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彼女の鍵

 子供を交えた夕食には、会話通りフィクハは来なかった。そして食事が終わったタイミングで彼女は起床し食堂へやってくる。

 そしてラナに「外に出る」と一言告げ、孤児院を出た。


 そこで俺は気が引けたが……行動を開始する。フィクハの部屋に入り、鍵となりそうなものを探す。

 これはやっておかなければならないことだ……そんな風に自分に言い聞かせつつ、俺は彼女の部屋に入った。室内は当然暗い。けれど今日は月明かりがずいぶんとあり、しばし立っていると段々と目が慣れ、室内を見回すことができた。


 中はひどくこざっぱりとしていた。扉の正面には窓。右にベッドと、クローゼット。そして部屋の左側――壁際に、本棚が少々。

 床には何も置かれていない。俺ははだけられたシーツに目を移した後、本棚を確認。鍵があるとすれば、こうした本だろうか。


 背表紙を見て、題名から魔法関係のものだと察することができた。試しに手を伸ばしてみるが、体が透過してしまい中を確認することはできない。

 仕方ない……思いつつ背表紙を確認。どれもこれも難しい題名で、この中に鍵があるとしたらお手上げだと思った。


「いや……考えられるとしたら彼女が現在身に着けている物か、縁のある物だよな……」


 本に思い入れがあるのかどうかはわからないが、共にセシルの屋敷で暮らしていた時「こういう本が好きだ」という話も無かった気がする。愛読書云々が話題に出たことは確かあったはずだが、その時フィクハは何も言及しなかったため、本が鍵だという可能性は低い気がする。


 次にクローゼットを確認。とはいえさすがに暗がりなので検証することも難しかったのだが……怪しい物はないような気がした。


「となると、この室内にはないのか……? やっぱり剣か、あのアミュレットか……」


 魔力を宿していたようなアミュレットの存在が気になった。剣を最初見た時そんな風に感じなかったのだが……あのアミュレットについては、少しばかり俺も反応したのだ。

 ただあれを現実世界で直接見たことはなかった。けれど――


「……明日、フィクハが学校に行って剣について何か情報を手に入れたら、考えてみるか」


 結論付けて、この日の情報集めを終了することにした。






 眠れるのかと少し不安になったのだが、横になったら次の日になった。さすがにフィクハが動いていない時間帯見て回るのは無駄だったので、これは良かった。

 そういえば、疲労なんかは感じていない……これはあくまで幻術であるため体もそうした影響がない、という解釈で良いだろう。


 で、フィクハは藍色の上着を羽織り、ザックを持ち朝早くから学校へ。シュウと色々研究でもするのかと思い追随。なんだかストーカーみたいだとちょっとばかり罪悪感を抱きつつ、学校に到着した。

 彼女は迷わず建物の中を移動し、シュウの部屋へ。そこにはローブ姿……ではなく、動き易そうな格好をしたシュウがいた。


「おはよう、フィクハ」

「おはようございます……今日も、よろしくお願いします」

「ああ」


 にこやかに言うと、シュウは傍らに置いてある剣を手に取った……さらに、その横に別の剣があり、それも持った。

 その内に一本が、現在フィクハの握るものであるのは俺も明確にわかっている。しかし現在はシュウの手元にある……ということは、あれは元々シュウの剣だったのか? あれについても出自がわからないのでなんとも言えないが……ともかく、この幻術世界ではシュウが所持しているようだ。


 二人はそこから移動。建物を出て、訓練場らしき場所に到着する。

 そこでフィクハは上着を脱いだ。彼女もまた動き易そうな格好……剣を訓練するための格好のようだ。ローブはおそらくザックの中だろう。ふむ、この世界でも勇者になろうとしているってことなのか?


 考える間にシュウが剣を差し出す。そこで俺は目を見張った。それは彼女が現実で日々使っている剣……握った瞬間反応があるかなどと思ったが、彼女は受け取っても何も示さなかった。

 少しして訓練が始まる。というかシュウは剣を触れたのか……これが現実で当てはまるのかどうかわからないが、一応記憶にとどめておこう。


 金属音が周囲に響き始める。それほど厳しい訓練ではなく、どちらかというと剣の腕が鈍らないよう普段から剣を振っているくらいのもの。まあ魔法使い同士であるためそれ以上のことができない、と言ってもいいのかもしれないが。


「フィクハ、試験の方はどうだい?」


 剣を打ち合う中で会話が行われる。それにフィクハはシュウの剣を弾き、


「それは学校の試験ですか? それとも――」

「宮廷魔術師に関する試験の方だ」

「順調ですよ」


 答えるとフィクハは再度シュウの剣を打ち払う……宮廷魔術師か。

 魔法使いである以上、フィクハがそういう選択をするのは驚く事ではない。むしろ現実のように勇者をやっている事の方が驚きだろう。


 やがて、二人は訓練を終える。その時に至ると生徒もまばらに出現し始める。授業の時間までは余裕もあるが、そろそろ準備を始めないとまずいかもしれない。


「……ありがとうごさいました」

「いや、大丈夫。私も適度な運動になっていいし……それに、こういう訓練が宮廷魔術師になるのに繋がるとすれば――」

「どうでしょうね」


 苦笑しつつフィクハはシュウへ剣を返す。


「すいません、お借りしていて」

「何をいまさら」


 彼は剣を受け取るとにこやかに告げる。


「もし試験の時必要になったら、餞別として君に贈ろう」

「……ありがとうございます」


 フィクハはお礼をした後、この場を立ち去る。ふむ、剣を握り何かを思い出したという様子ではなさそうだ。

 となれば、思いつくのは孤児院にあったアミュレットだろうか……あれが本当に鍵なのかはわからない。本当は先ほどまでフィクハが握っていた剣なのかもしれない。


 俺は悩み……剣を振りながらまったく反応を示さないフィクハを見て、決断する。


「賭けに近い……が、やるしかないか」


 貴重な一回だが、それでも――俺は決心しつつ、フィクハが立ち去った方向へと歩き出した。






 その日は何事もなく一日が過ぎ去った。俺はいち早く孤児院へと戻り、事務室にあるアミュレットを確認する。

 やはり、魔力が感じられる……それがこのアミュレット自体の特性なのか、鍵だからなのかはわからない。けれど他に候補がないのも事実。


「結局、見ているだけで彼女の全てを窺い知ることはできない……ここはやるしかないな」


 改めて決断していると、フィクハが帰って来た。昨日と同様子供達に迎え入れられ……入口を抜ける。

 今日ラナは事務室にいる。フィクハは来るだろうかと内心思っていると、ラナに会うためか事務室に入って来た。


「ただいま」

「お帰り……今日は夕食の準備もしてあるから」

「ありがとう」

「で、これからどうするの? 昨日みたいに眠る?」

「ううん。もし何かあればラナを手伝おうかなと思ったけど」


 フィクハは言いながらラナに近寄り、横から書類に目を通す。


「……うーん」

「そう無理しなくてもいいよ。こういう書類はフィクハもあまり触れたことないでしょう?」

「そうだけど……いいのかな。私だけあんまり仕事せずに」

「いいのよ……それよりもフィクハはやることがあるでしょ? 宮廷魔術師の試験。昨日はあまり勉強できなかったみたいだけど」

「……そうね」


 フィクハは息をついて部屋を出ようとする――俺はここにしかないと直感し、剣の柄に手を掛けた。


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