何かを秘める彼女
「襲撃者を捕らえるためには、その方が良いだろうという提案がありまして」
再度部屋に入りフェディウス王子に事情を訊くと、そうした返答がやってきた。
リミナの顔を窺う。神妙な顔つきだったが、先ほどまでの暗い表情は見受けられない。何か、決意したような面持ち。
「一つ、確認してもよろしいですか?」
王子は俺に尋ねる。視線を戻すと、彼は話し出す。
「戦っている間、相手に一撃を見舞ったことはありませんでしたよね?」
「……ありません」
同意する。俺は相手の動きから攻勢に出たが、結局一太刀も浴びせることはできなかった。
思い返せば、相手にはクラリスの魔法を耐えうる防御力があった――それを考慮に入れると、果たして斬撃が決まったからといって傷を負わせたか疑問に残る。
「……防御能力を勘案するに、攻撃を加えても効くかどうかは現時点で不明です」
同じことをフェディウス王子は考えている。俺は頷き――リミナを一瞥した後ある事実に気付き、話し始める。
「ならば、リミナと組むことで……?」
「リミナさんの魔法ならば通用する可能性も……というのがご本人の見解です」
……まあ、現時点で火力としてはリミナが一番上(ブレスレットを外した俺は被害を考えれば、考慮外)なので、可能性を考えれば人選としてはそうなる。
とはいえ、不安は残る。先ほど落ちていたアミュレットの一件。
なので悩む……そこで声を上げたのはエンスだった。
「私としては、同意できる部分がありました。ルファーツ様の動きもありますが、やはり屋敷に侵入している所を捕らえるのが一番良いでしょう」
「……確かに、そうですね」
賛同する。ルファーツがどういうことをしているか不明だが、王子の危険を早く避けるためには、襲撃者の捕縛確立を上げるのが一番だ。
「……私も、そう思います」
クラリスが嘆息しつつ答えた。態度から、考えるところはあったのかもしれないが、エンスの主張に押し切られた形だ。
意見はまとまりつつあった。沈黙を守っているラウニイも腕を組みつつ、同調する気配を漂わせている。
「……では、そうしましょう」
俺も決断した。ここで議論していても仕方ない。
「じゃあリミナ。早速だけど」
「はい」
首肯する彼女。その瞳はどこか使命感に燃えるようで――心にある不安が強くなる。
「レン君」
と、そこへラウニイが呼び掛けた。彼女はおもむろに近寄り、
「王子、少しばかり話をしても?」
「ええ、どうぞ」
了承を得ると、俺の手を引いていきなり部屋の外に出た。
扉が閉まり、静寂しかない廊下で互いに向かい合う。
「ラ、ラウニイさん……?」
多少戸惑いながら声を出すと、彼女はふうと小さく息をついた。
「何があったのかは、訊かないことにするわ。けど、一つだけ」
――きっとリミナのことだろう。そう思い俺は言葉を待つ。
「えっと、リミナは一時王子から許可を得て部屋を出て行った。で、しばらくして帰って来た。なんだかすごく暗い顔をして」
「……そうですか」
アミュレットを渡しに行って俺達の会話を耳にした――そしてリミナは自分の考えていた事実が間違いないと悟る。限りなく誤解なのにも関わらず。
「それでレン君達が報告に来て、出て行った……その後、リミナは王子に提案したの。元々自分がレン君の従士だから、連携して襲撃者と戦えると」
そこまで言うとラウニイは肩をすくめる。
「傍から見て、結構強弁しているように見えた……けれど王子もエンスさんが助言し、意見を受け入れそうするようリミナに言った」
「なるほど……」
「で、ここからが私の見解」
彼女はピッと右の人差し指を立てて話す。
「私としてはルファーツさんの動きを待つべきだと思うの。王子は私やリミナにも策の内容は話さなかったけど、下手に動くのも問題あるかもしれないし……」
「それは、一理あるんだけどさ」
俺はとりあえず頷いた。しかし、
「けど襲撃者は王子を含め色んな人を狙っています。それを少しでも早く解決しないと、犠牲者が出る可能性だってありますよ?」
「……そういう結論になるわよね」
返事にラウニイは、気乗りしない雰囲気で応じた。
「けど……なんだか浮き沈みの激しいリミナとレン君を組ませて、大丈夫かという気はしてくるけど」
鋭い。ラウニイは事情を知らないはずなのだが――きっとリミナの言動から何かあると悟ったのだろう。
「事情は訊かないつもりなのは話したと思う……けど、護衛している途中ってことは、把握しといて」
「わかりました」
俺は即座に承諾。とはいえ問題は、あのリミナがどう出るかだ。
会話は終了したのでひとまず部屋に戻る。そこには困った表情のクラリスと、意気揚々と構えるリミナ。そして二人の様子に疑問符を浮かべているフェディウス王子と、無表情で控えるエンス。
「行こうか、リミナ」
そんな部屋の空気を半ば無視しながら、俺は告げる。
彼女は無言で近寄り一緒に部屋を出て、改めて廊下を見回す。
「警備で回っていない場所に行くよ」
「はい」
返事は軽快。けれどいつものような声音ではない。
追及しても良かった。けれどリミナはどこか口を固く結び、質問を一切受け入れなさそうな顔をしている。
さらに杖をしっかりと握り、いざという時に備えている――事情を知らなければ最大限の警戒をしていると思われるかもしれない。けれどその態度が護衛以外の理由であるのは間違いない。
……ここで尋ねても話がこじれるだけかもしれない。俺は頭の中で決定し、無心で廊下を歩くことにする。
でも、この状況がいつまでも続くと思えない――その時、廊下の先へ到達する。
「ここは……舞踏場の上か」
俺は位置を確認するように呟く。
先ほど襲撃者と戦った舞踏場の真上。扉の上にある金属プレートを確認すると、広間と書かれているだけ。
「多目的に使われる場所ってことか?」
言いながらドアノブに手を掛ける。押すと扉が開き、中が窺える。
倉庫と同じく、ここも明かりがついていた。照らされた室内は物の類が一切なく、だだっ広い空間だけを俺達に見せている。
「何もないな」
中に入る。殺風景な空間で、これなら隠れる場所もあるはずがない。
「勇者様、どうしますか?」
後方にいるリミナが問う。そこで俺は再度一階を調べようかと思い、振り向く。
「じゃあ、とりあえず――」
瞬間、視界の上方で黒衣が動く――
反射的に剣を抜く。直後、天井にはりついていたと思しき襲撃者――黒衣の戦士が、俺とリミナの間に着地した。