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聖剣と提案

 家に帰り、母親の呼び掛けに適当に応じた後、部屋へと入る。鞄を置き服も着替えず視線を巡らせると、朝と変わらず一本の剣が壁に立てかけてあった。

 それほど装飾などがないシンプルな剣……しかし俺は、それをじっくりと見た瞬間またも気持ちが変化した。


 けれどそれは懐かしいという気持なんかじゃない。そこに剣があること……俺がその剣を握ることが、ひどく日常的であると思えた。

 一度深呼吸をしてゆっくりと近寄る。その時頭の中で警告みたいなものが発せられた……それに触れない方がいいと。


 けれど、俺は構わず剣を握る。重い。結構力を入れなければ落としてしまうレベル……まあ鉄の塊である以上、当然と言えば当然か。

 そして俺は持った感触に対し別の事を思った。俺はずっと、この剣を握っていたのではないだろうか。


「俺は……」


 呟く間に再度頭の中に警告が発する。剣を置いた方がいい――

 それがどこか悪魔のささやきのように思え、俺は反抗するようにゆっくりと剣を抜いた。刀身は綺麗な白銀。そして自分の顔が刀身に映る。


 自分の顔と視線を合わせた時……俺は一つ思い出した。白い空間の中で、俺とまったく同じ顔をした人物と話をする光景。


「……勇者、レン」


 それを口にした瞬間、俺の頭の中に様々なことが思い出されてくる。寝て起きたら見慣れない場所。見慣れない女性。初めての仕事。遺跡……そして――


「この、世界は……」


 記憶がよみがえってくる中で、俺は周囲を見回した。ここは間違いなく俺の部屋だった。けれどこれは間違いなく、幻。


「魔王の仕組んだことなのか?」


 呟いた時、ピシリとヒビが入るような音が聞こえた。俺はすぐさま周囲に視線を向け、音の出どころを探る。

 それはすぐに見つかった。何もない空間……部屋のおよそ中央付近に、突如白いヒビが現れていた。


 これが何を意味しているのか……俺は見当つかなかったがそのヒビに対し、剣を構える。握った感触は紛れもなく聖剣だったが、俺自身の筋力が違いすぎるせいかずいぶんと重い。きっとこっちの世界の俺と、勇者レンとでこれほど差があるということなのかもしれない。


 剣を掲げる。そして――縦に一閃し、そのヒビへ斬撃を見舞った。


 次の瞬間、ヒビがさらに広がりそこから光が溢れだす。それは一瞬で部屋を取り巻き、視界を大きく遮った。

 反射的に目を瞑る。さらに体の感覚が一瞬なくなり――光が消えた。


 ゆっくりと目を開ける。そこは、黒一色で統一された小部屋だった。


「……何?」


 俺は小さく呻くと同時に、自分の装いを確認した。腰に剣。そして異世界に来訪した時の服装……間違いない、ここは――


「戻ってきた……というのも、なんだか変な感じだな」


 俺は呟きつつ、周囲を見回す。小部屋には俺一人しかいない。構造は真四角なのだが、四方に明かりが灯されており視界の確保には困らない。

 そして俺の真正面に扉が一枚。出口はここしかないのだが……果たして。


「……さっきのは、幻術か何かなのか?」


 部屋を出る前に、俺は呟き呼吸を整える。あまりにもクリアな幻だった。朝食の味噌汁や唐揚げの味だって口の中にはっきりと残っているし、さらに言えば元の世界の空気がそこには紛れもなくあった。


 魔王が俺のことを知っているはずはない……となれば、こちらの記憶を操作して幻術を使用したということなのか?


「……わからないことだらけだが、ひとまず合流した方がよさそうだな」


 城門を抜け光に包まれた後幻術に取り込まれた……おそらく他の面々も似たような状況だろう。となればまず、孤立した状況から脱しなければならない。

 目の前の扉に目を向け、魔力を探ってみる。とりあえず罠の類はなさそうだが――


「さすが、と言っておきましょうか」


 背後から声。それが聞き覚えのあるものであったため、俺はすぐさま振り返り剣を抜こうとする――


「やめておきなさい。下手に魔力を発露すれば城外に飛ばされてしまいますよ」


 警告。右手を柄に手を掛けた瞬間相手と目が合った――魔王、アルーゼン。


 黒衣に身を包んだ女性の姿をした魔王……けれど視界に捉えたと同時に一つ確信した。前のようなプレッシャーは感じない。加え、その存在が実体でないことも理解できた。


「私が単なる幻であることは理解できたようですね」


 アルーゼンが満足げに話す。俺は限りない警戒を込め相手を見返しつつ、無言を保つ。


「それと、もう一度言いますが剣は抜かない方がいいですよ。鞘にしまわれていることで聖剣もどうにか魔力を発露しないで済んでいるようですが……それを抜いたら間違いなく、強制的に城外に出されてしまいますから」

「何……?」


 訝しげに聞き返すと、アルーゼンは蠱惑的な微笑を見せる。


「この城にはこの城のルールというものが存在しています。あなたが剣を抜くという行為は、それに反するということ」

「……つまり、お前達が都合よく人間を叩き潰すための仕組みか?」

「違います」


 俺の指摘に対し、魔王は否定する……こちらとしては予想外の返答。


「そもそもこの城は魔界にあったもの。だから想定しているのも魔王に仇名す同胞がやってきた場合の措置」

「魔族に対し……? どういうことだ……?」


 話を要約すると、魔力を発すると城外に出されてしまう……おそらく強制的に転移魔法か何かを使われるのだろう。

 そしてそれは、ここに来る敵意を持った魔族に対する策……といったところか。とすると、ここは――


「この城の中では、戦えないということか?」

「そういうことです。無論例外も存在しますけれど……状況は、理解されましたか?」


 ニッコリと、俺に笑い掛ける魔王アルーゼン……不気味だが、目の前の幻からは何も感じられないことも踏まえると……魔王は別所にいてその姿だけを投影しているといったところか。


「で、俺に何の用だ?」


 確認のために問うと、アルーゼンはどこか嬉しそうに語る。


「私としては、これほど早くこの魔法から脱するとは思いませんでしたよ……まあ、おそらくあなたが取り込まれていた世界から脱出の鍵となる物があまりに現実とかけ離れたものだったため、違和感にすぐ気付けたのかもしれませんが」


 そこまで語ると、アルーゼンは眉根を寄せる。


「しかし、先ほどの光景は何なのですか? どうやらあなたは特殊な場所からこの大陸を訪れ勇者をしているようですが……本来の勇者レンの経歴とは大きく違いますね?」


 さっきの光景を見ていたということか……俺は不快感をあらわにしながら、返答する。


「諸事情で、俺は異世界からやって来た人間なんだよ」

「異世界……なるほど、大変興味深いですが話が長くなりそうですね。ここはさっさと本題を進めた方がよさそうです」


 アルーゼンはそう告げると、一度姿勢を正し、


「勇者レン……あなたに一つ申し入れをしにきました」

「お前と、戦うためにか?」

「そういうことです。この城はあなた方が思っている以上にルールがある……それを用いて、ゲームをしませんか?」

「……ロクでもなさそうなだな。それに、拒否権は無いように見えるが」

「もちろんここを訪れた以上強制参加ですが、それでもどうやって死に行くのかくらいは知りたいと思いませんか?」


 アルーゼンが問う。俺は内心怒りに近い感情をたぎらせながら、


「……話せ」

「いいでしょう」


 魔王は微笑む――それはどこまでも、深く奈落へ叩き落すような酷薄な笑みだった。


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