ?」
フィクハはアミュレットを凝視……これは、賭けには成功したということなのか?
「どうして……ここに、これが」
フィクハはアミュレットに歩み寄る。そして彼女はアミュレットに触れる。
「これは……私……」
呻くフィクハ。どうやら鍵はこれで正解のようだ――駄目押しに再度何かしら干渉したかったが、俺ができるのはここまで。後は、祈るしかない。
彼女は少しするとラナへ視線を送った。それを見返した彼女は小首を傾げ、
「どうしたの?」
「ラナ……このアミュレット、どうしたの?」
「どうしたのって、これは院長の忘れ形見でしょ?」
ラナが言う。忘れ形見ということは、ここを運営していた人物が所有していた物ということか。
するとフィクハはラナを見つめ……そしてアミュレットに目を落とす。
「……そうか」
フィクハは、アミュレットに触れる。彼女の手が動く度に、太陽光が反射し眩しい光を室内に与える。
「そういうことか……」
フィクハはなおも呟く。これは――心の中で呟こうとした瞬間、彼女はラナへと振り返った。
「……ラナ」
「どうしたの?」
「ありがとう、ほんの一時だけだったけど……私は、この世界で自分のしたいことをすることができた。例え幻想だとしても、成長したあなたに会えてよかった」
「フィクハ……?」
「けど、もう行かないと」
アミュレットを握り締める。同時、ピシリと何もない場所にヒビが入り始めた。
解放される――認識すると同時に、ヒビが大きくなり光が生まれる。フィクハはそれをただ見据え――やがて、俺も光に飲み込まれた。
――気付いた時、俺は魔王城の廊下にいた。
「……あれ?」
部屋に戻るんじゃないのか。俺は周囲を見回し敵がいないことを確認しつつ……真正面に扉。おそらくここにフィクハがいるだろうと思いつつ待っていると、扉が開いた。
中から出てきたのはフィクハ。俺と目が合うと、彼女は笑みを浮かべた。
「……もしかして、さっきの破裂音はレンが?」
「まあ、な」
そこで簡潔に事情を説明する。魔王とゲームをしている最中であることや、さらにこの場所で戦うことができないことなど――
「……なるほど、そういうことか。で、レンは私を助けに?」
「ああ……最初にたまたま入ったのがフィクハだったというだけで、他に理由はないぞ」
「そう……」
フィクハはそっけない返事だったが、俺に注目。何が問いたいかは、深く理解していた。
「……悪い、助けるためとはいえ、フィクハの心の中に半ば入り込んだみたいな感じで」
「いいよ。そうでなければ助けられなかっただから仕方がないよ」
フィクハが言う……俺としては再度謝るべきか迷いつつ……さっきのことは忘れると言おうとしたのだが、
「――私は、あの孤児院で暮らしていたの」
ふいに、フィクハから告げられた。
「レンがどのくらい見ていたかはわからないけど……まあ、そんなに経営状態も良くなかったし、大変だった。あの場にいたラナは私と同い年の友人。で、私は孤児院に少しでも貢献しようと必死に勉強して、魔法が学べるあの学校に入った。私は小さい頃から、あの学校に通っていたの」
そこまで語ると、フィクハは無邪気な笑み。
「一応、これでも学費免除の特待生だったのよ? ま、だからこそ魔法を学ぶことができたわけだけど」
「そうなのか……その縁で、シュウさんと?」
「違うよ」
否定。俺の口が止まり、反対にフィクハがさらに語る。
「ああして学校でシュウさんの弟子になること自体、妄想……孤児院は、私が必死で勉強する間に経営難に陥った。正直私も覚悟していた。その時――」
と、フィクハが悲しい表情を見せる。
「あのアミュレット……あれは私が孤児院で暮らしていた時にいた院長の忘れ形見……孤児院に似つかわしくない高価な魔法の道具で、あれを売り払って少しでも孤児院が維持できるようラナは提案した」
「……それで、売却したのか?」
「その予定だった……まあ、それを売却しても経営難が解消されるわけではなかったけど、それでもかなりのお金が入るから、しばらくは……ということで、ラナがそれを道具屋に持ち込んだのだけれど……鑑定ができないから後日ということになった」
そこで、フィクハは力なく笑う。
「それを、道具屋にいた人間……賊が、見ていたの」
「賊……?」
「私が帰って来た時には全てが終わっていた。孤児院は赤に染まり、私だけが残され、アミュレットは奪われた……結局、今も所在はわかっていない」
殺された、ということなのか――
「……唯一残った私は、復讐に憑りつかれた。魔法自体そこそこできて、なおかつ剣術も少しばかりやっていたから……学校を辞めた。十四の時だったかな」
「十四って……」
「成績も良かったから、自惚れていたんだよね。で、私はその賊を必死に見つけ出して、戦いを挑んだ……結果は、学生である以上推して知るべし、よね」
――そこまで聞いて、俺は次の言葉の予想がついた。
「で……そこを、シュウさんに救われたと?」
「ええ。私が助かったのは本当に偶然。その場で殺されても、捕まってどこかに売られてもおかしくなかった状況で、シュウさんを始めとした国の騎士団が駆けつけた」
「それは――」
「私のためじゃないよ。その賊が、国の宝物庫に手を出したのが原因。そこで私はシュウさんと出会って……事情を話して、ならばということで私を弟子にすると言った」
「なぜシュウさんは……?」
「さあね。私は理由を何度も訊いたけれど答えてくれなかった……私がシュウさんを追うのは、それを聞きたいというのも理由の内に含まれる……けど、訊くことで戦いに支障をきたすのであれば、何も問わず戦うつもりではいる」
語り、フィクハを俺を見据えた。
「これが……私の戦う理由」
「……なぜ、話したんだ?」
「気になるでしょ? けど、あんまり人には話さないでね」
言った後フィクハは俺に背を向け、扉を見据える。
「……こうやって、今から人々の頭の中に入り込んでいくわけだから、覚悟の意味を込めて話したわけだけど」
「ああ……そうだな」
俺は頷いた。そしてフィクハは一度俺へと視線を投げ、
「それじゃあ、他の部屋を当たりましょう……先は長いのだから」
「わかっている……次に進もう」
俺は同意し、フィクハと共に歩き出す。先は長い――気持ちを切り替え、他の仲間を救うことにした。