幻術の光
扉を抜けた先も、明かりはあるが黒が主体の内装でとことん暗いイメージを与える……壁面や壁、全てが黒で統一されている様は、どこか厳格な雰囲気もあり空気もずいぶんと張りつめている。
「……ひとまず、自分がどこにいるのかくらいは知った方がいいのか?」
せめて玉座までの道のりくらいは……いや、ここは手近な部屋に入り込んで誰かを助けるべきか? 味方が増えれば城内の構造把握と仲間を助けるということを分担できるし。
「とはいえ……」
俺は左右に広がる廊下を見回す。俺の出た扉の横には、別の扉。そこから一定間隔で同じような扉が並んでいる。おそらく俺と同じように捕らわれた人が扉の奥にいるのだろう。
「……問題は、誰の所に行くかだよな」
どの部屋に誰がいるのかまったく把握できない……ここで俺は幻術について考える。先ほど俺は、元の世界に戻り学校生活を送っていた。
「元の世界に戻った……というより、この異世界に来たこと自体が無かったって感じか」
幻術によって見せられた光景は、果たしてどういう意味合いがあるのか……例えば『俺が望んだ事』を見せるのだとしたら……あの日常生活は、俺の望んだことだったのだろうか?
「俺は心の奥底では、元の世界に帰りたいのか……?」
魔王城の中で考えることではないようにも思えるが……周囲に注意を払いつつ、俺は思考する。
けれど元の世界の光景を見せられて、多少なりとも心がグラついたのも事実ではある。ああやって普通の学校生活を送る……というのは確かに、俺が求めていたものなのかもしれない。
「……そう考えると、あの幻術はやっぱり……」
魔王アルーゼンは、試練だと言っていた。それを乗り越えた者だけが、この魔王の城で魔王と戦うことができる……そしてそれは、苦痛などではなく求めるものを差し出し取り込むということ。
そういえば幻術に取り込まれた直後、俺はこの世界について記憶を失くしていた。それを踏まえると、他の仲間達が見ている幻術も今の状況とは関係ない世界かもしれない……記憶まで失っているとなると、抜け出すのは大変かもしれない。
そして、突破できたのは聖剣の存在があったから……幻術は試練である以上、抜け出すための鍵が存在する。俺の場合はたまたま元の世界で非日常な部分だったから早期に気付くことができたわけだが……同じ条件となるとアキくらいしか思い浮かばないので、他の仲間は鍵を見つけること自体も大変なのかもしれない。
「ともあれ……まずは誰かの世界に入り込んでみるしかないな」
猶予は四回……そして例え干渉しても抜け出せなければ無駄に魔法を使うことになる。よって、慎重にしなければ。
「だけど、さすがに誰が当たるのかまでは予測できないな……」
扉を見る。どれに入ればいいのかわからないのだが……ま、ここは考えても仕方がないか。
とりあえず手近な部屋に入ってみるか……などと思いつつも、俺は再度思考する。四回干渉できるとして、どうやって仲間を救い出すのか。
幻術を突破する鍵は……俺の場合は聖剣だったが、他の仲間の場合はどうなのか……リミナやセシルなど親しい仲間ならば鍵となる候補を推測することもできるが、今回初めて会った勇者などの場合、その鍵が何なのかもわからないため、干渉しても失敗する可能性がある。
なので、まずはその鍵を見つけることを先決としよう……頭の中でやるべきことを整理した後、俺は手近な扉に近づいた。
扉越しに中の魔力を探ってみるが、わからない。遮断する素材なのかもしれない。
「罠とかだったら……防ぎようがないな」
とはいえ、アルーゼンの語っていたことを考えると魔力的な罠の設置はないかもしれない。魔王城に付随するものならまだしも、魔法的な罠を設置する時点で魔法を使うわけだし……アルーゼンの特権により罠を張り巡らせたという可能性もゼロではないが、ゲームと語っていたアルーゼンが、わざわざ別の手で何かをするとも考えにくい。
ま、仕方がない……ここは出たとこ勝負しかできなさそうだ。俺は意を決し、ドアノブを握り、開けた。
中を見ると、まず目に入ったのは白い光。最初明かりかと思ったが、違った。
「何だ……? これは……?」
呻き、部屋の中央に存在する光を見る。
部屋の中は俺が幻術から解き放たれた場所と同じ構造をしていた。真四角の部屋と、四方の明かり。けれど大きく違う点が一つ。部屋の中央に、球体状の光が存在していた。
大きさは人がすっぽりと入るくらいのもの。その光は部屋の中央で停滞し、奇妙な存在感を放っている。
音などは一切させず、ただそこに光がわだかまっている……おそらく、この光の中に人が捕らわれているのだろう。
「……やっぱり、誰なのかわからないな」
光へ目を凝らしてみるが、誰が取り込まれているのか一切不明。こうなると俺にできる選択は一つ……触ってみるしかない。
扉を閉め、ゆっくりと光に近づく……ここでふと、この光ヘ向け魔法を当てたらどうなるのか考えた。
そのまま光が消え、中の人間が……というのは希望的観測か。魔法を当ててそれが成功するかもわからないし、最悪の場合光の中にいる人物に魔法が当たる――という危険性もある。やっぱり光に触れるしかないだろうと思い、俺は意を決しさらに接近。
手の届く場所に来てから、俺は一度深呼吸をした後……ゆっくりと手を伸ばす。触れた瞬間幻術が創り出した世界に飛び込むのでは――そんな風に予想していたのだが、
手が光に触れ……何の感触もなかった。
「あれ……」
地味な反応だったので俺は少しばかり拍子抜けしつつ一度手を引っ込める……いや、油断はよくないな。
そこまで考えてから一度気を取り直し、再度光に触れる。やはり反応はない。
さらに手を伸ばしてみるが、やはり効果は無い……いや、この時点で何をするのか俺には予想できた。
つまり、飛びこめということだろう。
「なんだか……敵の術中って感じで嫌だけど」
まあ、今の時点で敵の術中か……認めたくはないけど、こういう状況に陥ってしまった以上、最善を尽くすしかない。
そう思いつつ俺は足を光へと踏み出そうとして――ふと、立ち止まった。
「ん……?」
足先が光に触れていたのだが、その状態で一度部屋を見回す。
先ほどまでと魔力などに変化はない。けれど、今まで混乱していたから気付かなかったのだが……何か、違和感がある。
取り巻く魔力――これがふいに、俺に違和感を抱かせた。
「……罠、じゃないよな?」
敵意は感じられない。おそらく魔王城に内在している素の魔力なのだろう。罠などに利用されていないため、ただ城に雰囲気を与えているだけのもののはずだが……なぜ俺は、気になったのだろうか。
「……まあ、これから嫌という程魔王城を歩き回るんだ。後回しにしてもいいか」
まずは仲間――そう考え俺は止めていた足を動かす。さらに一歩光に踏み込み、俺はなんとなく手を突き出す。
光の中を触ってみても、人が収まっているような感触はない。となればここには魔力だけしかないのだろうか? 仲間達はどうなっているのか――
いや、俺が無事だった以上大丈夫か……あくまで今は、という言葉が頭につくが。
そこから俺は一度深呼吸をして光の中に入る。視界が白で一気に満たされ……やがて俺は、見知らぬ場所に出た。