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帰る場所

 夕方、学校が終わりフィクハは校外へと出る。シュウとの会話を聞いたところによると、夜まで実験などをこなすことも多いらしいが、今日は特に何もないらしい。


 それは俺にとっても好都合……というか、待っているだけの時間って結構辛い。なんだか時間を無駄にしている気もするし……けど、焦ってもどうにもならないのは理解できているので、ひとまず彼女を救うべく頑張ろう。


 彼女はやがて学校を離れ、街へと歩む。校内からはわからなかったのだが、学校から少し進むと大きな街が存在する。俺には見覚えがない場所だが……規模としてはかなりのもので、もしかすると国の首都かもしれない。


 フィクハが街に入り、俺もそれに追随。少なくとも鍵らしきものは見当たらない……やっぱり第一候補はシュウの部屋に置いてあった彼女の剣だろう。

 やがて彼女は大通りを逸れ、脇道へ入る。下宿先がどこかなのかと考えていた時……そこに、辿り着いた。


「ここは……」


 木造の、やや地味な佇まい。二階建てなのだが他にも背の高い建物があるため、それほど目立っているというわけではない。

 言ってみればそこは、田舎の小さな小学校みたいな雰囲気があった。さらに建物の前にはそれなりに遊べる広場があり、そこに子供が結構いた。


「ただいま」


 フィクハが言う。それと共に子供達が歓声を上げ近寄ってくる。

 子供達が、口々にフィクハのことを「お姉ちゃん」と言う。まさか実の姉というわけではないだろう……彼女がただいまと言ったことを踏まえれば、彼女はここの関係者で、ここで暮らしているのだろうか。


 見守っているとフィクハはやがて建物の中へ。それに続くとフィクハと向かい合う女性の姿があった。

 腕を組み、茶髪を揺らす眼鏡を掛けた女性。地味な印象を抱く彼女は、フィクハを見てどこか困った表情を見せていた。


「おかえり……けど、あなたの分まで夕食を用意していないのよ」

「なら、私だけ外で食べるからいいよ」


 フィクハはあっさりと答えると、彼女の横を通り過ぎる。


「今日は朝から準備で疲れたから、ひとまず寝るよ」

「わかった……実験は成功した?」


 女性の問い掛けにフィクハは首だけ振り向き、


「もちろん……聞いてよ、ラナ。シュウさんがやる実験だから私なんていなくても大丈夫みたいな感じで色々言ってくる人がいるんだけど……」

「でも準備はフィクハがしたんでしょ?」

「そうだよ。シュウさんが魔法実験をするのに必要な申請とか、色々ね……こういう大変さを理解できない人ときたら……」


 と、なんだか怒った表情。ああしてシュウの下で色々やるというのも、面倒があるのだろう。

 彼女は助手だから、雑務なども行っているという感じか……考えているとフィクハは再度ラナに告げる。


「それで、ごめん。さっきも言ったけど寝るから……夕食は、私のこと考えなくてもいいからね」

「わかった」


 ラナがにこやかに帰した後、フィクハは歩き出した。後を追うと、彼女はとある一室へと入る。彼女の部屋らしい。

 俺もまたそれに続こうとして……扉の前で、足を止めた。


「……これ、入っていいのか?」


 プライベートルームなわけだし……いや、鍵があるとすればこういう場所だとは思うのだが。

 俺は少しの間扉の前で逡巡する。鍵について調べなければならない以上、部屋を見ないわけにはいかない。けれど、女性の部屋にこうも簡単に入ってしまうのは……助けた後何も言わなければ、というのもあるにはあるが罪悪感がある。


 とはいえ、やっておかなければならないのもまた事実……だから一度深呼吸をして、俺は扉をすり抜け――

 すぐさま、扉の前に戻った。


「……あ、危ない……」


 思いっきりローブを脱ごうとする姿が見えた。着替えをするつもりだったらしい。


 ……実質俺は透明人間みたいな状態なので、こういう状況にもなるわけだ。けど、ここで変に着替えでも見ようものなら助けた後確実に意識するだろうなぁ……うん、誤魔化すのが下手な俺がそれをやると、間違いなくバレて鉄拳制裁だろう。なので、とりあえずほとぼりが冷めるまで後回しにしよう。うん、そうしよう。


 というわけで、俺は気持ちを逸らすように建物の中を散策開始。で、歩き回った結果ここにいるのは大半が子供……加え、先ほどのラナ以外に一般的な服装の女性と、修道女らしき人が少数いる。

 ここまで来ると、さすがにここがどのような場所か想像できる……孤児院だ。


「そういえば、あんまり過去については訊かなかったな……彼女はここの出身なのか?」


 深く詮索する機会もなかったためわからない……勇者と学者で立ち位置もずいぶんと違う。本来のフィクハがこうした孤児院と関わっていたかどうかは、もう少し調べてみないと確証を得ることはできないだろう。


 だからひとまず、俺は孤児院の中で情報を集めることにした。先ほどフィクハが会話をしたラナという人物を見つけ、ちょっと見守ってみる。

 彼女は机がいくつも並んでいる、事務室みたいな部屋で書類を作成していた。覗き込んでみると国に申請する書類らしい。孤児院経営をしているようなので、まあ色々とあるのだろう。


「……こう書くと、お金を無心しているようにも見えるかな」


 ブツブツ呟くラナ。どうやら孤児院の運営費に関する書類のようだ。やっぱり大変らしい。

 そんな折、修道女らしき人物がやってきてラナと向かい側に座る……ふと思ったが、フィクハが関係ない部分でもきちんと生活をしているんだな。この幻術の精巧さが垣間見える部分だ。


「ラナ、調子は?」

「あまり良くはありませんね……とはいえ、以前と比べればずいぶんと良いですが」

「これもフィクハのおかげかしら?」


 修道女が問う。それにラナは苦笑し、


「フィクハは……自ら望んでシュウさんの弟子になったんですよ?」

「わかっているわよ。けれど、彼女のおかげで英雄の支援が少しばかり受けられるようになったというのは事実じゃない」

「それは結果であって、目的ではないと思いますけどね……」


 ラナは返す……ふむ、フィクハはシュウに弟子入りして、それによってシュウが少しばかり孤児院に……という感じなのか。

 これが現実で起こった事なのかはわからないが、フィクハにとってそういうことが理想なのだというのは理解できた……そして、フィクハ自身孤児なのだろうか?


 謎が色々と出てきた……鍵となる物も確定できないので、もしかすると長丁場になるかもしれない――そんな風に考えた時だった。

 ふと、部屋の片隅にキラリと光る物を目にする。それは綺麗な造形が施され、青い宝石がはめられたアミュレットだった。


 それに目を引かれたのは、太陽光に反射したため……だけではない。孤児院というのは貧乏みたいなイメージがあるのだが……この施設はそういう例に含まれている様子。だがそのアミュレットについてはずいぶんと高価そうに見え、こういう言い方はどうかと思うが、孤児院には不釣り合いな物に見えた。


 そして、なんとなくだが……魔力が宿っているようにも見えた。もしかして――俺は推測しつつひとまず記憶に留めておこうと決心する。


 やがて、ラナ達は席を立つ。料理名を口にしながら会話をしていたため夕食を作るのだろうと見当をつけつつ……俺はふと立ち止まり、魔力があるように見えるアミュレットに目を向け続けた。


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