最初の世界
目の前には、見知らぬ建物が見えた。白く堅牢でありながら、どこか知性を伴った外観……そこまで思うと同時に、周囲に目を向ける。
ローブ姿の人物が多数いる……全員画一的な格好で、初めて見た光景ではあったがどういう場所なのか容易に推測することができた。
「学校……か?」
といっても年齢的には大学生相当だろうか……いや、俺と変わらないくらいの年齢っぽい人もいるので、年齢が統一されているというわけではなさそうだ。
で、学生達は俺に目もくれず歩いている。試しに近づいてきた男性に対し肩を叩こうとしたのだが――すり抜けた。なるほど、俺は部外者ということでないものと扱われているらしい。
「魔法を使えばこれに干渉できるってことだろうな……さて」
俺は再度建物を見る。そして息を一つつき、
「魔法使いの学び舎ってことか……となると」
魔王城に突入したメンバーでこういう場所に関連する人物はそう多くない。とはいえ騎士の中には魔法使いもいたはずで、その関連という可能性もゼロではないが――
「ひとまず、誰のものなのかを理解しないと」
言いつつ俺は足を学び舎に向けようとして……ふと、振り返る。そこには先ほどすり抜けた球体の光に酷似したものが一つ。
「出る時は、ここに入れってことか」
おそらく俺は部外者であるが故に出たり入ったりできるのだろう。一度入ったら幻術に捕らわれた人物を助けないと出られないと思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。
まあ、アルーゼンから見れば時間を浪費させていることに他ならないだろうし、あんまり出たり入ったりするのも時間的に問題が生じるかもしれない。とりあえず、できるだけ急ぐことにしよう。
俺は学び舎へ歩き出す……入り込んだ以上時間の進みも遅くなるのかと色々考えつつ、建物の中へ。
そこは、元の世界の学校に近い場所だった。下駄箱があるわけではなかったが、様々な部屋に繋がる廊下や統一感のあるローブは俺に学校を想起させるには十分すぎる。さすがにコンクリートで作られているわけではなく木造だが、それでも通っていた学校に近い印象を受ける。
「さて、どこにいるのか……」
今日初めて会ったばかりの人物だとすると、俺には理解できないのだが……とりあえず、仲間の誰かという可能性を考慮しつつ、建物の中を見回ることにする。
で、一つ気付いたのだが……そこかしこにローブ姿の男女が溢れ、講義室らしき場所には人がいない。外の明るさを考慮すれば、現在昼休みということなのだろうか。
だとするとさらに発見しづらいような気がする……あるかどうかわからないが人が多い食堂にでも行って、調べるべきだろうか。
そんな風に考えた時、視界にとある人物が入った。目に入ったのは僅かな時間ではあったが見覚えがあったのは間違いなく、俺はそちらへと足を向ける。
その姿は廊下に消えた。後を追うと、人が少ない場所に行こうとしているのがわかる。
後姿が発見できたため、俺は追う。その人物もまたローブ姿……その人物に対しては黒いローブなら見たことがある。けれど相反する白いローブというのは、俺にとっても新鮮だった。
その人物が廊下を歩いた先、とある部屋に入る。俺はその扉の前に立ち、どうするべきか悩んだ。
扉が開くのか……試しにドアノブに触れてみたら、すり抜けた。あ、これってもしや――
俺は察すると同時に足を前に踏み出す。足は床を踏みしめているのだが、扉をすり抜けることはできた。
そうして、俺は中へと入る。そこには――
「準備、できました」
フィクハの声だった。彼女は部屋の奥で窓を見ながら立っている人物――白いローブ姿のシュウへと呼び掛けた。
その姿に、少なからず驚く。こうしてフィクハの存在が出たということは、十中八九彼女が捕らわれているのだろう。そして、この夢はおそらく彼女が望む世界を表している。
となれば、彼女はシュウと……内心推測すると共に、俺は両者の会話を聞く。
「そうか。なら午後から実験に入ることにしよう……それでいいな?」
「はい」
返事をするフィクハ……シュウと彼女の間には、おそらく教授と助手といった関係が存在するのだろう。
フィクハの望みは、こうしてシュウの下で働く事だろうか……そこで俺は、はたと気付いた。他人の望む世界に入る――これはいわば、他人の深層を覗き込むことに他ならないのではないか?
その点に気付き俺は少しばかり狼狽えた。救うために仕方がないとはいえ、他人の願いに土足で足を踏み入れるような真似は――
その時、俺はシュウの立つ場所の近く……傍らに一本の剣が置いてあることに気付いた。それは紛れもなくフィクハの剣……ここにあるというのは少しばかり違和感がある。となれば、あれが彼女にとって鍵なのだろうか?
疑問はあるが、それでも確定事項ではないし少し様子を見るべきか……内心思う所もあるので良い気はしなかったが、俺は彼女をしばし観察することにした。
それから二人は移動を開始。さらに昼休みが終わったらしく、ローブ姿の男女は講堂などに入り込む。そうした中でフィクハとシュウは建物横に存在する空き地で、魔法実験を行おうとしていた。
それには多くのギャラリーがいた。なおかつ教授らしき年配の男性の姿なんかもある。英雄シュウの魔法実験であるため、色々と興味を示す人間が多いのだろう。
「では、始めます」
シュウが言う。空き地の真ん中に陣取り、詠唱を始める。
それをどこか憧れるような目で見るフィクハ……実験内容がどんなものかは俺には理解できないが、少なくともフィクハはこうして学者をやっていたかったのだろうと、想像することはできた。
「そういえば、フィクハは何で勇者になったんだっけ……」
自ら不安定な職業などと言っていたよな……騎士や城抱えの魔法使いになるようなこともなく、彼女は勇者という道を選んだ……そして、彼女が望むのは学者。この辺りが、鍵と関わっているのかもしれない。
ただ、こうして推測するごとにやっぱり彼女の願望なんかに踏み込んでいくのは間違いなく……やっぱり、あまり良い気はしない。
「そういえば、アルーゼンは言っていたな。どういう意味を持つのか……」
きっとこうして幻術を解こうとすれば、大なり小なり仲間の願望に踏み込むことになる、と言いたかったのだろう。俺は完全に魔王の術中なのだと少しイラつきながら、実験が終わるのを待つ。
どちらにせよ、鍵が剣なのかどうかを確かめるためには……フィクハがこの世界でどう過ごしているかを見るしかない。本当は彼女が自らの意思で解決してもらうのが望ましいのだが――
「やるしか、ないか」
色々思う所はあったが、決意する。毒食らわば皿まで……そんな風に思っていると、歓声が上がった。
雷撃が空中で停滞している……どうやら実験は成功らしい。
フィクハも満面の笑みを浮かべながら手を叩く。その姿はまさに、理想的な世界に身を投じているのだと心の中で思い――本心から望んでいるとしたら、抜け出すのは難しいのだろうと思った。
「……ひとまず、様子を見るしかないか」
俺は呟き、フィクハの隣に立って歓声上がる光景を眺める。シュウとフィクハ――二人を眺めつつ、俺は誰にも気づかれない中で一人険しい顔をして立っていた。